二話
それから私は、出来るだけ小銭を受け取るような支払い方をするようになった。端数が五円の場合は一円玉を使うようにし、自販機を全く使わなくなった。それでも、なかなか五円玉というのは他の硬貨に比べて手にする機会が少ない。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言うけれど、私の場合は縁どころか命が切れてしまう。
複数が手に入った時は空き瓶に入れるようになった。徐々にたまっていく五円玉はそのまま私の寿命が延びていくことを表す。五円掛ける三百六十五日で一年当たり千八百二十五円。安すぎる取引に詐欺を疑う余地もない。
それとも私の命がそれだけ安いという事だろうか。―――一寸の虫にも五分の魂、一日の私にも五円の魂。特技らしい特技もなく、会社の外で言葉を交わす相手と言えば、たまに会う友達だけだ。例え私が死んだとしても、会社は次の社員を募集するだけだし、友達も悲しんでくれるだろうが、それ以降はたまに思い出すだけで自分の人生を送るのだろう。あまり虚しいとも何とも思わない。だって日常っていうのはそうやって回っていくものだから。
ここは日本であると言うのに西洋風の格好をした死神を思う。日本で死に関する神様の類と言うと閻魔様が浮かぶけれど、それともイメージが何だか違う。死神なんて初めて見たけれど、誰もあんな格好なのだろうか。日本語がうまかったけれど管轄とか決まっているのだろうか。
毎日決まった時間に姿を現して、少しだけ話をして蝋燭の火のようにふっと消える。ここに来る以外は毎日仕事をしているらしい。逆に言えばここに居れば誰かが死ななくて済むという事か。死神に疑問をぶつけてみる。
「無駄だよ。管轄が明確に決まっているわけでは無いからね。僕がいなくても他の死神が来て仕事をこなしていくから大丈夫」
「……つまりあなたはここでサボっているの?」
「違う。働きすぎだから寧ろ休みを取れと言われれているくらいなんだよ」
死神は自分の勤務態度がいかに真面目かを語る。そして私とした取引が死神の休みにあたることも。たちの悪いのだと破滅していくのを見て憂さを晴らす連中もいるらしい。
「悪質ではないつもりだったけれど、嫌だった?」
「嫌だと言えば死ぬしかないんだから選べるわけないよね?」
暫し無言の死神は少しだけ俯いた。
「ごめん。でも、ルールを変えることは出来ないからこのまま続けよう」
「うん、五円玉で一日生き延びることが出来るなんて、考えてみれば誰も傷つかないもの。寧ろありがたいくらいだよ」
取引は滞ることなく続行されていく。