巨怪と王女
グルイナード王国南西部、爆心地。
到着したのは昼を回った頃だ。
「これは酷い……」
山や森の多いこの地帯に出来た巨大なクレーター。
強い力で抉り取られた大地には高熱によって黒ずんだ土や岩、人工物の破片が散乱していた。
「王女様、魔術による精査の結果が出ました」
「……報告を」
「ハッ! ……謎の人工物の破片を調べました所、魔導具の破片であることが判明致しました。大魔術を使用するのに適した巨大な装置。破片の材質からして、その可能性が高いかと」
「巨大な魔導具? ……となるとこの山には魔術工房、若しくはそれに近い機関が存在した、ということでしょうか?」
恐らくは……、と報告をしてくれた魔術師が頷く。
「そして妙なのですが……魔力の痕跡や残滓等が一切見当らないのです。……その、なんと申しましょうか、かなり不可解な現象であり我々にもよく……」
魔術を使えばそこに魔力痕が残る。
しかし、その魔力痕さえ消失していた。
更には空気中の微量な魔力さえも、この一帯から消失しているとのこと。
魔術による突然の事故ではありえない現象だ。
やはり例の巨怪が……。
「……引き続き調査を。今は情報が必要です」
そう言って魔術師を下がらせた。
一体なにが起きている?
とりあえず自分もまたクレーターへと足を踏み入れることに決めた。
まず魔導ボウガンを引き抜き、それにスコープを取り付ける。
そして小さな魔石を取り出すや声をかけ始める。
「セバス聞こえますか?」
『はい王女様、少々雑音が混じっておりますが今の所問題ありません』
今やっているのは"特殊な魔石を使っての通信会話"である。
発案者はまたしてもティヨル。
セバスとの間でのみ使用している。
というのもティヨルは一部の重鎮達の間で、"実は王女は魔女なのではないか"という疑いを持たれているのだ。
実際魔術の才のない彼女が自分達の想像を遥かに超えるアイディアを出し、それを次々と発明させていることから一種の気味悪さを抱かれている。
しかし国王の手前大袈裟にするわけにはいかず、沈黙を保ったままだ。
ティヨルもそれを知っていた。
しかし捨てるのは勿体ないとして、こうしてセバスとの間で使用している。
彼は信頼に足る人物だ。
「情報によるとここには魔術工房、若しくはそれに近い機関があったようです。……もしかしたら今までにないほどの巨大な施設だったのかも。それと爆発ですが、やはり事故によるものではないみたいです」
『なるほど、つまりそこに例の巨怪が現れことごとくを破壊した、と』
「恐らく。……でもなぜ彼はここに?」
謎は深まるばかりだ。
通信は繋いだまま、クレーターの中心部へと降りる。
内部の焼け具合は特に酷く、未だに焦げた臭気が漂っていた。
岩や破片の他に、炭化した人間の遺体が地面に埋まっている。
戦場の血生臭さは慣れてはいるが、ここはあまりにも……。
一体どれほどの憎しみが、この地を焦土の地へと変えてしまったのか。
一通り調査を終えてクレーターから上がったとき、ティヨルは遠くの岩山に違和感を覚える。
(あれ? あんなところに木なんてあったかしら? ……というよりも、どこか人のような)
なんとなく気になったティヨルは、魔導ボウガンに取り付けたスコープで岩山を覗き見る。
次の瞬間、得体の知れない恐怖で心臓が跳ね上がったような感覚が起こった。
――――何者かが立っていた。
大きな翼を背に携え、ギョロリとした目玉でこちらを見る巨怪。
間違いなくかの存在は遠目からこちらの様子を感知している。
スコープ越しに目と目が合ったような気がして、逆にそれが今までにない悪寒をよんだ。
――そう、巨怪はジッとこちらを見ている。
ジッとこちらを見ている。
ジッと見ている。
ジッと……。
「王女様、いかがされました?」
「……退避」
「え、今なんと?」
「総員退避! 岩山に巨怪が現れた! 今すぐにここから逃げるのです!」
王女の剣幕に兵達が慌ただしく動く。
ティヨルが次にスコープを覗いたとき、……すでに巨怪はいなかった。
周囲を見渡す。
だが奴の影らしいものすら存在しない。
「セバス、緊急事態です! 例の巨怪が現れました! ……セバス? セバス聞こえていますか!?」
応答がない。
いや、声らしい音は聞こえるが騒がしいノイズ音に掻き消され聞き取れない。
次第にノイズは強くなり、最後は完全な無音となった。
「そんな……まさか故障!? 一体どうして……」
さっきまで使えた魔石が完全に機能停止した。
それと同時に太陽の光が隠れ、薄暗さがこの地を支配する。
だが妙だ。
今日の天気は快晴、雲ひとつ存在しない。
――ではなにが太陽を隠している?
全員が頭上を向く。
そして恐怖にてその身を震わせる。
教典に出てくる死の大王を目の当たりにした仔羊達のように。
「あ、あぁぁあぁああ……」
「神よ、どうか御救い下さい」
太陽を背に地響きと共に舞い降りたるは憎悪の巨怪。
その姿に兵や魔術師は戦意を失った。
それほどまでに肥大化した憎しみの系譜が、邪悪な姿にて彼等を見下ろしているのだから。
「これが……王国軍と魔王軍を一瞬で壊滅させた……巨怪なる存在」
ティヨルが呟いた直後、巨怪は彼等に向かい咆哮を上げた。
人間の中にある動物的本能か。
兵や魔術師は発狂し、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げ始めた。
勢いよく伸びる触手が彼等を追う。
ひとりひとり丁寧に。
突き刺し、薙ぎ払い、ときには追い回して誘導させて一気に始末。
何人も重ねて串刺しにしてみたりと残虐極まりない。
この阿鼻叫喚の中で巨怪は内心ほくそ笑んで殺戮を楽しんでいた。
さて残り少なくなった人間。
一気に片付けようとしたそのとき。
(……ッ?)
顔になにかが当たり向こう側へと跳ね返る。
どうやら鉄球のようだ。
飛んできた方向を見ると、変わった形のボウガンを持つ少女が。
「早く逃げなさい! 早く!」
次弾装填。
通常のボウガンより素早く装填出来るのがこの魔導ボウガンの特徴だ。
もっとも、ボウガンに付与された魔力が消えている為飛距離や威力等が落ちている。
だがまだ使える、少なくとも自分に注意を向けて彼等を逃がす機会を作るくらいには。
(小癪な……今楽にしてやる)
「私は、諦めないッ!」
巨怪と王女が向かい合う。
しかし……もしかしたら。
これもまた彼女にとっては運命の出会いとも呼べるのかもしれない。
血と憎悪に塗れた悍ましい運命ではあるが……。




