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18/26

総集編ー下ー

総集編ラストになります。

31


夕方暗くなってきたので俺達は洞窟を探した。見つけるのは困難だと思ったが、案外直ぐに見つかった。俺は川で捕った魚を持ってくる。

釣竿もないのにどうやって釣ったのかって?簡単さ、岩陰に隠れている小魚目掛けて大きめの岩を投げるのさ。その振動で魚が脳震盪で動けなくなる、その間に捕まえるんだ。


セアが薪となりそうな木々を持ってきてくれたので、属性術で火を焚いて魚を焼いた。先程まであった吐き気はどこへ行ったのだろうか、その香りをちょっとだけ嗅いだたけで空腹の虫が暴れ始める。


「うっめぇー!」「美味しいです」


俺達は個々に魚の感想を口にする。他に何かを言おうとは思ったが、脳が上手く働いていないのか、全く作動してくれなかった。


沢山あった魚達は僅か数分で食べ終えてしまった。薪の木々が全て燃え尽きた後、俺達は床に着いた。


「ヒロ……起きていますか?」


眠れないのか、火が消えて直ぐにセアが話し始めてくる。その声音はどこか怯えているようで「早く寝ろよ」と言おうと思った俺の口を強制的に閉ざした。


「どうした?」


代わりに優しく、問うた。


「さっきヒロに対してあんなこと言ってしまいましたが、私本当はホッとしたのです、もう自分は死ぬのではないか?と」


「さっき?川でのことか?」


「はい」


川での再会は最悪だったな、とボールを投げ返す。


「ふふ、全くそうですね……でも、あそこであなたがいてくれたから、私はいつもの私に戻ることが出来た。もしもあなたがいなかった、私は恐怖で狂っていたかもしれません」


「……」


「───────実は私、人を殺してしまったのです」


32


「殺したって?」


俺の声に対して、セアの声は震えていた。


「間接的にですけどね、村に到着してすぐに私たちの馬車は襲撃されました。そこに1人の男性が馬車に入ってきて、村の人々を次々に殺していったのです……私、私は怖くて何も出来なくて、恐怖で足も竦んでしまって、そこに1人の兵士の方が私の盾となって殺されてしまいました」


「セア、そのくらいで大丈夫だ。もう寝ろ」


しかし、彼女は話すことをやめない。それはまるで自らを罰しているかのようであった。


「もし、私があのまま逃げていれば、彼は亡くならずに済んだのでしょうか?私が臆病だから……彼は私の盾となり……あれはもう、私が殺してしまったようなものなのです、私が!」


セアが嗚咽を漏らしながら泣き始める。夜というものは不思議なもので暗闇で自然と人間を弱くさせる。俺も2人の兵士の顔とあの惨劇が脳裏に浮かぶ。


「俺だって同じようなものだ」


俺は彼女を抱きしめ、額と額をコツンと当てから頭を撫でる。


「大丈夫。あぁ、きっと大丈夫さ」と彼女に言い聞かせる。いや、そういう名義で自らにもそう言い聞かせているのかもしれない。ふとした瞬間に俺の目からも1滴熱い雫が流れた。


33


深夜大雨が降ったが、今朝には止んでいた。歩くと地面が気持ち悪いが、歩けないという訳ではない。なので、昼過ぎ位に出発した。


「気をつけろよ、足滑らすと危ないからな」


そう言いながら俺はセアに手を伸ばす。それに礼を言いながらその手を掴む。その繰り返しで道を進んでいく。


「大変ではないですか?」


眉を八の字にし、申し訳なさそうにそう問うてくる。


「大丈夫、ありがとな」


その言葉で笑顔と共に返す。そしてセアを持ち上げた瞬間、セアが「あっ」と声を漏らす。


「セア、どうかしたのか?」


口を開けたまま小さな小屋を指差す。そして大きな旗が建っている。赤い翼に黄金の剣、そうグラン帝国の国旗だ。俺が咄嗟に足を動かしたのでセアは足を絡ませる。勢いが止まったので俺も尻餅を着いた。


ガッ!と音が背中の方から聞こえる。目線を上に持ち上げると、そこには1本の矢が刺さっていた。


「な!」


俺はセアの手を引っ張る。セアはほぼ転がるように俺の胸の中に入る。次の瞬間、セアがいたところにも矢が刺さる。


───────狙撃……


しかし、それ以上に俺が驚愕したのは矢が飛んできた方向は、その兵舎からだったからだ。


「セア、目を瞑れ!」


そう言ってエレクロックを投げる。それは輝属性のもの、つまり目眩しだ。そこに属性力を放とうと呪文を唱える。


「ファックル!」


しかし、次に起こったことは俺の思考回路を一時的に停止させるものだった。その矢がエレクロックを撃ち抜いたのだ。


「嘘、だろ……」


俺は下唇を軽く噛む。炎の玉だけが虚しく空を浮遊する。


「セア、逃げろ。俺達がいた洞窟まで逃げろ、大丈夫俺はこいつを倒した後にお前を追いかけるから」


セアは首を横に振り、瞳の色が変わる。そこには確固たる意思の色が染まっていた。


「私はあなたのそういう所が嫌いです」


そう言うとセアは黄緑色の手袋を取り出す。手の甲の方には金色の装飾が所々に存在し、一目で普通のグローブではないことがわかる。


「私も戦えます」


「セア……じゃあ頼む、背中は任せた!」


そう言って直ぐに俺は自分の無力さを紛らわすために奥歯を噛み締める。しかし、自分の世界に入るな、と言っているかのように矢が飛んでくる。


それを木剣で弾き、前に進む。何発も何発もそれを弾き、7発目ほどで俺は体制を崩し、ぎりぎりで矢を弾く。


「くっ!」


しかし昨晩の雨が原因か、地面がぬかるんで足を滑らせその場に跪く。そして目線を上にあげると矢じりがこちらに……


パチンっ!とガラスとガラスがぶつかる様な音が響き、それは来なかった。


「万物には生きている限り属性力は存在しています。それは周囲の木々でもまた然り。彼らの属性力を扱い戦うこの属性手相手ではあなたに勝ち目はありません、さぁ、ここを立ち去りなさい!」


セアが恐怖で震えながら、しかし、確固たる意思を持ってそう叫ぶ。彼女の周囲には黄色い玉がいくつもあり、それをこちらに飛ばして矢を弾いたのだ。

この武器は詠唱などが不要な分奇襲などによく使われる武器ではあるが、周囲の属性力を扱うものなので『生命』の起源に通じていなければ、それを使用することが出来ず、俺は使うことが出来なかった。


「……」


フードの中から覗く殺気が返事になった。


「その意気はないのですね?」


「……」


矢を掴み、弓にかけ、こちらを狙ってくる。


「遅い!」


鈴のような音が聞こえたと思ったら、光の筋が無口の敵に進んでいく。狙いはピンポイントに弓らしい。しかし、ピシャリと音を立てながらそいつは矢で光を潰した。


「……」


貫くその無口に俺は嫌気が差してくる。その雰囲気を察したのか、セアは口を開く。


「援護は任せてください」


つまり正面突破をしろ、ということらしい。全く俺の事をよくわかっている。だって俺は……


「あぁ、俺はそれしか出来ないからな!」


そう言うと俺は前に走った、ぬかるみに足を持ってかれても、雑に進んでいく、矢はセアが処理してくれる。そう信じて。


剣を緋色に変える。メラメラと燃え上がるその刃が無口の首元を狙う。木剣であろうと、これを喰らえば最低でも致命傷は与えられるだろう。だが、俺の刃が首に届く寸前、俺の目を目がけて針が刺してくる。それは防御など完全に無視した攻撃であった。たとえ、俺に攻撃を当てられたとしても勢いの止まらない刃はその首をへし折っていただろう。

俺はその刃を無理矢理に弾く。地面が斜面になっているので、周囲の木々を掴み、バランスをとる。


───────こいつ、恐怖を感じないのか!


その手に持っていたのはレイピア、針なようなその刃はとても鋭利で殺意にまみれている。


「一撃離脱が妥当か」


そう口にしてから背中で俺を守ってくれている彼女に声をかける。


「セア、俺の足を頼む」


普通の人間がこれを聞いたら、分からないだろうがいつも一緒にいた俺達だ。それだけで何を言っているのか気づいてくれた。


「はい!───────ヘブリング・スピードオブライト!」


へブリングは輝属性の語句、スピードオブライトは光の速さ……


セアから放たれたその光が俺の足に装備された瞬間、全身が軽くなった。


「……」


「何も反応は無いか。いいぜ、その口開けさせてやる!」


走り距離を一瞬で縮める。刹那、先ほど同様目の前に針が現れる。それを体を傾けながら隙がない動作で斬り掛かる。刀剣とは違い、レイピアは正面に突く攻撃がほとんどだ。要するにその1点に集中すればかわせる。

もとより1度で決めようなど考えていない。じっくり、じっくり隙を出させて、そこに斬り込めば俺の勝ちだ。


「まぁ、それまでこれが持てば、の話だがな」


俺は小さく呟きながら自分の足をポンポンと叩く。


───────支援をしてくれる属性術は時間制限がある。これも属性手と同様に起源が関係することが多い。同じような起源であれば、継続時間は長いが、全く反対の起源であればその時間はとても短くなる。例えばそれが魔神と女神のようなものであれば……


「フンっ!」


再び足を動かし、そいつに斬り掛かる。灼熱の炎が線を引くように俺の後を追ってくる。何度も、何度もそれを繰り返す。そして、遂に一瞬であるが1歩後ずさりをするようにふらつく。それを見逃すほど、俺はお人好しではない。属性力を全開で斬り掛かる。しかし、体に重力が何倍にも増えたような感覚を襲う。


───────時間切れ!?いくらなんでも早すぎる!


だが、今更体の動きを止めようとすれば、それこそバランスを崩し、ボールのように転がってしまうだろう。体中の筋繊維を切り裂くように踏み込み、それを防ぐ。


「ツァァァ!」


俺の渾身の一撃を防ぐのでも、先ほどの様に攻撃するのでもなく、地面に倒れ込むようにその攻撃を躱す。襟を掴み、その勢いを殺さずに俺を投げる。数メートル吹き飛び、大樹に背中を打つ。目眩がするような激痛が背中を襲う。ぬかるんだ地面で体中泥まみれだ。


「ヒロ!」


「来るな!」


何を考えるよりも反射的にそう叫んでいた。それと同時に昔師匠が言っていたことを思い出した。


『もしも戦っている相手が正面から戦ってみて、絶対に勝てないと感じた時何が重要かわかるか?』


その時俺は、分からない。と答えた。それに対し、師匠はイタズラな笑みを浮かべて続きを口に出す。


『それはずる賢さと生きてやるっていう執念深さだ』


───────そうだな、師匠。


俺は騎士道など知ったことか、と思いながらそれを地面に埋め込んだ。何かが来ると向こうも感じたのだろう、属性剣技を発動させる。


「輝属性か……」


レイピアの刃が太陽のように輝く。目を開けるのすら難しく、眩しい。これが輝属性の特徴だ。輝属性の者達は少し明るく見えるだけだが、それ以外の属性からはとても眩しい光に見えるのだ。

今度は向こうから攻撃してくる。剣の間合いは先ほどの戦闘で大体掴むことが出来た。つまり、今は刃先ではなく、敵の体の動きを見る。

そしてその攻撃を全力で後ろに跳ぶ。斜面なので、想像以上に間合いが開く。


「ファックル・ショットアロー!」


左腕にボウガンが現れる。しかし、違うのが矢が1本ではないのだ。周囲に10本ほどの矢が装備されている。


「ショット!」


爆風が体のバランスを崩す。


「セア、あいつの方に飛ばしてくれ!」


「え、あ、はい!───────へブリング・ウィップ!」


浮いた足に鞭が巻き付かれる。


「まさかヒロ!?」


「ああ、そのまま吹っ飛ばせ!」


鞭がしなり、投石器のように俺を投げられた。しかし、奴は弓でを俺を撃ち抜かんと構え始める。


「そうはいくか───────ショット!」


先程放った『ファックル・ショットアロー』の装填は既に完了している、しかし、今狙うのは奴ではない。先程埋めておいたあれを狙う。

足元に火矢を射抜かれて、初めて気づいたらしい。そこに何が埋まっているのかを……


地面が氷に覆われる、そう、あそこに埋めたのは氷属性のエレクロック。それは奴の足にも霜を下ろした。属性剣技で剣のリーチを伸ばす。そこにセアがエレクロックを投げてくる。茶色のエレクロック、岩の属性力により木剣が打製石器の大剣へと形を変える。体を捻れるだけねじり、振りかぶる。レイピアで攻撃を防ごうとしているようだが、それは爪楊枝でハンマーの一撃を防ぐようなものだ。

案の定それは『く』の字に折れ曲がり、その持ち主も吹き飛ばされた。俺は顔面から地面に滑り込み、石ころのように転がって木々に止めてもらった。


「ヒロ、大丈夫ですか?」


セアが俺の方に駆けつけ、手を伸ばしてくる。俺はその手を掴み、立ち上がる。


「ヒロ、重いですね」


セアは嬉しそうにそう呟いた。


「うるせぇな。それよりも、あいつから何か聞き出せないかな?」


俺は木剣をギュッと握る。重い足取りで奴の元へと向かった。

肘からは白い棒が顔を覗かし、両手もおかしな方向に曲がっていた。


俺はその顔を覆うフードを掴み、そして剥がした。そこには見慣れた女性の顔があった。






「───────マリーさん、なんで……」


34


***


私は昔から心にポッカリと穴が空いていた。


家族の貴族階級はちょうど真ん中の第3級。私はそこの家系の4姉妹の末っ子として生まれた。


子どもの頃の私は何不自由ない生活を送っていた。しかし、年を重ねていくにつれて不満に思うことが露わになった。それは、結婚相手だ。今より約10年程前のあの戦争が終了するまでは結婚の目的は、両親たちの金と地位の道具でしかなかった。それは例えどんなに嫌な相手であろうと、従わなければならない。そういう規則であった。


 私は14歳の時、自分よりも10歳ほど歳上で、第2貴族の男性と結婚することが決まった。


結婚により見事両親と私たちは富と地位は手に入った。それは皆から祝福され、幸せな家庭と周りからは見えていた。


いや、実際にそうだった。彼は年下の私をよく気遣ってくれて、家事に戸惑う私を優しく支えてくれた。それでも、胸の奥底に眠るこの空虚な気持ちが消える事は無かった。


別に彼が嫌いという訳では無い。でも、好きという訳でも無かった。どちらかと言うと、年上のお兄さんというのが妥当な位置であろうか。その気持ちに知ってか知らずか、彼はどんな時でも笑顔で優しく私の名前を呼んでくれた。




「マリー……」




────彼の優しい笑顔がいつも私を狂わせる。




それはまるで愛犬を可愛がるかのように。


結婚してから2度目の秋が来た。




初めて抱かれ、私は女になった。それからというもの彼は自分の子どもと会うのを楽しみに待っていた。




────でも現実はそんなに甘くは無かった。




私は1度として着床はしなかったのだ。何度も繰り返しても結果は同じ。医者や占い師の所へ赴き原因を探ったが、理由はわからなかった。しかし、1つだけあることが分かった。それは、『私たちは子どもを授かることが出来ない。』という真実だった。




子どもを諦め始めてぐらいからか、彼は少し帰るのが遅くなった。別に興味は無かったが、憂鬱な夕食の話の種にでも、と一度聞いてみたことがある。しかしその返答は「あ、あぁ……まぁ、ちょっと…ね…。」とだけ曖昧な回答だけ言って理由は教えてくれなかった。


私は彼の職業に対しては知らなかったし、別に興味もなかった。まぁ、どうせどこかで浮気でもしているのだろう。


日を重ねるごとにこの気持ちは大きくなっていく。そして、ある日家を掃除していると、彼の書斎の奥から綺麗なムーンストーンのネックレスを見つけた。


────あぁ、やっぱりか


特にショックに思うことも無く、私は呆然とそれを眺めていると、ある感情が沸いてきた。


この2人の吊り橋のような愛を永遠のものにするために……


「───────私があなたを幸せにしてあげる」


突然湧き出てきたその感情は、私の気持ちが楽にし、何かいけない薬でも飲んだような高揚感が体を蝕んでゆく。しかし、この気持ちに抗おうとすらも思わなかった。


 その日のうちに専用の服と包丁を買った。夜になるのが待ち遠しく、太陽が鬱陶しかった。


午後6時頃。いつもは日が変わるぐらいに帰ってくるのに、今日に限って彼の帰りは早かった。


そしてまたあの笑顔を見せてくる。


「ただいま。マリー」


何故か今日はいつもより少し顔が明るく、とても嬉しそうだ。


「ええ、おかえりなさい」


私は片手で髪の毛をクルクルいじりながら応える。


「ところでさぁ、マリーは今日ってなんの日か覚えてる?」


突然投げかけられたその問いに戸惑いながら首を傾げる。


「えぇー、ま、まぁ、そうだよね。いつも家事とかで忙しくて覚えてられないか……」


彼は頭をポリポリかきながらあれが置いてあった書斎へ足を運ぶ。


対して私はゆっくりと隠しておいた包丁を取り出す。


「今日の為にいっぱい残業して買ったんだ、それでもちょっと借金しちゃったけどね……去年はバタバタしてちゃって質素なものしか買ってあげられのかったから。2年連続で結婚記念日のプレゼントがああいうやつは流石に悲しいかなって思ったから、そのムーンストーンのネックレスにしてみたんだけど、気に入って……」


彼の言葉を聞いながら包丁で大きなその背中をなぞる。「え?」という声を無視して両手に力を入れる。


あ、そうか今日は結婚記念日だったんだ。まぁ、いいかな。


この両手に確かな弾力が伝わる。それはやわらかい皮膚を裂き、肉をえぐり、骨を砕く感触でその一つ一つがリアルでとても心地よかった。


返り血が部屋に、壁紙に、そして、私の心に色彩を与えてくれる。


「────なん……で………!!」


這いずりまわり、私から逃げる彼の襟首を掴み馬乗りになる。


何度も何度も、包丁がなまくらになるまで刺し続ける。真っ赤な愛が私とあなたを包んでいく。今まで感じたことのない幸福感。初めて知った。これが本当の『愛』なんだと。


遺体を仰向けにしてから私は唇を奪い、頬を舐め、ギュッと抱きつく。服を引きちぎり、彼と私は裸体を見せ合った。しかし久々の私の裸体だというのに、それはなにも反応を示してくれない。


「あ、あぁ、そっか寒いのねあなた。」


私と彼の服を被せ、マッチに火を付けて彼にそれを投げる。異臭を漂わせながら炎は家中へと広がっていき、彼はもう黒い何かにしか見えない。


私は寝巻きを着て、彼が私を包んでくれるのを待った。


 しかし、突然「パリーン」という耳障りな音とともに侵入者が入ってきた。


「誰かいませんか!!」


ガラスを割り窓から入ってきた男性。年齢は私より少し年下か、ブカブカのロングコートに最小限の武具、背中には剣を備えるその姿はグラン帝国軍の軍服だ。


私は煙を多く吸ってしまったせいか、その場で咳き込んでいると彼が私を抱き上げて家から出そうとする。


「まってまだ私の夫が……」


「どこにいる!?」


辺りにはいつも通りの家具の他に、1つ見覚えのない家具があった。丸焦げになった人形の芸術品。それを見て心の底から湧き上がってくる感情を届けようと、その名を叫ぼうとした瞬間、言葉に詰まった。


────あれ、あの人の名前はなんだっけ……?


そのままどこか知らない場所に運ばれて行く。しかし火事でたくさん煙を吸ってしまったせいか、私は意識が朦朧となっていき、やがて気を失った。


35

***


「───────マリーさん、なんで……」


俺は心の中に存在するぐちゃぐちゃな感情を落ちていた矢に込めた。


なんで、なんで、なんで!



ただ、その感情だけが俺の心を支配する。


「なんで!」


そう言って、俺はマリーさんに矢を振りかぶった。しかし……


「おいおい、いつの時代も子が親を殺す瞬間なんて見たかねぇーな」


そう言って丸太のような腕が俺の殺気を殺した。止めた人物はそのままマリーさんの元へと歩いた。


「何してくれてるのかねぇー、これじゃあ俺はリリィーの墓参りの時なんて言えばいいんだよ」


次に俺とセアの方へ歩いてきて、グッと抱きしめてくれた。


「坊主、嬢ちゃん、大変だったな……よく、あぁ、よく頑張った……もう大丈夫だからな」


俺はその老騎士の名を口にしながら問うた。


「───────ブロムさん……俺はどうすればいい?」


それを聞いたブロムさんは「大丈夫、大丈夫だ」と何度も、何度も俺達のことを安心させてくれた。

生き延びないといけない、セアを守り抜かないといけない、その恐怖と不安の糸がプチンと切れた。俺達はただ、そこでは声を出して泣くことしか出来なかった。


36


何両もの馬車が俺たちの前に現れ、乗車した。マリーさんも拘束された後に乗せられていた。


「さぁーて、本題に入らねぇーとな」


ブロムさんはマリーさんの顎を掴み、自分の目と合わせるようにした。


「いや、ずっとおかしいなって思ってたんだよ。なんで賊なんざが我ら帝国軍の装備を整えているのか不思議でよ。どうして昨日の村が賊たちに占領されていたか。だからよ、俺は足りねぇー頭を一生懸命働かせて考えたんだよ。そしてようやく分かったんだよ。つまりお前らはゼティー村を、襲う前に昨日の村を襲ったか、同時進行で襲ってたんだろ?そして、逃げたガキどもを安心させるためにあえて軍の装備をすることで味方だと思わせた、と。」


長舌をしてブロムさんが乾いた口の中を唾で潤してからまた話を進める。


「そして鍵になってくるのはてめーだよな、カンダルの嫁さんよ。あんたがいれば誰だって安心するぜ。ましてや、ガキどもからすればてめぇーはこいつらの母ちゃんみてぇーなもんだろ?」


ブロムさんは、全く酷いことするよ。と毒を吐き、葉巻に火をつけ、一服し始める。


静寂が訪れ、妙に馬車の音が耳障りに感じる。少しづつ空気が重くなり、やがて膨らんだ風船のように張り裂けそうなほど息苦しい雰囲気になっていく

その緊張に針を指したのは、今まで沈黙を貫いてきたセアだった。


「どうして?ねぇ、なんで、なんでマリーさんがこんなことをしたのですか?ずっと…ずっと信じてきて……と、とてもいい人だと、そうだと、思っていたのに………!!」


嗚咽を漏らしながらも、芯の強い声で心に呼びかける。


「────あなたのせいで私の目の前で人が殺されました。あなたのせいでヒロの目の前で二人もの方々が亡くなりました。あなたのせいで多くの人が亡くなり、またその死を嘆き、苦しんでいる人がいます。なら!ならせめて!!何故、どうしてこのようなことをしたのか、それだけでいいのです。ただ、それだけでも……教えてくださいますよね……いえ、教えなさい、マリー!!」


目に涙を浮かべながらセアはマリーさんを睨みつける。10歳の少女とは思えない程の鋭い目。それがマリーさんの口を動かした。


「………気づいて欲しかったの。私はここにいるよって。あの人いつもあなた達のことしか見ないじゃない?昔の様に、ううん、昔以上に、あのリリィなんて目じゃないくらいの愛が……そう、そうね、私は欲しかったのあの人の愛が。おこぼれじゃない、濃縮された私だけの為に作られた愛の蜜。ただそれが欲しかっただけ。ただ、それだけなのよ?」


ニコッと笑いこれで分かってくれた?とでもいいたげな表情を見せてくる。その目に悪意はなく、その口は真実を告げていた。


だからこそらこの時俺は本当に思ったのだ。


────この人は狂っている、と。


全身の毛穴が開く感覚、と言えばいいのだろうか、それとも心臓を食いちぎられる感覚、と言えば良いのだろうか。例えようの無い『恐怖』が俺の全身を駆け巡った。


セアは数歩後ずさりしてから、ヘタリとそこに座り込む。ブロムさんも苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「そういえば、なんで私が怪しいって思ったんですか?あの兵士の方との会話を見たのはヒロくんだけのはずなのに」


表情を変えないまま、彼女は首を傾げる。どうやら本当に自分は正しいのだと信じているらしい。


「あぁ、これは嬢ちゃんから聞いたんだけど、彼女襲撃される当日に、大熱だったそうだな。そんで質問なんだけど、いいよな?」


「答えないといったら?」


「そんな、分かりやすい質問するな。この場でお前を殺すだけだ」


すると、マリーさんは不敵に笑う。それなら今すぐにでもやってみなさいよ。と言わんばかりの笑みだ。ブロムさんは少し考えてから、やっぱりやめた。と訂正する。


「もしも、応えてくれたらにしよう。その場合もう1度カンダルと会える権利をやろう」


マリーさんは3秒ほど悩んでから、首を縦に振る。


「……分かりました。応えましょう」


深くため息をひとつついてから、ゆっくりと話し始めた。


「結論から言うとか、入れましたよ。まさかはじめにそこをついてくるなんて思いませんでした。ブロムさん軍帥なんてやめて探偵になったらどうです?」


フッと小さくブロムさんが笑う。


「生憎頭を使うのは性にあわなくてな。これは単に道場院を調べた兵士がゴミ箱の中から猛毒のビンを見つけてな。」


────猛毒……?


確かに凄い熱だっけど、死ぬほどではなかったはず……


「えぇ。だからヒロくんが私にセアちゃんの熱が酷いと言ってきた時はびっくりしましたよ。なんで生きているのかに」


セアが俺の手をそっと掴んでくる。その手は恐怖に耐えるように震えていた。俺は小さく力を入れて、大丈夫。と囁いた。それに対して、はい。小鹿のように細い声で頷く。


「子どもの前でそんなこと言うのはどうなんだ?しかも張本人が目の前にいるのに」


「今頃隠す必要も無いでしょ?ねぇ、セアちゃん」


「てめぇ!ふざけんなよ!」


俺は余りにも無情過ぎる発言に激怒し、マリーさんを殴ろうとしたが、セアがそれはダメだと首を横に振った。


「本当に威勢がいいですねヒロくん。私あなたのそういうところ大好きでしたよ」


ゾッとすることを言われ、頭から怒りの熱がスーっと引いていく。


「話を続けますね。そのあと私はみんなに薬を買ってくると嘘を言って村を出ました。グラナさんとワラキアさんに合流して、避難用のツリーハウスの位置なども教えてから、私はまた道場院へ戻りました」


「じゃ、じゃああの時ツリーハウスを襲ってきたのは偶然じゃなくて……」


「えぇ。私が指示しました。そこに、『テイマー』がいると。」


────え?


「待ってくれ、その時は俺はまだテイマーに何かなってない!なのに、なんでそれを知ってるんだよ」


「数人ですけど、知っているのよヒロくん。あなた達2人はテイマーになるために生まれてきたっていう真実を知っている人達が」


「リリィ、母さんがテイマーだってことをか?」


その瞬間、マリーさん以上にブロムさんが目を見開いた。


「坊主なんでお前がリリィのことを知っているんだ?……まさか、フェニクスお前か?」


キッとブロムさんが俺の方を睨んでくる。俺はその一瞬だけで、奈落の底へと落ちるような恐怖を感じた。しかし、俺の体から出てきた緋色の鳥は飄々とした態度で言い訳をした。


「そう怒るなよブロム。自分たちがテイマーになった理由は母親にあると言ったら、聞きたいと言ってきたので教えてやっただけだ」


「それは、そうだろうな……」


ブロムさんは呆れたと言わんばかりに頭を抱えた。


「まぁ……ヒロ、これ以上リリィの話は出来ない。後でちゃんと教えてやるからな」


俺はこくりと頷いた。


「どこまで話しましたっけ?あぁ、ツリーハウスにテイマーがいるという話でしたよね?あの後私はヒロくんとアルスロットくんから絆詛(ばんそ)を頂いてしまいましてね。ゼティー村に移動しました」


───────絆詛?



「なぁ、フェニクス、絆詛ってなんだ?」


絆創膏みたいだな、と思ったがそれを言うのは我慢した。


「あぁ、お前が初めてグラナとワラキアとあった時に道場院の皆を命令させてゼティー村まで逃げさせただろ?あれを絆詛って言うんだ」


「なるほど」



マリーさんが欠伸をしながら、「最後に」と言って言葉を発する。


「村に居る人達ですべてじゃないですよ、ブロムさん。ちゃんと周りを見ないとだめですからね……」


マリーさんの不敵な笑みに、ブロムさんはなにかに弾かれたように顔を上げ、周囲の兵士たちに指示をし始める。



「周囲警戒。すぐに他の奴らとも合流するぞ!!」


「彼女は!」


兵士の1人がブロムさんにそう問うた。その言葉を予測していたかのように、すぐ様ボールを返す。


「目隠しと口を塞いで馬車の後方にでも置いておけ!」


ピリピリと緊張の稲妻が俺らを貫く。どこから敵が来るのか分からない恐怖はまるで蒼ざめた馬と一緒に走っている感覚だ。


「ブロムさん、ここには居ない他の人達は今どうなってるの?」


声が震えるのを我慢しながら聞くと、彼は口の中で舌を数回転がしてから俺の質問に答えた。


「あぁ?そりゃあ、予定通りの経路をいろいろな方法で逃げさせてる。馬に乗せたり、馬車で逃げたりな。ここだから、敢えて言わせてもらうが、生きてたどりつけるのは五分五分がいいところだな。グラナは抑えたとしても他に、ワラキアの場所もわかってないっていうのに……!」


ブロムさんは珍しく深いため息をついた。もう一本葉巻を取り出し火をつけ始める。煙はユラユラと上空へ飛んでいき、消えていく。


37


「ブロム軍帥前方より数人の敵兵あり、ここから大体1キロ弱ぐらいです。どうしますか!!」


それは突然の報告だった。騎手が鞭で馬たちを動かしながら彼らを見つけたのだ。


「向こうは俺たちのこと気づいているか?」


「いえ、そういう感じには見えません!」


「ああ、分かった。2頭馬貸してもらえるか?」


俺達が乗っているこの馬車は元々5頭の馬で1両を引っ張っている構造だ、やはり彼を乗せているというのもあると思うが、馬力がとてつもなく強い。


「やっぱり、1度あの村によって生存者を探してから行くか!2手に別れよう。戦闘班と救出班に。お前たちにこいつを頼む。俺とそうだな……メラ、お前がこい。俺ら2人であの村に行って、2から3頭の馬借りてくるから、お前たちはここで待っていてくれ」


そう言ってブロムさんは馬車を止めさせるように指示した後に、俺を兵士に渡そうとした。俺はブロムさんの鎧を掴みイヤイヤをする子どものように首を振る。


「俺ブロムさんと一緒に行動したい…」


「ダメだ」


「行く!」


すると、ブロムさんが小さくため息を吐いてから、無言で俺の腹部に拳を入れてくる。


「────ッ!」


1度は膝をつき倒れ込んだが、再びよろめきながらも、立ち上がりブロムさんの鎧にしがみつく。この時どうしてこのような行動をしたのか定かではないが、心の底で俺ではない他の誰かが『もっと戦いたい』そう言われ、強制されている気がした。


「坊主これは遊びじゃない。お前も目の前で見ただろ?人が死ぬんだ。それに、俺はあまり人の命を秤にかけるのは趣味じゃあねぇーけどよ、今やお前の命は普通の人間の10倍以上の価値がある。なぜかわかるか?」


「……?」


俺は分からない、と首を傾げる。


「お前は今テイマーっていう、人間以上の存在、いや、力を持つ者になってしまった。もしも、お前がグラナやワラキアに殺されたら、今まで保ってきたグラン帝国の平和が脅かされることになる。それは断じてならんことだ。だから、お前は戦うな。いや、戦ってはいならん」


「なんで、俺が戦いたいって分かったの……?俺一言もそんなことは……」


ブロムさんはふぅーとため息をつく。


「……まぁ、だからそういうことだ」


ブロムさんはいきなり「やれ」と言って周囲の兵士を俺羽交い締めにして動けなくする。


ブロムさんは他4人の兵士を連れて、一人づつ5頭いた馬に跨る。それと共に馬と馬車を繋げていた綱を斬り、風を駆けていく。



38



俺は拘束を解かれてから、絶対的な凛々しい背中を見つめながら、ふぅー。とため息をつく。


「……ヒロ………ブロムさんの真似ですか?」


セアが俺の顔を覗き込むように、上目遣いで見てくる。俺は彼女の頭を軽く撫でてから、ボソッと、行きたかったなぁー。と言葉を零した。すると、頬を膨らましたセアが丁度ブロムさんに殴られた場所ピンポイントの所をツンツンと指で突っついてくる。


「なんだよ?」


俺が少し訝しそうな表情をすると、彼女が満面の笑みでいえいえと首を振った。


「ヒロはまたブロムさんにあの強烈な拳を頂きたいなんて、ちょっと気持ち悪いなぁーって思っただけですよ」


ふふ、と小さく笑うセアの頬に、うるせぇーよ、と言いながら優しくつねる。


俺を拘束していた兵士たちが、馬車を降りてから周囲の警戒をしているが、森林が欠伸をしているのではないかと思うような僅かな風の音を残して、静かだった。今が真夏だと忘れてしまう静かさが逆に俺を不思議がらせる。


「セア……」


俺が話しかけようとすると、セアが分かっていますよ、と言っているかのように、ニコッと微笑む。


「お腹がすいたんですよね。そうだと思って私まだ木の実を残しておいたんですよ。あまりお腹の足しにはならないと思いますが、どうぞ」


「どうぞじゃねーよ!」


そういえば、朝飯以来何も食べていないことを思い出すと、今まで気づかなかった腹の虫たちが暴れ始める。俺も何か食べようかな、と思い自分のバックを取り出し中身を探っていると、セアが俺の肩をツンツンとつつく。


「どうした?」


「話の腰を折ってしまい申し訳ないのですが、あの……これ…………どうぞ」


そう言って渡してきたのは1枚の紙切れだった。なにかな?と思って手に取ってみるとそれは手紙だった。


「あぁ、手紙?でも、なんで今?」


すると、セアは珍しく目線を合わせずにそっぽを向きながら話し始める。


「覚えていますか?あなたとアルスロット2人でテイマーとその他の賊たちと戦って、道場院から帰ってきた日の夜のこと」


「あぁ、一緒に道場院にまた向かったな、懐かしい」


「その理由がこれです」


「なんだ、それならあの時渡してくれればよかったのに」


「ふふ、やっぱりあなたはそう言いますよね、私もあの時渡せればよかった。でも、その勇気がなかった、でも、この数日であなたから勇気を沢山貰えた。だから、今ここでこれを渡します」


木々を見ていたセアがクルっとこちらを向いて、ニコッと笑う。その笑顔はただ、美しいに尽きた。


「あぁ、じゃあ、さっそく読ませて頂きますかねぇー」


手紙を開こうとした俺の手を、セアはガチっと抑える。


「止める勇気も、必要だと思うんですよね……」


「なんのために手紙書いたんだよ!」


全く、自分で言って本当に納得してしまった。せっかく書いたのに、いざ読んでもらおうとする時は「読むな」って言うなんて馬鹿げている。


「じ、じゃあ、全部終わったら、この1件全部終わったあとに読んでください。それならいいですよね?ね!?」


「あぁ、仕方ないなぁー分かったよ、了解」


───────今日の夜にでもこっそり読んでやろう。


俺は心の奥底から湧いてきた悪戯心に抗うことさえ考えなかった。


39


空を見上げると、夕方の6時頃だろうか、太陽が森林によって欠かれていたが、すぐ近くに真っ黒い雨雲も見える。どうやらまた、雨でも降りそうな天候だ。俺もバックから拾った木の実を取り出し何粒か口へと運ぶ。


「そういえば、結局お腹減っているではありませんか……まぁ、いいですけど。では、ヒロは私に何を聞きたいのですか?」


俺は気を取り直して口を開く。


「今って夏だよな?」


「そうですけど、どうかしましたか?ついにこの暑さで頭の方までトロトロになってしまいましたか?」


セアが何か楽しそうに毒舌を吐いてくる。


────こ、こいつ。


「違う!いや、そうじゃなくて、いくらなんでと静かすぎないか?普通もうちょっと虫とかがうるさく鳴いてると思うんだけど……」


それを言った途端、セアが、あ、確かに……と言葉を零してから、目を閉じ耳を澄ます。その姿はまるで創世記に描かれている海の女神『リオアナ』のように美しかった。


「あんまりジロジロ見つめないでください。その、恥ずかしくなりますから」


セアが真っ赤になった耳を手で覆いながら俺を横目に睨んでくる。


「あ、いや、すまん。悪気はなかったんだけどな。で、どうだ、やっぱり変だよな?」


「ええ、いくら何でも静かすぎますね。でも、雨も振りそうだしその影響じゃないんですか?」


その瞬間、眩しい雷光と共に凄まじい雷音が鼓膜を刺激する。俺はびっくりしてビクッと体を仰け反らしただけだったが、セアは俺の体にガシッとしっかりしがみついてくる。


「あ、す、す、す、すみません」


そして、自分が何をしているのかに気づき、セアは離れながら再び顔を真っ赤にする。今度は申し訳なさそうに頭を下げてくる。俺はそれを、いいよ、と言って流したが、多分周りから見たら俺の顔もセア同様に物凄く赤いだろう。なんだろう顔がとても熱い。


雨がポツポツと降り始め、土と雨の独特の匂いが鼻腔を刺激する。雷も所々で鳴っているが、先程のようなとても大きな雷は降ってこない。


動かない馬車に2人肩を並べて座りながら、セアが話し始める。


「ヒロ。ソラやアルスロットそれに道場院のみんなは大丈夫でしょうか?」


心配するように雨を眺めがらセアが話しかけてくる。俺は一度セアを見て微笑みながら、あいつらなら大丈夫さ。と言った。特にあの2人にはししょーがついてる。何も心配することは無い。


「そう。あいつらなら大丈夫。俺たちがそうだったように、道場院のみんなはこんなところでくたばるような雑魚じゃない」


俺がニッと笑うと、ふふ、と口元を指で抑えながら、そうですねと言ってセアも笑った。


「早く全部終わってお風呂入って、オムレツ食べたいです。そして、また、いつか道場院のみんなで稽古やお勉強をして……」


そうだ、あの眩しい日々をまた取り戻すことがあと少しで出来るんだ。そう思うだけで、心が澄んでくる。


「そして…後は何したいかな?ヒロは何をしたいです……え…?そんな…いや………いや!」


いきなりセアが震え始め、座ったまま逃げようとする。俺は彼女を落ち着かせるために肩を掴むと、縋るように抱きついてくる。涙を流し、息が荒い。俺は何故こうなったか分からず、あたりを見渡し、見つけた。今まで何も無かった薄暗い木々の影。






────そこに絶望が、グラナが立っていた………


40



何故か左腕は消えているが、それでもあの鼻先まで隠れる深緑のフードのポンチョはまさしく、俺たちにとっての絶望に他ならない。


「なんで……」


────足音も何も聞こえなかった!


────奴の足元には足跡は無く、彼の周りに馬はいなく、たった1人ポツンと立っている。




「なんだ、ブロムの野郎はいないのか……まぁいい。リーヴ・ウォール」


離れているはずなのに、耳にねっとりと残るその声。その一言で、何十本もの大樹が地面を抉りながら現れた、俺たちとグラナを囲む。


兵士の人たちが剣を構え、俺らに対して「逃げろ!」と叫んでくる。俺は必死に頷き、震える足に鞭打って、セアの手を引きながら馬車から降りようとする。


すると、セアの方が震えがひどいらしく、その場で倒れてしまう。俺は彼女を抱きかかえて降りようとした瞬間、背中で兵士たちの悲鳴が聞こえた。




────グラナの背中から生えた6、7本の緑色の蛇の形をした弦が一気に彼らの体を貫いていく。


「────に、げろ!!」


俺は彼らの雄叫びを背中に受けながら、彼女の手を引く。その時、詠唱が聞こえた。




────リーヴ・シュターク・スネーク。




大蛇の術。それは目にも止まらぬ速さで兵士の骸を喰らい、馬車を喰らい、俺たちに牙を向いた。




間に合わない。そう感じた俺はせめてセアだけでも、と思い彼女を外へ投げようとした。しかし、その時脳裏にブロムさんの声が蘇る。




『もしも、お前がグラナやワラキアに殺されたら、今まで保ってきたグラン帝国の平和が脅かされることになる。それは断じてならんことだ』




分かっている、セアの命と国なんて比べるまでもない。そんなもの。そんなこと分かってはいるんだ!




その瞬間、セアの顔が近づいてくる。優しくしっとりとした感触と音が頬と耳に伝わる。それは幼い少女の唇の感触、それは唇と肌がくっつき、そして離れる音。顔を真っ赤に染めたセアが涙を流している。








「────絶対に、絶対に生き延びてくださいね、ヒロ。私はあなたのことが大好きです」






彼女は俺に白いエレクロックを押し付け、詠唱する。


「────へブリング・ショット」


黄金色の渦が風属性のエレクロックと衝突して暴風を生み出す。馬車の壁と屋根を吹き飛ばすその暴風に抗うことも出来ず、俺を馬車から吹き飛ばされ、地面に転がる。




時間が静止する。俺の目に映るあらゆる色彩が灰色へと変わっていく。全ての絶望が俺に降りかかる。




「────セアアアア!!!!!」




俺は馬車に伸ばす。届くはずの無い手を、叫びを、怒りを、そして自分の未熟な力に対しての憎しみを。




馬車は跡形もなくなり、その残骸がセアはもう戻らないと俺を嘲笑うようにそう告げていた。



41


「グラナァァァ!!」




土砂降りの雨の中俺は木剣を抜き、狂者の羽衣を纏う。心にある怒りや憎しみを燃料に剣と体を緋色に燃やし、その全てを掻き集め剣に乗せる。 


 鼓膜に響く爆音。目に映る土煙。目障りな煙が晴れると、地面は焦げ、それを彩る深々な亀裂とメラメラと猛々しく燃える炎がそこにはあった。




「え?」




 だがグラナの姿は無い。逃げたというよりも、奴という個体がパッとその場から消えた、という表現の方が正しいだろう。それはまるでアル兄のあの目と同じ能力。


『後ろだヒロ!』


体の中にいる属性獣が俺の頭に叫びかける。それを信じて俺は属性剣技で横に回るように振り、その勢いでバックステップを使い逃げる。


耳にはザッ!という音が届き、手には確かな手応えを感じる。剣先に目を向けるとグラナが使っていた槍が刃の付け根から断たれていた。ひらひらと刃先が燃えながら、俺と奴の間に落ちる。


「木剣なのによく斬れるな。クロガネスギ製か?」


俺はグラナの言葉には耳を貸さず、今にも怒りで狂気に落ちそうな自分を必死に抑えるので十分だった。しかし、本能が理性を蝕んでいく感覚がひしひしと体全体に伝わり、頭が沸騰しそうになる。


 グラナはにやにやしながら断たれた槍を見て、緊張感の欠片も無い喋り方で話しかけてくる。


 「なぁ、ヒロ。お前は俺にはぜーったいに勝てない。だから死ね。今この瞬間に死ぬのだというのなら、楽に殺してやる。そこの瓦礫で無様に下敷きにされて、ぐっちゃぐちゃになった金髪の少女のようにな……」




――――金髪の少女……




数分まで一緒にいた少女の笑顔が脳裏に浮かぶ。




オレガマモレナカッタショウジョノエガオ




――――セア……




彼女の最期の言葉が俺を本能の闇から救い上げようと手を伸ばしてくる。いつも俺たちの背中を信じて追いかけてくれて、時には俺たちに優しく支えてくれたその声。




―――――絶対に生き延びてくださいね。




そうだ、俺は何が何でも生き延びなければならない。彼女との約束を守るために。




 怒りを鎮めようとするも、この気持ちの何から手を出せばよいのか全く分からない。ただ胸の奥をズキズキと針のような突起物で刺されている感覚が大きくなるだけだ。だが、その気持ちが治まるよりも先に悪魔が再び楽しそうにまた囁く。




「なぁ、彼女の最期はどんな気持ちだったんだろうな?嬉しかったかな?寂しかったかな?どぉーせ生きられないなら、今のうちに死んじゃえ。て思ったのかな?あはははははは、けーっきょく、分からないよね。だってあの女、誰かがゴミムシのように弱いから今頃瓦礫の一部だよー!」




グラナは腹を抱えてゲラゲラ笑い、体をクネクネと曲げながら話す。挑発だと頭では分かっていても、本能から生まれる怒りと憎悪を制御できない。手がわなわなと震え、自我を保とうとしても体がを耳を貸してくれない。そして……




 俺はもう自分の体に制御が効かなくなっていた。




 俺を馬鹿にするのはいい。彼女を救えなかったのは俺のあまりにも非力だったから、全部俺の責任だ。でも…彼女をもうここにはいない、セアを侮辱することだけは絶対に許さない。




脳がグツグツ沸騰されていく。その熱は奴への怒りと憎しみ。そして自分の未熟さ。これらを調味料にグチャグチャに混ぜ合わせ、俺の頭をさらに加熱さしていく。


「死ね、グラナァァァ!!!!!」


俺は足を踏み込み、奴との間合いを一瞬で詰める。1振りするごとに先ほど以上の爆風と亀裂が発生するが、奴はするりするりと俺の攻撃をかわしていきながら属性術の詠唱をする。


「リーヴ・ブレイド」


いやらしくにやける緑色の悪魔は右手に木のツルが10本ほど生まれる。それは束となり、やがて一振りの剣となる。


グラナはけだるそうに、俺は気合と根性を剣先に乗せ斬りかかる。木剣と木剣がぶつかり合い弾け合う。独特の音を奏でる斬り合いが火花を散らす。だが、グラナは再び姿を消し、そして四方八方から何人もの残像を作っているかのような攻撃を繰り出してくる。




一撃一撃は重く大岩を剣で叩いているかのように、肘に不愉快な痺れと体全体に募っていく忌々しい疲労感が俺から集中力を奪っていく。しかし、もう何連撃目かもわからない攻撃を弾いた時、ガシッ!という鈍い音と共に木剣の破片が飛び散る。


 その勢いは止まらず俺の皮膚と肉、そして骨までもが粉砕される。右肩には焼けるような激痛が身体中を駆け巡る。無様に這いつくばっている俺を見ながら、グラナはククッと喉の奥を巻くように笑う。


「ほら、さっさと死ねよ!」


グラナが俺の腹を蹴る。何発も何発も俺は口から血を吐き、また、嘔吐しそれでも蹴りは続く。俺はどうにか逃げようとするが、その都度捕まりゲラゲラ笑いながら再び蹴りが始まる。


 数分にも及ぶ地獄の後悪魔はつまらなそうに言葉を吐き捨てる。 


「そろそろ飽きたなこれ。別に生きていても利用価値ないしここで殺すか」


グラナはそう言うと俺の目の前に剣を地面に突き刺す。


「なぁ、ヒロ。これな、今からこの剣でお前を殺してやるからな。まぁ、やっぱり初めは右腕がいいよなぁ?さっき斬られてずーっと痛がってたもんなぁ!」


さらにもう1度腹部を蹴られる。俺はどうにかして逃げようとするが、グラナはそれを見て再びゲラゲラ笑いながら捕まえる。


「なんだよ。まだ、死ぬのは怖いってか?いいぜ、もっと抵抗しろよ。火事場の馬鹿力ってもんを見せてくれよ!」


「や、約束した…んだ……セアと……ぜ、絶対に、生き延…びるって……だから俺はまだ、死ぬわけにはいかねぇーんだよ!!」




俺は手に持っていた刃折れの剣をグラナの足に突き刺す。




「お前……!」




「うぉぉ!」




不意打ちと突然の激痛に身を屈めているグラナに対して、俺は地面に落ちていた石を掴み顔面にぶつけ、片目を潰す。




「俺だって……必死に生きてるんだ。例えお前が簡単に人間を殺せるんだとしても、俺は、俺だけはお前には負けない!どんな状況であろうと、お前みたいな奴だけに!」



降りしきる雨の中老騎士が面相を変えて駆けてくる。彼の後にも生き残っていたらしい、20人ほどの兵士が武器を片手にこちらへ来る。俺もフラフラする体に喝を入れ、虎の目つきで睨みつける。


「グラナ。お前の負けだ。流石にブロムさんとこの数の兵士には勝てないだろう?さっさと降伏するんだ。さぁ!」




またしても、喉の奥を巻くような笑い声が響く。




「ククッ仕方ない。あの数相手だと俺も骨が折れる、だったら来させなきゃいいのか」




そう叫びながらグラナは剣を地面に突き刺すと、その刃先は地面に溶けるように消えていき、次の瞬間、奴を中心に地面が崩れる。「え?」と言うのも束の間に俺は奈落の底へ落ちていった。


42




目が覚めると辺りな真っ暗になっている。どうやら出来た穴はそこまで深くなかったらしい。しかし、もう俺の胸から右肩にかけて感覚がもうほとんど麻痺している。




「フェニクス今出れるか?」




ボッと右肩から音がなり炎の鳥が現れる。内心ランタンにいいかもなと思ったが、胸に留めておく。




「どうしたヒロ?」




「ちょっと心配なんだけど、どうにかして俺の右肩って治そう?」




フェニクスは俺の右肩に近づき、食い入るように見ると満足そうに頷く。




「あぁ。傷痕は残ると思うけど治るだろう。どこかにエレクロックとかあるといいんだけど」




緋色の鳥がキョロキョロしていると目の前には見覚えのある馬車が1両ぐしゃぐしゃになりながら佇んでいた。そこにはグラン軍兵の死体などが転がっていたが、その他に黄色いエレクロックも転がっていた。だが、俺はそれよりもその馬車に目を奪われた。




「これって俺たちが乗ってきた馬車……無事だったんだ……」



──────私はあなたのことが大好きです




彼女が残してくれた最期の言葉。俺は生きているはずの無い少女を探して、ほとんど原型の無い馬車へ乗り込む。


だが俺はすぐにそれを見つけることが出来た。




「──────ッ!」




金髪の少女に緑色のリボンを頭に巻いた幼げな少女が仰向けに倒れている。地面は彼女の下だけ赤黒くなっている。ただでさえ白い肌なのに、顔に血の気はなくまるで大理石のように白いその肌がピクリと動く。




「……ヒ…ロ………?」




 ガラス細工のような今にも壊れてしまいそうな声が耳に届く。




「セア!生きてる、生きてる!」




彼女はあの地獄を生き延びたのだ。俺は震える膝に鞭打って、彼女のもとへ駆け寄る。何度も躓きそうになりながら、1歩ずつ、1歩ずつ俺は彼女を救おうと手を差し伸べて驚愕した。




──────下半身が瓦礫に埋もれ、そして潰れていた。




「良かった…ヒロは無事だった…のですね……」




「あぁ。俺は無事だった。お前のおかげだセア。」




 セアは優しく微笑むと苦しそうに小さく溜息を吐く。




「あぁ…ヒロだけでも、救えて…本当に……良かった………これで……私は思い残すことはもう……」




「何言ってるんだ!今俺が救ってやる!!大丈夫すぐ助かる!!」




そうだ、俺は彼女に救われた。なのに俺はこのまま彼女を見殺しにすることなんて出来ない。それに俺には彼女を救えるという根拠があった。先ほど地面に落ちていたエレクロックだ。あれで彼女の傷を塞げば……




「ヒロ諦めろその傷は塞がらない。たとえエレクロックを使ってでもな。それにまずこの瓦礫をどかさないと」




フェニクスが野次を飛ばしてくる。彼の『諦める』という言葉が俺の胸に深く突き刺さる。だが、心の中でも、大丈夫、助かる。と祈っている自分が震えている。




「分かってる!大丈夫、このぐらいの瓦礫全部どかしてみせる」




俺は狂者の羽衣を纏い片手で瓦礫を掴み、持ち上げようとしたその時、狂者の羽衣が緋色の吹雪となって体から離れていく。




「ち、力が入らない……なんで……」




「無理だ。狂者の羽衣は元々体の上限をあえて極限を至らせる禁忌の羽衣だ。遥か昔自らの力のみを追い求めた悪魔が作った羽衣。しかし、それはその所有者の体力が一定以上で無ければ使用することは出来ないんだ。じゃないと、自らその身を滅ぼすことになるからな。お前の体はもうボロボロだ、それ以上力を使うと死ぬぞお前。だったらここで生き延びて彼女の分まで生きればいいじゃないか。それにお前の起源では」




「で、でも、俺は、ここで俺だけ生き延びて彼女を見殺しにすることなんて絶対に出来ない!それなら俺もいっそここで死んでやる!」




何も出来ない自分の無力さが言葉となってフェニクスの言葉を遮る。何度も何度も俺は狂者の羽衣を羽織っては消滅し、その代償に自分への劣等感と疲労感が募ってくる。奥歯を強く噛み、拳を握りしめる。頬に涙がスーッと流れる。


「泣かない、で……」




 セアが少し苦しそうに微笑み優しく俺の手をギュッと握る。しかし、その手は恐怖と戦うように微かに震えている。




「セア……大丈夫!絶対に救ってやるからな……!」




 俺はニッと笑い彼女を励まそうとする。だがセアはその表情を変えずに首を横に振る。雨音が頭の中から削除され、彼女の声だけが耳に入ってくる。




「大丈夫ですよ………だから、ヒロは…もう私が、見ることの、出来ない未来を……たくさん、たくさん……見てきて、くださいね…向こうで……のんびり、待って、いますからね……」




「何言ってるんだよ!大丈夫だって!」




それでも彼女は俺の言葉を無視して話し続ける。




「そこで、たくさんの…自慢話や、面白いお話を……聞かせてください。だから、なるべく……ゆっくり来て…くださいね。すぐに来たり……お話が短かったら、怒りますからね………」




「セア……」




でも、とセアが泣きながら再び口を動かす。




「出来れば………出来れば…これからも、同じ未来を、見たい……ヒロと一緒に老いていっておばあちゃんになりたい。まだ、やり残したことが、いっぱいあるんです。もっともっと生きたい………なにより、私……死ぬのが、怖い……あれ?……ヒロどこですか?隠れないで……」




俺は奥歯をグッと噛み締める。頬に流れる涙が落ちていき、彼女のおでこで小さくはじける。




「大丈夫。ここにいるぞ。何も怖がることはないからな」




「あぁ。見えないけど……分かります………。あなたは……いつも私のともしび、と、なって……怖くないように、照らし、私が…何かに、迷ったとき、正しい方向へ導いてくれる……(みち)でした。」




セアは俺の頬を触り、ゆっくり撫でる。俺はその体をギュッと抱きしめ、心の底から願った。死んでほしくない、と。でも、彼女が13の階段の終盤を歩き始めているのは明らかだ。




「昔……告白は、返事が無いと……成立しない……と聞きました………ま、まぁ……私がほっぺに……キ、キスまでしたのです……から……でも……返事は向こうで待ってますね」




答えなんて昔から決まっている。彼女の声が徐々に弱弱しく、そして空気のように透き通っていく。




「ヒロ………この、悲しい世界を………優しく……灯して…………」




彼女の手が音を立てずに地面に落ちる。




「セア?」




──────彼女はいつものように優しく微笑みながら息を引き取った。




43


───────数日後


右腕は折られ動かなくなりながら、自分の旦那を探す魔女が一人いた。名はマリー・ミゼル。ゼティ―村の山奥にある道場院の師範カンダルの妻で今回の事件の首謀者だ。


 彼女はセアの起こした爆風により吹き飛ばされ奇跡的に生き延びたのだ。




「ブロムさんは約束してくれたわ。全て話したらあなたともう一度会えると……」




 もう彼女の眼は人の物とは決して言えるものではなく、言うなれば痩せこけた肉食獣のようであった。しかし、カンダルがいる所は彼女の場所から何十キロも離れている。会うことなど茶柱を立たせるよりも何倍も確率が低い。だが、神のいたずらか数日後、彼女はテントを建て休憩しているカンダル達を見つけた。




 「あなた……」




彼女は彼が一人になるのを待った。たまに、鬱陶しいアルスロットやソラと話したりしているが、やがてその時は来た。彼を見つけてから3日目の深夜、トイレをするために一人外へ出た彼を追いかける。




「俺のことずっと、つけている奴誰だ?」




――――あぁ。やっと。私だけを見てくれた……




「私よあなた………ずっとずっと会いたかったの……やっと、二人っきりになれた」




「マリー……」




何故かすごく険しい表情をしているが、そんなこと気にしない。私はあなたが欲しい。私だけの濃縮された愛をもらうためだったら何人だって殺してみせる。


 茂みの中からザッという音が鳴り何者かが現れ、私と彼の邪魔をする。




「コムン・リター……?」




 髑髏仮面の騎士が私を拘束し、いつでも殺せると言わんばかりに、剣を私の首筋にゆっくり滑らせる。だがその姿を見て私は驚愕した。若すぎるのだ。まだ12歳ぐらいだろうか。しかもあの部隊は入隊するとその人物の戸籍など全てが消えるはず……まさか道場院の本当の狙いはコムン・リターの作成のために作られた国営の工場?しかし、私の理解が追い付くよりも先に仮面の少年はカンダルの指示で闇に消える。




「マリー。俺はな、お前の夫の前にグラン帝国の兵士なんだよ。俺は今でもお前のことを愛おしく思っている。だがな、俺は国を攻撃した奴を許すことは絶対にできない。俺たちの人生を救ってくれたこの国を貶めようとするお前を」




カンダルが腰から細身の片手剣を抜刀する。あれは、グランは帝国軍任命式に授けられる軍剣。




「帝国軍の兵士として許すことは絶対できない!」




 私は彼が何を言っているのか分からず、首をかしげる。だが、彼の頬には一筋の涙がこぼれ、それを私への愛情と認識した。




「さらばだ。マリー・ミゼル。リオアナの元へ帰るがいい」




 リオアナの元へ帰るがいい。これは人に死を告げるときによく使うセリフだ。全ての神々の母リオアナ、そこへ行き再び新たな生命となり生まれ変われと言う意味だ。




「ならばあなたも一緒に行きましょう?」




慈愛に満ちた笑みと共に、マリー・ミゼルの首は空を切り地面に落ちた。


 これで、ゼティ―村襲撃事件の首謀者は殺された。しかし、グラン帝国の新聞にはその名前も、殺した人物の名前も明らかにはならなかった。




44


***




目を覚ますと純白の世界に一人私は立っていた。




「ここが死後の世界……?




 私は死後の世界はもっと人がぎゅうぎゅうに集まっていると思っていた。だって、今まで亡くなってきた人たちは数えられないほどいるはず。もしも、全ての亡くなった生命がここに集まるのだとしたらもっと人がいないとおかしいのだ。 


 私が一人で悩んでいると、目の前に黄金色の粒子が集まり、やがて一人の金髪の美しい人魚のような、しかし天使の翼を生やした女性が現れる。


 それは昔よく彼が読ませてくれた本。『グラン帝国創世記』に出てくる全ての神々の母。女神リオアナによく似ていた。


 彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、私に手の伸ばしてくる。疑いもせずその手を両手でギュッと握ると彼女は再び黄金色の粒子となり四散する。そして彼女が私の体の周りを舞いながら心に話しかけてくる。




『あなたはまだ死ぬべきではありません。それにまだ死にたくないのでしょう、見たいものが沢山あるのでしょう、ならばまだ死ぬべきではない………』




そう言うと、その粒子たちが私の体に浸透してくる。




「あなたは誰?」




私は底なしの包容力のある息吹を体全体に感じながら問いかける。




「ふふ。そんな本当は分かっているはずですよ……?私はあなたの起源、女神リオアナ」




───────あなたを護るもの………








 目を覚ますと私は森の中にいた。致命傷だった傷も傷跡一つ残らずに治っていた。しかし、どうも体がいうことを聞いてくれずに、金縛りのようになっている。




そこへゴソゴソと音が鳴り、何かが森をの茂みを抜けてくる。私は目だけ動かし音の方向を見ると、そこには見覚えのある白髪で骨太の男性が立っていた。




「お前は確かカンダルの所の……」




訝しそうに私を眺める彼を見ながら、何か言わなくちゃ!とその一心で全部の力を唇に集めるが、逆に力んでしまい言葉が出てこない。




「───────です!ダオスさん!」




 私は何とか言葉を出すとそれと共に金縛りからもほどける。すると、彼はこちらに歩み寄り、私の前で座った。




「行く当てはあるか?もしもお前に行く当てがないならば、カンダルの子供たちの一人だ、それにあいつらの友達でもあるらしいしな。俺の家に来るといい。客人としてまぁまぁな暮らしは約束させてやる。少し物騒だけどいいところだ」




「……これって誘拐ですよね?」




私は少し失礼と自覚しながらも身構えてそう彼に問う。すると、彼はフンっと鼻で笑ってから、確かにそうかもな。と応える。




「なら、結構です。私には道場院という家があるので」




すると、彼は少し私を疑うように首を傾げる。




「別にいいが道場院はカナル運河の向こう側だぞ。それにここは魔物などもたくさん生息しているから、あのまま倒れていたら間違いなく食われていたぞ」




カナル運河とはグラン帝国を横断する巨大な川だ。そこを境に北部と南部と分けられる。道場院は北部に位置しているので、つまりここは南部ということだろうか。




「え?カナル運河の向こう側……なんで…もしも私があなたのお家に行かなかったらどうしますか?」




「どうするって言われても、そのままにしておくだけだぞ。だが、さっきも言ったがここは魔物たちがウヨウヨいる。あいつらの餌になって死ぬだけだな。あぁ言い忘れていた、俺の家はグラン帝国軍の傘下に属している。他の所よりも数段物騒だけどな」




物騒?どういうことか分からないが、グラン帝国の傘下に入っているのならば問題ないだろう。




「本当ですね?信じていいですか?」




「嘘は言っていないが、信じるかどうかは好きにしろ」




私は師範の幼馴染の彼を信じてともに暮らすことに決めた。今みんながどのような状況なのか、また、どうして私がここにいるのか、不思議なことはとても多く不安だらけだが今は彼を信じるしかないのだ。




「そういえば、あなたの家がグラン帝国軍の傘下ってどういうととなのですか?」




私が彼に聞くとめんどくさそうに溜息をついてからボソリと応えた。




「グラン帝国傭兵部隊、通称ハンター部隊」




「ハンター……?」




「それが俺たちの組織名だ」


45


***






───────空気が泣いている。




 俺はふとそう感じながら目を覚ました。辺りは馬車や兵士などがゾロゾロと蠢うごめいている。よく寝た気がするが、胸の中の悲しみは未だ拭えてはいない。


「いや、泣いているのは俺が……」


 枕の横に置いてあった俺が避難用に使ったバッグの中を見ると、一番上に一通の手紙がありをそれを取り出した。それはセアからの手紙。少しくたびれているが、奇跡的に千切れていたり濡れていたりはしていなかった。




「セア………」




俺はゆっくりとその手紙を開く。






『こんにちは、ヒロ。いつもお話ししているのに手紙を書くのは正直少し恥ずかしいものがありますね。




突然ですが、何故このような手紙を書いたかというと、本当はヒロにだけ向けて書こうと思っていたんです。でも、それだとみんなに怪しまれると思って結局全員分用意しちゃいました。笑っちゃいますよね。ヒロのためだけに送った手紙だから、みんなの物は全部ただ「リボンをありがとうございました」って書いて他に色々な感謝の気持ちを綴ったただけなんです。たぶんみんな読み終わっても首を傾げているかもしれません……だから、みんなの手紙を書き終わった今になって罪悪感をいっぱい感じちゃっています。




ちょっと話がずれてしまいましたね、ごめんなさい。今から書くことを読んだら、たぶんヒロは顔を真っ赤にしてしまうかもしれないません。でも、そう想像しているだけで、失礼ですがそんなヒロも愛おしく感じます。何を言いたいかというと、私はあなたのことが大好きです。本当に心の底から愛おしく思っています。出来ればヒロとお付き合いをして、一緒に色々なものを見て感じて一緒に老いていきたいです。そして一緒にヒロはおじいちゃんに、そして私はおばあちゃんになりたいって思います。意外と書いている私の方も恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまいました……これはラブレターです。だからみんなには絶対に言わないでくださいよ、私怒りますからね。




お返事待ってます。




セアより』




セアはこれをリボンをもらった日に書いたと言っている。だが、この時にはもう体中に毒が回っていたかもしれない。俺はそんなことを思いながら読み終えた。




「恥ずかしくなんてねぇーよ……俺も大好きだよ、セア」




俺は結局一度も彼女の前で「好き」と言うことが出来なかった。涙が零れ落ち手紙を滲ませる。


好きだ、大好きだ。何度だって言いたい。何度言っても言い足りない。でも、それを言う相手はもうこの世にはいない。

俺はテントの中で泣いた、多分テントの外にも聞こえるぐらい沢山泣いただろう。でも、今の俺にはそれをする以外に何も出来なかった。

そして改めて彼女が俺にとってどのような存在なのかを再確認した。まだ、セアを失ったショックは大きすぎて、きっと俺一人では支え切れないだろう。しかし、そう言う時こそ皆で助け合って色々な体験をしよう。そうして向こうで待っているセアにたくさんの土産話をするんだ。




友達に短編小説の方が向いていると言われました。そういうもん?

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