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  作者: 縁ーyukariー
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執着愛

 「この手を離さない」

 そう言って彼は顔を赤らめた。自分でキザなセリフを言ったことに照れているようだ。

 「ありがとう」

 私は精一杯の笑顔とお礼を返した。

 「ずっと一緒だよ」

 彼と私はずっと一緒。その誓いを永遠にしたいと心から思った。

「――でさ、……あれ?」

 突然、隣を歩く友人の足が止まった。彼女は道路の向こう側を見て固まっている。

 「どうしたの?」

 「あれってさ……アンタの彼氏じゃない?」

 「え?」

 その言葉の後、慌てて友人が指さした方を見れば、そこには彼が歩いている。間違いない。私が彼を間違えるはずなんてない。

 「誰……」

 思わず、その言葉が出る。彼は一人で歩いているわけではなかった。にこにこと笑顔を浮かべながら、彼の横を一人の女性が歩いている。

 茶髪の髪を巻いて、この町から二駅先の学校の制服を身に纏い、ピンク色の派手なネイルをしている女性。言ってはなんだが、柄が悪そうだ。

 彼が「いい」と言うから、幼い頃から自慢である艶のある黒髪を伸ばして、彼が「一緒に通いたい」というから、自分のレベルより遥かに低い高校の制服を身に纏い、彼が「おしとやかな子が好き」と言うから、好きなメイクも薄めにした私とは正反対であった。

 彼には一度家族の写真を見せてもらったことがあるが、彼の身内にあんな雰囲気の子はいなかったはずだ。では彼女はいったい、誰なのか。

 「大丈夫?」

 はっとすれば、心配そうに眉を潜めた友人が私の顔を覗く。

 「ごめんね、大丈夫だよ。さ、行こっか。」

 とりあえず今は忘れて、これから行くスイーツバイキングを楽しもう。後で訊いてみれば、結局私の変な勘違いだったっていうオチだろう。

 友人の手を引いて、駅の方向へ足を急いだ。


 「わあ、これ、おいしい!」

 友人は目の前のスイーツにきらきらと目を輝かせている。私たちは思わずスマホを取り出し、写真を撮った。

 いざ食べてみればそれは見た目を裏切らないおいしさで、やっぱり友人の選ぶお店はいいところが多いな、と改めて思う。

 おいしいものを食べていれば、気はまぎれる。そう思ったのだが。

 どうしても先程の光景が頭から離れない。だんだんと頭の中がそのことに埋め尽くされ、浮気としか考えられなくなっていく。だんだんと暗い感情が芽生える。

 もし、あの女性が浮気相手だったなら。どうして、私と正反対の女なのか。私とは遊びだったのか。私はただの都合のいい相手だったのだろうか。それなら、あの時は……

 あの時、私と手を繋ぎ、「この手を離さないようにする」ってキザなセリフを吐いて、その後に顔を赤らめた彼は、偽物だったというのか。

 そんなはずない、って思えたらどれだけ幸せか。どれだけ目先のスイーツを味わって食べても、この黒い思考が止まることはない。

 ならば。

 「離れないようにすればいい」

 「え?」

 友人が小首をかしげる。どうやら声に出ていたようだ。

 「なんでもないよ。次のスイーツとってくるね。」

 今日の帰り道、ホームセンターに行こう。


 「本当にここでいいの?」

 いつもなら二人で帰路につくのだが、「今日は用事があるから」とスイーツ店の店先で別れることにした。

 「うん、これから行かなきゃいけないところがあるから。またね」

 お互い手を振って、反対方向へ歩いていく。

 駅の近くにある、大型のホームセンター。色々な商品を取り扱っていて、多くの用途に分けて商品を探すことができる。私はこのホームセンターによく通っているため、接着剤のコーナーはよくわかった。

 塗ると透明化し、乾くのが遅く、乾いたらかなり取れにくい接着剤。接着剤だけでも多種多様のものがあるが、どれもリーズナブルである。私はその中から一番自分の理想を叶えてくれそうなものを手にとり、レジへ向かう。

 お金を払い、レジ袋を断り、ホームセンターを出るなりすぐにその封を切って、カバンに入れる。これですぐに使える。彼には「今日の夜に話があるから来てほしい」と前もって連絡し、了承をもらった。準備は万端。

 彼が来るであろう時間が近づけば、私は接着剤を自身の右手に塗り付けた。利き手ではない方を使うのは困難だったが、いざというとき咄嗟に出るのは右手だ。最悪手を繋げなくても、離れなければ万事休す。彼が逃げたときは、どこかしら彼の肌に右手を伸ばせばいい。足首だっていいのだ。

 がちゃり、とドアの音が鳴って、彼が入ってくる音が聞こえた。彼に合鍵を渡しておいてよかった。今は右手を使えないから、鍵を開けるのも不便だっただろう。

 「話って何?」

 「ねえ、お願いがあるの。」

 「うん、どうしたの?」

 「私と手、繋いで?」

 彼の手が私の右手に伸ばされる。


 彼と私が永遠に離れなくなるまで、もう少し。そしてこれで、私と彼は死ぬまで一緒にいるのである。誰も切り離すことなどできなくなるのである。


 「この手を離さない」

 私は彼に笑顔を向けて言った。

 「……」

 彼は何も言わない。ただ、顔が青い。心なしか彼の左手が震えている気がする。

 「ずっと一緒だよ」

 彼と私はずっと一緒。もう二度とこの誓いが経たれることはない。

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