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燃え盛る悪夢と王女

 ――――悪夢だッ!!


 嗚呼、我が国が燃えている。

 

 平原が、山が、村が、町が、城が、そして人が。


 崩落と悲鳴が猛る炎と混じり合い地獄のような轟きを響かせる中、"ひとりの男"が佇んでいた。


 

 ――――オマエニ ワカルカ?


 コノ身ヲ裂カンバカリノ 痛ミト炎ガ!!



 男はこちらに背を向けたまま炎の中で語りかける。

 憎しみを滲ませた声色で更に猛々しく謳った。



 怒リダ

 憎シミダ


 コノ世ノ不条理ヘノ 憎悪ダ!


 オレノ名ハ……『グリフォ・ドゴール』

 

 オマエニ コノ憎悪ガ ワカルカッ!!

 


 男は勢いよく振り向く。

 次の瞬間には男は悍ましい姿をした巨怪へと変身し、大口を開けこちらに喰いかかってきた。



「うわぁあああッ!?」


 目が覚める。

 全身を嫌な汗と気持ち悪さが覆い呼吸と鼓動を乱れさせた。

 ベッド上で視線を動かし、ここが自分の部屋であることを認識する。


 時刻は深夜。

 そう、自分は寝ていた。

 悪い夢を見てしまったのだ。


 落ち着きを取り戻すと扉をノックする音が。

 許可を出すとひとりの老執事が入ってきた。


「いかがされました、"王女様"」


「あぁ、"セバス"」


 セバスと呼ばれたこの老執事。

 整えた白髪に左目は眼帯をした背の高い彼は、元は高名な騎士の家の出という異色の経歴を持つ。


 無論若い頃は騎士として軍団を率い、前線にて活躍した。

 その後なぜ執事になったかは不明ではあるが。


「む、ひどい汗ですな。悪い夢を? ……王女様、"お薬"はお飲みになられなかったのですか?」


「ごめんなさい……最近はそういうの見なかったから」


 グルイナード王国の王女、名を『ティヨル』という。

 幼い頃より彼女は悪夢に悩まされてきた。

 

 他者の強い思念が夢として現れる。

 自分に向けられたものであったり、他者が違う他者に向ける意思であったりと種類は多種多様。


 そこで魔術師達に薬を作らせた。

 悪夢を防ぐ為の薬だ。


 薬を飲んで寝れば悪夢は見ない。

 だが飲まなかったりするとすぐに見てしまう。


 なので今まで欠かさずに飲んでいたのだが、今夜に限り勝手な判断で飲まなかった。


 その油断がこれだ。

 16歳になった彼女は常に眠りに悩みを持って生きている。


「……して、どのような夢を?」


 セバスは拭くものをティヨルの額にあてがいながら優しく問う。

 老爺の声色に心がゆったりとした。

 そして夢の話をする。


「国が燃えてた。城も、民も……大地も全て。炎の中で、男の人が立ってた」


 セバスは黙ってティヨルに耳を傾ける。

 なにより今まで聞いてきた悪夢の中ではかなりの規模の悪夢だ。

 ティヨルを不安にさせぬよう、柔らかい表情で続きを聞く。


「ひどく憎んでた……。名前も言ったわ。"グリフォ・ドゴール"って。その人はいきなり振り向いて襲いかかってきたの。大きな怪物の姿で……!」


「そうでございましたか……、かような夢を」


 そう言って彼は水を用意し始める。

 心地良い音と共にグラスに注がれる水。


 ティヨルに薬と一緒に手渡すと彼女はありがとうと短く言ってから飲み始めた。


「これで悪夢は去りました。ゆっくりお休みくださいませ」


 そう言って立ち去ろうとしたとき、ティヨルが制止をかける。


「待ってセバス、アナタはなにも疑問には思わない?」


「疑問、とは?」


「夢の中で彼は名前を言ったわ、グリフォ・ドゴールって。……私どこかで聞いたことがあるような気がするの」


「……ッ! かしこまりました、では私めが一度調べてまいります。明日の朝、結果を御報告致します」


 ティヨルの意思を瞬時に感じ取り行動に移すセバス。

 彼は本当に頼りになる執事だ。

 こんな急な我が儘でも嫌な顔ひとつせずに請け負ってくれる。


「いつもありがとうセバス」


「なにを仰られます。臣下として当選の務めです。ささ、お休みになって下さい」


 そう言ってセバスは立ち去った。

 ティヨルは深呼吸をした後、再び眠りへつく。


 夢の中でグリフォ・ドゴールなる人物が現れることはなかった。





 翌日、目覚めたティヨルは寝間着から正装へと着替えた。

 金色の髪に清らかな碧眼、凛とした顔付きに正装のきらびやかな装飾が映える。


 城内で使用人達が慌ただしく動く中、部屋にセバスが姿を見せた。


「おはようございます王女様 今朝も大変お美しく……」


「セバス、今は世辞はよろしい。例の報告を」


 それでは……とセバスは報告を始めた。


「グリフォ・ドゴール。……王女様が御懸念された通り、我々にとって面識のある人物であったようです」


「やはり!」


「ただし一度のみ。かの勇者レクレス・イディオ殿と共に王の間での謁見の際に、王女様のみならず国王陛下や重鎮達がその姿を見ております」


 謁見のタイミングは恐らく魔王討伐の任を勇者に託したとき。

 あのとき6人ばかりがいたのをティヨルは思い出す。


「ラハミカ村出身の弓の名手、生業は狩人でしたが弓の腕は熟練の弓兵ですら舌を巻くほどの者でした」


「そんな方が……なぜ私の夢に……」


 旅の途中でなにかあったのか。

 あそこまで憎悪に駆られるほどのなにかが。


「……御報告を続けたい所ではございますが、そろそろ朝食の御時間です。陛下もすでに向かわれております」


「そう、ですか……わかりました。では続きは後ほど。供をなさいセバス」


「かしこまりました、王女様」


 正装時の彼女は常に凛々しく振る舞う。

 王女たる気品とカリスマ性を兼ね備え、王の娘として恥じない佇まいを魅せるのだ。



(グリフォ・ドゴール……勇者レクレス様の同行者。一体アナタは……)


 脳裏に浮かぶ彼の背中。

 顔付きは変わらずとも、心内には畏怖の念が広がっていた。


 一国の王女が一介の村人を恐れるなど可笑しな話ではあるが、ティヨルはなぜか不安を拭い去れなかった。


 嫌な予感がする。


 脳内の暗闇から這い出てくるこの名状し難い感覚に覆われながらも、ティヨルは朝食へと向かった。


 


 

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