一話
「世界でも穴の開いた硬貨ってのは珍しいんだよ。しかもこれはアラビア数字ではなくて漢数字のみ。太古の昔から人類の願いってのはそんなに変わらないね。大概が五穀豊穣、これはそのうちの稲穂が書いてある」
目の前に散らばった小銭を死神は見ている。世界中、割とどこでも死の象徴とされる髑髏を深くかぶったフードから覗かせ、大きな鎌を持っている。五円玉について熱く語っている声は、そこそこ低いけれども思ったよりも若い。
「いいね。僕は日本の文化が大好きなんだ。この五円玉を一枚くれたら一日寿命を増やしてあげる」
「あの、五十円玉ではダメなんですか?」
恐る恐る聞いてみると死神は首を横に振った。ちらりと見える首元も骨だった。どうやらコスプレではなくて本物らしい。より黒に近い緑色のフードつきのローブをまとっている。
「分かってないね。あまり手に入りやすいものでも、かと言って全く手に入りにくいものでもつまらないだろう?五円玉くらいが丁度いいんだよ。他の命を犠牲にするわけでもないし、君の少しばかりの努力が必要なだけだ」
骨ばった……というか骨しかない指先で五円玉をつまみ上げる。案外器用だと思ってしまった私は、死を前にしながらも恐怖に怯えることは無い。つまみ上げた五円玉の穴からがらんどうの目で私を覗き込む死神をむしろかわいいとすら思ってしまった。まるで宝物を手に入れて喜んでいる子供のようだ。
「いいかい、この五円玉で明日二十四時間分、君は生き延びることが出来る。毎日二十三時五十分ごろに君の前に現れるから、日付が変わるまでに僕に渡してくれ」
「渡さなかったら?」
「日付が変わった途端に君は死ぬことになる」
二十六歳、家賃八万円ほどのマンションでの一人暮らし。お金がかかる趣味もなく、特にこだわるブランドもない。
死んだとしても毎週木曜に遠くに住む母から電話がかかってくるので、最悪でも一週間で遺体は発見されるだろう。そうこうしているうちに時計の針が零時を過ぎて日付が変わる。
「じゃあね、また今夜」
そう言って死神は跡形もなく消え去った。夢から覚めたような気分で私は一人部屋に取り残される。全く危険のないこの場所でどのように死ぬ予定だったのだろう。
ふと我に返り、家計簿をつけていた途中だったことを思い出した。突然部屋の中に現れた死神に驚きばらまいてしまった小銭をいそいそとかき集め、数え直す。ノートの支出の部分に『死神 五円』と付け足した。