三話
「あれから調べたんだけど、表に水面と歯車もデザインされているんだってね。気づかなかったよ」
五円玉をかざしながらつぶやくので私も別の物を手にとって見た。確かに、穴の周りに歯車が有り水面の様なものが描かれている。稲穂には気付いていたが、普段使っている物なのにこうやって注意深く見たことが無い。それにしても死神がどうやって調べたんだろう。パソコンで検索でもしたのだろうか。死神同士のやり取りにスマホでも使っているのだろうか。
「運命の歯車とか人生の歯車とか言うからね。まさに今の状況にぴったりだと思わないか?」
「歯車がかみ合わなくなったからあなたがここに居るのでしょう?」
私はそう言うと死神は笑った。表情なんてわからないから声でそう判断したのだけれど、だんだんと慣れていく自分が少しだけ怖い。私、こんなに順応性の高い人間だったかな?やることなすこと、すべてにどこか違和感を感じながら生きてきたのに、今の状況をすんなり受け入れてしまっている。
「確かに。順調にいけば君はストレスによる心臓発作ですでにこの世にいないことになっているはずだ」
死因は心臓発作。死神から聞いて死を防げるようなら防ごうと思ったのに、そんなこともできない状況で私は死ぬらしい。でも、ストレス?今の生活のどこにストレスを感じているのだろう?ほどほどに働いて、家事もほどほどにやって、のんびりネットを見る時間があるのに。仕方ない、五円玉を集めて素直に少しずつ寿命を延ばすよりほかに道はなさそうだ。
「でも……知ってる?歯車と言うのは単なる部品と言う意味ではなくて一つなくなっただけで困ったことになるんだよ」
何やら死神が語り始めた。
「自分一人がいなくなっても社会は変わらず回っていくなんて思っていないかい?誰かの心に影を落とすことは全く考えていないかい?」
「でもどうせ、忘れてしまうでしょう?」
「忘れるという事は、一種の防衛本能だ。忘れてしまうという事は、忘れなければやっていけないという事なんだよ」
「何となく分かるけど……でもやっぱり覚えていてほしいよ」
忘れないだけの事を相手にしてあげればいいのだけれど。今まで良い事をしたつもりでも相手に迷惑しかかけたことが無い。親切をしようとする心は大きくなるにつれ薄れてしまい今ではもうすっかりなくなってしまった。死を待つだけの私には他人にかまける余裕もない。
「大丈夫。これから何千、何万の命を奪おうとも君の事は僕が覚えているから」
死神の髑髏をカッコいいと思ってしまった。不覚だ。