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苛められっ子の朝は早い。
日が登り始めた朝方に目を覚ました俺は、ベットから抜け出し室内の一角に積み上げられた小瓶の山の中から一つを取りだしコルク栓を抜いて匂いを嗅いだ。
「スンスン……よし、特製ポーションの出来上がりだ」
学費こそ免除されているものの、生活費は自分で稼がなくてはならない。
このポーションはその為の重要物資だ。
本当なら錬金術で小石を黄金に変えて売っても良いが、田舎出の子供が黄金を売った所で怪しまれて売れない。それどころか盗品とケチつけられ衛兵に捕まってしまうなんて未来も想像できる。
故に魔法学園の苦学生が売るのに一番適したポーションを売る事にした。
何事にもバックストーリーにはリアリティが必要なのだ。
「あら、おはようリオン君」
学園指定の制服にローブを纏い、身支度を整えて部屋を出ると、下宿先の管理人である美人未亡人ルーテシアとかち合った。
「あっ。おはようございますルーテシアさん!」
まさか部屋から出た瞬間に会うことになるとは予想していなかっなが、七年被り続けた皮は瞬時に俺を母性本能を擽る少年へと見せ変える。
ルーテシアさんは魔法学園『リィズエルティエ』の城下町ならぬ学舎町『エルナス』にある小さな宿を経営している未亡人(ここ重要)だ。
俺の初恋であるカルエさんと同じく、たおやかでありながら男好きする身体の美人未亡人(やっぱり重要)。
格安で俺を泊めてくれる恩人でもある。
「今日は朝ご飯食べて行くお客さんが少なくて余っちゃって。良かったら一緒に朝ご飯でもと思って……」
「ほんとですか?ルーテシアさんのご飯とっても美味しいので頂きたいです!」
実際美味いのだが美人未亡人からの食事のお誘いだ。美味しさも何倍に跳ね上がると言うものだ。
「うふふ。それじゃあ、下まで一緒に行こうかしら」
「はい!」
ふふ、ルーテシアさんは胸よりお尻の方がデカイのだ。後ろから眺められて眼福眼福
。
◇
ルーテシアさんとの心踊る朝食を終えた俺は、学園に行く前に町の雑貨屋へポーションを売りにやって来た。
「ダルタさん。おはようございます」
「おっ。やっと来たかリオン坊!」
「お待たせしてすみません。約束のポーションの小瓶30個です」
学生カバンの中にワームホールの魔法を展開し、部屋に置いてあった小瓶を雑貨屋のカウンターにズラリと並べる。
「おう。毎度毎度助かるぜ。それにリオン坊のポーションは効果高いし人気だからな」
「そうなんですか?頑張ったかいがあります」
「約束の一個銀貨1枚だ。そうだリオン坊、ハイポーションは作れるか?質によっちゃ銀貨5枚出すぜ?」
「うーん……素材が手に入れ難いので定期的には無理かも知れませんが、それで良ければ」
「ありがとな!あ、それからよ。次の取引から一個につき銀貨2枚に値上げさせてもらうぜ?」
「え?嬉しいですけど、値下げじゃなくて値上げですか?」
「人気だって言ったろ?……それにここだけの話、リオン坊のポーションは銀貨5枚って暴利でも売れてんだ。もうボロ儲けでよぉ!リオン坊にはこれからもこの店に卸して欲しいからな」
「それなら……これからも取引お願いします!」
「おう!」
◇
ポーションを卸した後は学園へ一直線だ。普段なら朝ごはんを買い食いしながらの登校だが、今日はルーテシアさんと朝ごはんを済ませてるのでその必要も無い。
学園へ近づく毎に学園に関した建物が増えて行く。
学生寮や魔法の道具天などだ。
そして学園の校門の辺りにまで着くと、
「あっ、リオン!」
他の登校してきた生徒と同じく、学園指定の制服に身を包んだシエラが立っていた。
そう、俺を、わざわざ、待っていてくれているのだ!
何故校門前で?と言うと、シエラは一部の優秀な生徒のみが入居できる学園内の学生寮に住んでいるのだ。
わざわざ俺の下宿先にまで迎えに来ようか?とも言われたが流石に往復させるのも可哀想だと思って断った。
「おはようシエラ」
「おはようねリオン。朝ごはんはちゃんと食べて来た?」
「うん。下宿先の管理人さんと一緒に食べて来たよ」
「そう。それじゃ、行こっか」
そう言ってシエラは俺の隣に立って歩き出す。一時限目の授業が行われる教室までではあるが並んでの登校と言うわけだ。
……ふ、ふふふははっ!
感じる、感じるぞ。周囲から放たれる嫉妬と殺気が!
シエラは平民産まれながらその容姿と魔法使いとしての素養から、同学年を始め学園中の貴族平民両方から羨望と憧れの視線をかっさらっている。
国家に属する魔法使いの最高峰、『宮廷魔導師』となるだろうと誰もが望んでいる。
そんな彼女の隣で歩いているのは魔法使いの恥なんて呼ばれる俺ことリオン=ハルエット!
シエラへの羨望と憧れ、その反動により産まれた嫉妬と怒りがモロに俺へと注がれる。
……あぁっ、凡百の魔法使いどもの嫉妬のなんと心地良さよっ!
そして俺へ向けられる怒りのなんと哀れな事か!
まぁ哀れではあるが奴らの考えている事もわかるにはわかる。
奴らにとってシエラはアイドルなのだ。
自分が愛し信仰していたアイドルが何をトチ狂ったのか肥満体の不細工野郎と並んで和気あいあいと歩いていればそれはもう、相手の男を殺したくなっても文句は出まい。
……わかる。わかるが……やはり哀れ!
三ヶ月後には俺がこの学園の頂点となった瞬間の奴らの心情を慮れば笑いが止まらねぇ!!
俺が奴らの拙い苛めをわざと受けてやっている理由の一端も、哀れすぎて可哀想だったからだ。(九割はシエラからの同情を受けるためだが)
「それじゃあここで……また何かあったら私に言いなさいね?」
まだ俺と比べ背丈の高いシエラは俺の頭をポンポンと軽く撫でる。
「うん。ありがとうシエラ。それじゃあ、また放課後」
心配そうに何度か振り返りながら去っていくシエラ。そんな彼女とは反対に、俺は口元がつり上がりそうになっていた。
ふ、ふふふははははっ!!
嗚呼マジで哀れ!
目の前で俺とシエラだけの空気を見せつけられた凡愚どもの嫉妬心はガリガリと上昇して行く。
俺を殴打と言う物理的な方法でしか苛められない二流苛め師(苛めを生業とする者の意。俺の造語)、直接苛めには加担しないが物を隠したり見捨てることで優越感に浸っている三流苛め師どもの怒りメーターが目に浮かぶようだぜふははははっ!!
ちなみに一流の苛め師は、外見は味方であると嘯いて裏では笑いながら苛めに加担する者であると俺は思っている。
だが残念な事に実力に反して無駄にプライドが膨張した彼らの中からプロとすら呼べる苛めの一流は産まれることはなかったが。
もしいたのなら、特等席で俺が学園のトップに立つところを見せれただろうに……残念だ。
「おい出涸らし」
定位置になっている教室の最後尾壁際に座り教材を広げようとした俺に声が掛かった。
「……てめぇ、シエラさんに気に入られてるからって調子に乗るなよ?」
ドンっ!と テーブルに拳を叩きつけた二流苛め師がこめかみに力を入れて俺を睨んで来た。所謂、『ガン垂れる』と言う奴だな。それよか拳は痛くないのだろうか。結構良い音したぞ?
「う、うん。ごめんなさい」
「それに、昨日の俺らの事シエラさんにチクったらぶっ殺すからな」
去り際に俺の広げた教材を放り捨てて行く二流達。
なんと言うか哀れ通り越して可哀想になってきたな。
そんなにシエラに憧れてるんなら俺を苛めたりして好感度下げるような事しなけりゃ良いのに。
可哀想だし今度からは優しくしてあげよ。
などと思っていると一時限目を告げる鐘が鳴り、教室と準備室を繋げる扉から女性の教師が現れる。
ちなみに、年上の女性ではあるが恰幅が良すぎるので審査対象外です。
「では皆さん、薬草学の授業を始めますよ?」
恰幅の良い女性教師、カルメン教諭の言葉に、俺含めて生徒達が教本を開いた。