第二夜
どう話を広げていいのか悩みますね。^^;
気が付くと、僕は草原を歩いていた。
立ち止まって軽く見まわすと、正面を暫く行った所には森らしきものが見え、後ろを振り返ると少し離れた所に町らしき建物群が見える。左右は空と草原が地平線まで続いていて、ここはまるで森と町を隔てる境界線の様だった。人や動物もいなければ虫の音すら聞こえない。ただ、少し蒸す夜の中そよそよと風が熱くなった体を程よく冷ましてくれる。
夜の森は流石に怖いなと感じるので町の方へと戻る。途中、僕の胸くらいの高さもある大きめな岩の上に小さな人影に気付いた。影じゃない。ワンピースにロングストレートの金髪を靡かせこちらを背にして岩の上に座り、町の方を眺めている外国の少女だった。
何分にも影じゃない人を見たのは初めてだったので驚きつつ、僕は立ち止まって声を掛けてもいい者なのか思案する。すると僕の気配に気付いたのか、少女はそのままの体制で顔をこちらに向けてきた。
「・・・あら?もしかして貴方、分かっている人かしら?」
思った以上に幼い顔つきの少女は、その見た目にそぐわない程大人びた口調で話しかけてきた。
「いや・・・ごめん、君の事はよく分からない。」
何とも曖昧な問いだったがこの答えでいいのだろうか。しかし何時もならもう知らなくても分かる筈なのだけど、未だに分からないのは何故だろうか。
少女は「そう」と呟くように返すと徐に立ち上がり、ぴょんと岩から飛び降りて手や古い感じのワンピースの脇辺りを払いながら近づいてきた。
「・・・そっか。貴方、最近になってこの夜の町に来るようになったのね。新入りさんね。」
ふふっ、と少女は嬉しそうに微笑みながらそう続ける。彼女の事はまだ分からない。それならば、と言うことで取り合えず自己紹介から入ろうと思った。そうだ、そう言えばどう見ても外国の少女なのに言葉が通じてる事も気になる。
「僕は春野夢路。君は? 日本語が話せるって事はこっちに住んでるの?」
「日本?いいえ、私はドイツに住んでるわ。名前はベアトリクス。10歳よ。言葉はね、ここではあまり意味がないのよ。言うなれば初心者向けね。」
意味がない?初心者向け?どういう意味だろう・・・。どうしよう、予想外にも謎が増えてしまった。
「うんそうね、いきなり意味ないとか初心者向けとか言っても分からないわよね。でも取り合えずは町の方へ行きましょ?お話は歩きながらでも出来るわ。」
ベアトリクスはまるで何を考えてたか分かっている様に答えると、くるりと踵を返した。
町に入ると、僕たちは喫茶店のテラス席にある椅子へ腰かけた。人の気配は無く柔らかな月明かりがぼんやりと辺りを照らし、不気味さはあまり無く不思議な安寧を感じる。いつかTVで見たような、どこかの外国の田舎町を思わせる町並みだ。
「ここは、知ってる通り分からない事が分かる所よ。だからね、言葉を言わなくても言いたいことも分かるし、伝えたい感情も伝わるの。ただそれにはやっぱりある程度慣れが必要になってくるわ。あ、でもね、伝わらなくていい事は伝わらないし分からなくていい事は分からないのよ?すごく都合よく出来てるわよね。」
ベアトリクスは終始楽し気に話す。僕はその言いたいことが伝わるという話を聞いてもしかしてと口の動きを気にしてみたが、聞こえてくる声と口の動きが合ってないのに気付いた。ハッとなって僕は彼女の目に視線を移すと、ベアトリクスはコクリと肯いた。そういう事らしい。つまりは、彼女はさっきからずっとドイツ語で話しかけていたようだ。
「そう、なんだ・・・それにしてもやけに詳しいね。」
分からない事が普通に分からないので、彼女の言っている事をそのまま信じていいのか今一判断が付かない。ベアトリクスは「まあね」と呟くと、いつの間にか手元にあったティーカップを持って一口飲む。一瞬疑問に思ったが、そういえばここは夢の中だったなと思い出したので気にしない事にした。
「私ね、ここに来るようになって2年くらいになるんだけど、私も来始めた頃にとあるお兄さんからこんな風に色々聞いたの。その人は、去年の秋くらいに"受験勉強、面倒だなぁ"って愚痴を聞いた時を最後に会わなくなったけどね。」
「会わなくなった?」
「ええ。多分アレね。きっとここでこうして居られるのは何か条件があって、それを満たせなくなって来れなくなったんだと思うの。だって、今まで会ったこうしてお話できる人は皆子供だったんだもの。大人の人はいなかったわ。あ、そういえばユメジっていま歳は幾つなの?どう見ても大人には見えないけど、日本人は童顔らしいから一応の確認ね。」
もしかして話し好きなのだろうか?一を言えば十を返してくる感じで畳みかけられる。ベアトリクスは返事待ちといった様に、いつの間にか無くなっているティーカップの代わりにフォークを持って、ラズベリーの入った少し変わったショートケーキの攻略を始めている。ビーネンシュティッヒという単語が思い浮かんだが、このケーキの種類の事だろうか?
「僕は14歳だけど・・・それくらい分かるんじゃないのか?」
「久しぶりにお話し出来る人と会ったのよ?効率だけを求めたいなら機械にでも任せちゃえばいいんだわ。」
ベアトリクスはやれやれといったポーズでため息交じりに言う。やっぱり好きで言葉を交わしてる様だ。
「でもそっか、やっぱりそうなんだ。じゃあ間違いないのかもね…あ、お客様だわ。」
ベアトリクスは頬杖をつきながら外を眺めていると、何かを見つけたように声を上げる。僕も視線の先を見てみると、黒い影が喫茶店の入り口からゆらゆらと入る所だった。
「影もお茶するのか…。」
「影たちは私たちみたいには意識を保てないだけで、現実にいる人だもの。でも形だけよ。主に現実でよくやる行動をするの。」
習性に沿って動いてたのか・・・なら前に襲ってきたヤツらは、現実でもよくやってたって事なのだろうか。今更ながらもゾッとする。
「もう出ましょうか。」
そう言ってベアトリクスが立ち上がったので、僕も一緒に出ることにする。あ、そう言えば僕はまだお茶も飲んでないな。まあ喉が渇いてた訳じゃないから別にいいか。
そうゴチつつも立ち上がり、横を向くと真っ先に空が見えた。三日月と雲、一面の夜空だ。夢とはいえ唐突過ぎてびくりと身体を震わせた。慌てて足元を見ると、中に浮いてる訳ではなく切り立った崖端に立っていただけだった。
「そろそろ時間みたいね。ほら見て、貴方を呼んでいるわ。」
ベアトリクスは横でそう言いながら崖の先にある地平線を指差す。つられて差した先を凝らして見てみた瞬間、トン、と後ろを押された。
時間の流れが遅れたようにゆっくりと崖から落ち初める。ベアトリクスの方を見ると、まるでイタズラが成功して浮かべる様な笑顔で手を振っていた。
「ふふっ、もう一度会うことがあったらまたお話しましょうね。バイバイ。」
その言葉を切っ掛けにしたように、僕は加速度的に落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドサッ、という音と衝撃と共に僕は覚醒した。あれ?と頭だけ持ち上げて辺りを見回すと、どうやらベッドから掛け布団ごと落ちたようだ。
まだ頭がぼんやりとする中で起き上がる。最後のオチについては何と言っていいものか分からないが、概ね有意義な夢だったのかなと思意する。
さて、と僕は落ちた掛け布団をベッドの上に放り投げると、先ずは顔を洗いに部屋を出る。
常夜の町の夢を見ると、何となく寝た気がしなくなるのが難だな・・・。
と言うことで纏めて言えば、道すがら出会った少女とお茶しました。終わり。・・・あれ?
次回の展開は・・・未来の自分に丸投げします。(笑)
因みにベアトリクスの服は、最初フレアワンピースくらいの軽いものを思い浮かべましたが、折角なので故郷の民族衣装にしてみました。
あとベアトリクスと言う名前ですが、喜びの運び手、又は幸せの担い手という意味があるという一文を見て即決してしまいました。某有名RPGの9作目とは無関係です。