表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/54

巨大魔術工房、陥落

 テネシティの魔術工房。

 広大にして偉大なるグルイナード王国の南西部にそれは位置し、山に設けたそれはまさに天然の要塞。


 更に魔術によって様々なセキュリティや隠匿を施していることにより、外部から発見されることはない。

 

 ここには彼女の全てが詰まっていると言っても過言ではない。

 優れた才能がもたらした成果と知識がここに集結し、多くの弟子達がここで研究や学問に励んでいる。


 内部は一種の神殿のように彫刻や壁画など色とりどりに彩られており、魔術による光で一層に輝いていた。


 陰気で薄暗く狭いイメージを持ちがちな工房にしてはかなりの規模である。


 そして魔術工房内部の巨大なフロアにて、かの巨怪を寝かせて実験に取り組もうとしていた。


 光に照らされて巨怪の全身が不気味な存在感を出している。

 そんな中弟子達が多く集まり、彼女の説明を聞いていた。


「いい!? 早急にこの化け物の全てを解明するの。そして、勇者レクレス様の為に素晴らしいアイテムを作り献上するの!」


 彼女の掛け声に多くの弟子達が一礼を以て返事。

 そして一斉に各々の役目を果たさんが為動き出す。


 巨怪の身体に魔道具の端末をいくつもつけたり、外観をじっくりと観察したりと大忙しだ。


「しっかしデカいなぁこの化け物」


「あぁ、だがコイツは一体なんなんだ? 竜種なのか、果ては巨人族なのか。今までの魔物のデータを見ているがどの部類にも該当しない」


「まさか、作られた存在、とか?」


「ハハハ、ありえるかよ。今の魔術では魔獣や聖獣を呼びだすことは出来ても、創造つくることなんざ出来ない。……もっとも、出来たとしてもこんな完全なフォルムをした奴なんざ作れねぇ」


 弟子の何人かは雑談を交えつつ専用の居室へと入り魔道具を使ってこの巨怪を調べ上げる。

 調べれば調べるほどに驚きだ。


 竜の遺伝子だけではない。

 人間の遺伝子や見たこともないような配列のものまである。


「バカな……こんなことって」


 弟子のひとりの魔術による精査をしていると、もうひとりの方が怪訝そうに巨怪の方を見る。


 居室に備えられている窓の外。

 丁度フロアが見えて、そこから寝かされている巨怪が見えるのだ。


「おい……どうした?」


「いや、気のせいかとは思うんだが……」


「ん?」


「……あの化け物、さっきちょっとだけ動いたような」


 その言葉を聞き、一瞬固まった弟子達は面白おかしく笑った。

 

「ハハハ、ないないそんなの。今どきアンデットでもやんねぇよ」


「そうそう、テネシティ様が即死魔術で殺したんだぞ? 馬鹿馬鹿しい、見間違いだよ」


 だが、そんな和やかな雰囲気もたった1回の轟音で消し飛んでしまった。

 



 ――――巨怪ヴィランが、目覚めた。


 すでに身体を起こし直立した状態でフロアに君臨していた。

 別室でそれを魔術での映像越しに確認したテネシティも、顔を青くするほどだ。


「うそ……ありえないわ!! 確かに死んだはずなのになんで!? おかしいわよ!!」


 ヒステリックを起こすテネシティ。

 現場は大パニック、悲鳴と怒号そして巨怪の唸り声が響き渡る阿鼻叫喚地獄へと成り果てた。


「クソ……、――わが弟子達に告ぐッ! なんで目覚めたのかの究明は後! 今は奴を止めなさい!! あと何人かは研究に必要な魔道具や魔本は直ちに移動させて! 少しでも壊れてたら承知しないわよ!!」


 魔術によって響き渡る大声での指示。

 弟子達は徐々に統制を取り戻し、戦闘へと移ろうとする。


(よし、では復讐を始めよう)


 ショータイムだ、と言わんばかりに触手をうねらせこれまで以上の電流を走らせる。

 そして次の瞬間、強烈な波動と共に電流が四散した。


「ぐわッ! な、なんだ!?」


「怯むな! 魔術攻撃、開……始……?」


 弟子達がステッキや攻撃用の魔道具を構えるも、なにも起こらない。

 なんとかして魔力を練ろうにも、そもそも自分の身体から魔力を感じないのだ。


 グリフォが放った強烈な謎の電磁波により、魔術及び魔道具等の魔力を有するものは全て使用が不可能となった。

 無論、この工房を照らしていた光の魔術さえも完全に消失した。

 魔術による通信も指示伝達も不可能だ。


 ――――この巨大魔術工房における全ての魔力が完全に機能を失ったのだ。


 暗闇の中更にパニックになる弟子達。

 こんな密閉された空間で、巨大な化け物と一緒にいるのだ。

 そればかりか魔術や魔道具さえも使えない。


 暗闇の中、グリフォは剥き出しの瞳を動かし今この場にいる人間の数を確認する。

 どうやら暗闇でも生命反応が探知出来るらしい。

 実に便利な機能だ。


 さぁ、蹂躙を始めよう。



 無数の触手が高速で伸び、壁や機材、そして慌てふためく弟子達を薙ぎ払いながら滅茶苦茶にしていく。

 ある者は串刺しにされ無造作に投げ払われた。

 またある者は触手に薙ぎ払われ、皮膚も肉もズクズクに爛れながら死んでいった。


 魔道具のひとつが触手の猛攻で炎を上げる。

 それが周りの本や紙、他の魔道具に引火しあっという間にフロアが大火に包まれていった。


 炎にまかれ死んでいく者も多数いる中、明るくなったことをいいことにフロアから脱出していく弟子達。

 だが、逃がすまいと触手が彼等を追い詰める。

 

 壁を突き破り、床を抉り、縦横無尽に動き回り破壊していく触手に多くの命が散っていった。

 フロアにて佇むは巨怪グリフォ・ドゴール。


 人々の絶叫と肉が焼け、抉れ、そして爛れて死んでいく臭いが充満する地獄の中、一歩また一歩と前進していく。


 

「うそ、ちょっと……ッ! なにしてるのよ、早く火を消しなさい!! 私の……私の工房がぁ!!」


 勢いよく扉を開くテネシティ。

 顔には戦闘時の自信に満ちた色はなく、ワナワナと震えながら目の前の現実に発狂していた。


「テネシティ様! 早く、早く逃げましょう!!」


「嫌よ!! ここは私の城! レクレス様の次に大事な場所なの!! ここは私の叡智の結晶、私の人生の……ッ!!」


 狂乱したテネシティを羽交い絞めにし無理矢理外へと連れ出そうとする弟子達。



 だが、それに気づいたグリフォが方向を変えてテネシティ達が逃げた方へと歩き始める。


 そしてそのままテネシティの全てである工房に満遍なく熱光線を浴びせてやった。


 場所が場所ゆえ、多少は加減してあるものの破壊するには申し分ない。

 至る所で爆発や崩落が起きる。

 最早壊滅と言っていいほどの規模だ。


 その様を見たテネシティは言葉を失い半ば放心状態となる。

 

 ――――これは夢だ、こんなことあるはずない、これは夢なんだ。


 ブツブツとぼやきながらも弟子に連れられなんとか外へ出られそうな所まで辿り着く。

 ――――だが。


「ひぃい! き、来たッ!」


「おい! まだ扉は開かないのか!!」


「ダメです、ここは魔力で開くようになっています。予備魔力もありませんッ!」


「くそ、手で開けろッ! 急げ!!」


 フロアより奥へ奥へと進んだところにある巨大な鉄の扉。

 巨怪はゆっくり歩きながら近づいてくる。

 まるで彼等が怯えるのを見て楽しんでいるかのように。


「早くッ!! 早くするんだッ!!」


「わかってるよ今やってんだ!!」


 しかし巨大な扉は空きそうもない。

 その間にも巨怪はみるみるうちに迫ってきている。


 弟子のひとりはもうやけくそと言わんばかりに扉を岩やら鉄の棒やらで叩き始めた。


 他の者も叩き始めるとそれが功を奏したのかわずかな隙間が出来たのだ。


「よし、これをこじ開ければッ!!」


「急げ、はやくッ!!」


 扉が抉れて隙間が大きくなり始めた。

 外へ出られるッ!!


 誰もが希望を抱く。

 あの化け物から逃げきれるかもしれない。


 テネシティもまた外から漏れる光を目の当たりにし、大粒の涙をこぼし始めた。

 助かる……外へ出れば勇者と連絡がとれるかもしれない!


「うう……うぅえぇ……うぇええぇえ……」


 咽び泣きながらその扉の向こうへ行く。

 光の差す方へ――――ッ!!





(そう……獲物はこういう風に追い込んでから殺すことも出来る。追い込んで追い込んで……辿り着いた先の意識の一瞬の飽和。……元弓使い舐めるんじゃあねぇぞ)


 まるで待ち伏せかなにかをしていたかのように、外へ出ようとした魔術師達を触手がうねって蹂躙し始めた。

 希望が一気に絶望の色へと変わり、今までにない絶叫が響き渡る。


 ひとりワザと生かされ、完全に精神を砕かれたテネシティを残して。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ