八話
今日は、五円玉を渡すまで死神は珍しく一言も話をしなかった。重苦しい空気が部屋の中に漂っている。この所、死とは無縁の軽ーい空気が流れていたばかりに私が何かしでかしたのかと不安になった。
五円玉を手渡せば、途端に死神は饒舌に語り始める。
「幸せな生き方ってのは人それぞれだけど幸せな死に方ってのは大体決まっているんだ。人に迷惑を掛けず後顧の憂いを断ち、皆に囲まれて苦しまずに安らかに眠る。戦場だの舞台だので死にたいって奇特な人もいるけどね。昔から今に至るまで世界中のどこでも同じなのに、生きるために努力する人はいても死ぬために努力する人はほとんどいない」
「終活とかエンディングノートと言うものがあるの、知っている?」
「もちろん、死神だからね。でもそれは自分が死んだ後のためであって、自分が死ぬ時のためではないだろう?死ぬとき看取ってもらうために家族を作る人はいるかい?看取ってもらうために人との付き合いを大事にする人はいるかい?」
違和感を感じる。恋愛に偏っているような死神だったのに今日は本当に重苦しい話だ。
「どうかしたの?何か嫌な事でもあった?」
「最近、孤独死の仕事が多くてね。この人達はどうしてそう言った努力をしてこなかったのだろうって、時々思ってしまうんだ」
死神の声色は死者を蔑み、罵っているわけではなく、むしろ―――
「悲しい?」
私が聞けば、死神はこくりと頷いた。
「苦しいよ。まるで死ぬためだけに辛うじて生きていたみたいで、もう少し時間が有れば看取ってくれる人もいたんじゃないかって。生きている人に何かを伝えられたんじゃないのかって。君には同じような目にあってほしくない」
「馬鹿にしないで」
深夜なので声を荒げることは出来なかったが、それでもはっきりと強い口調で私は死神に抗議した。
「私には友達がいるわ。親との関係も悪くないと思っている。でも、私の死を看取らせるためにここへ呼んで、五円玉を渡さないなんてことは絶対にしたくない」
夜中にわざわざ呼び寄せて自分が死ぬ瞬間を見せるなんて、自分が逆の立場だったらその人をきっと恨む。だって自殺するようなものだ。止められなかった自分の非力さを思い知らされるだけだ。
「逝く瞬間を誰にも見られたくない人だっているかもしれない。そう言った努力をしてきても偶々その瞬間に立ち会えなかっただけかもしれない。死ぬ瞬間の状態を私が選べるのなら―――」
少し前までは死神の言う死に方が一番幸せなのだと思っていた。けれど。
「私は、あなたが迎えに来てくれればそれだけでいい」
こんな考え方、どうかしてる。まるでプロポーズみたいだ。