灯路。
こんにちはなるがうすです。遂にこの章が最終話を迎えます。ここまで読んでくださった皆様本当にありがとうございました。
先日、Twitterのダイレクトメッセージに、面白い!って言ってくれた方がいて本当に嬉しかったです。これからもそのような作品を書けるように頑張っていきます。それではどうぞ!
「グラナァァァ!!」
土砂降りの雨の中俺は木剣を抜き、狂者の羽衣を纏う。心にある怒りや憎しみを燃料に剣と体を緋色に燃やし、その全てを掻き集め剣に乗せる。
鼓膜に響く爆音。目に映る土煙。目障りな煙が晴れると、地面は焦げ、それを彩る深々な亀裂とメラメラと猛々しく燃える炎がそこにはあった。
「え?」
だがグラナの姿は無い。逃げたというよりも、奴という個体がパッとその場から消えた、という表現の方が正しいだろう。それはまるでアル兄のあの目と同じ能力。
『後ろだヒロ!』
体の中にいる属性獣が俺の頭に叫びかける。それを信じて俺は属性剣技で横に回るように振り、その勢いでバックステップを使い逃げる。
耳にはザッ!という音が届き、手には確かな手応えを感じる。剣先に目を向けるとグラナが使っていた槍が刃の付け根から断たれていた。ひらひらと刃先が燃えながら、俺と奴の間に落ちる。
「木剣なのによく斬れるな。クロガネスギ製か?」
俺はグラナの言葉には耳を貸さず、今にも怒りで狂気に落ちそうな自分を必死に抑えるので十分だった。しかし、本能が理性を蝕んでいく感覚がひしひしと体全体に伝わり、頭が沸騰しそうになる。
グラナはにやにやしながら断たれた槍を見て、緊張感の欠片も無い喋り方で話しかけてくる。
「ヒロ。お前は俺には勝てない。だから死ね。今この瞬間に死ぬのだというのなら、楽に殺してやる。そこの瓦礫で無様に下敷きになっている金髪の少女のようにな……」
――――金髪の少女……
数分まで一緒にいた少女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
オレガマモレナカッタショウジョノエガオ
――――セア……
彼女の最期の言葉が俺を本能の闇から救い上げようと手を伸ばしてくる。いつも俺たちの背中を信じて追いかけてくれて、時には俺たちに優しく支えてくれたその声。
―――――絶対に生き延びてくださいね。
そうだ、俺は何が何でも生き延びなければならない。彼女との約束を守るために。
怒りを鎮めようとするも、この気持ちの何から手を出せばよいのか全く分からない。ただ胸の奥をズキズキと針のような突起物で刺されている感覚が大きくなるだけだ。だが、その気持ちが治まるよりも先に悪魔が再び楽しそうにまた囁く。
「なぁ、彼女の最期はどんな気持ちだったんだろうな?嬉しかったかな?寂しかったかな?どぉーせ生きられないなら、今のうちに死んじゃえ。て思ったのかな?」
グラナは腹を抱えてゲラゲラ笑い、体をクネクネと曲げながら話す。挑発だと頭では分かっていても、本能から生まれる怒りと憎悪を制御できない。手がわなわなと震え、自我を保とうとしても体がを耳を貸してくれない。そして
俺はもう自分の体に制御が効かなくなっていた。
俺を馬鹿にするのはいい。彼女を救えなかったのは俺のあまりにも非力だったから、全部俺の責任だ。でも…彼女をもうここにはいない、セアを侮辱することだけは絶対に許さない。
脳がグツグツ沸騰されていく。その熱は奴への怒りと憎しみ。そして自分の未熟さ。これらを調味料にグチャグチャに混ぜ合わせ、俺の頭をさらに加熱さしていく。
「死ね、グラナァァァ!!!!!」
俺は足を踏み込み、奴との間合いを一瞬で詰める。1振りするごとに先ほど以上の爆風と亀裂が発生するが、奴はするりするりと俺の攻撃をかわしていきながら属性術の詠唱をする。
「リーヴ・ブレイド」
いやらしくにやける緑色の悪魔は右手に木のツルが10本ほど生まれる。それは束となり、やがて一振りの剣となる。
グラナはけだるそうに、俺は気合と根性を剣先に乗せ斬りかかる。木剣と木剣がぶつかり合い弾け合う。独特の音を奏でる斬り合いが火花を散らす。だが、グラナは再び姿を消し、そして四方八方から何人もの残像を作っているかのような攻撃を繰り出してくる。
一撃一撃は重く大岩を剣で叩いているかのように、肘に不愉快な痺れと体全体に募っていく忌々しい疲労感が俺から集中力を奪っていく。しかし、もう何連撃目かもわからない攻撃を弾いた時、ガシッ!という鈍い音と共に木剣の破片が飛び散る。
その勢いは止まらず俺の皮膚と肉、そして骨までもが粉砕される。右肩には焼けるような激痛が身体中を駆け巡る。無様に這いつくばっている俺を見ながら、グラナはククッと喉の奥を巻くように笑う。
「ほら、さっさと死ねよ!」
グラナが俺の腹を蹴る。何発も何発も俺は口から血を吐き、また、嘔吐しそれでも蹴りは続く。俺はどうにか逃げようとするが、その都度捕まりゲラゲラ笑いながら再び蹴りが始まる。
数分にも及ぶ地獄の後悪魔はつまらなそうに言葉を吐き捨てる。
「そろそろ飽きたなこれ。別に生きていても利用価値ないしここで殺すか」
グラナはそう言うと俺の目の前に剣を地面に突き刺す。
「なぁ、ヒロ。これな、今からこの剣でお前を殺してやるからな。まぁ、やっぱり初めは右腕がいいよなぁ?さっき斬られてずーっと痛がってたもんなぁ!」
さらにもう1度腹部を蹴られる。俺はどうにかして逃げようとするが、グラナはそれを見て再びゲラゲラ笑いながら捕まえる。
「なんだよ。まだ、死ぬのは怖いってか?いいぜ、もっと抵抗しろよ。火事場の馬鹿力ってもんを見せてくれよ!」
「や、約束した…んだ……セアと……ぜ、絶対に、生き延…びるって……だから俺はまだ、死ぬわけにはいかねぇーんだよ!!」
俺は手に持っていた刃折れの剣をグラナの足に突き刺す。
「お前……!」
「うぉぉ!」
不意打ちと突然の激痛に身を屈めているグラナに対して、俺は地面に落ちていた石を掴み顔面にぶつける。
「俺だって……必死に生きてるんだ。例えお前が簡単に人間を殺せるんだとしても、俺は、俺だけはお前には負けない!どんな状況であろうと、お前みたいな奴だけには!」
その石を両手で掴み、グラナの後頭部に叩きつける。
「坊主ー!!!!!」
降りしきる雨の中老騎士が面相を変えて駆けてくる。彼の後にも生き残っていたらしい、20人ほどの兵士が武器を片手にこちらへ来る。俺もフラフラする体に喝を入れ、虎の目つきで睨みつける。
「グラナ。お前の負けだ。流石にブロムさんとこの数の兵士には勝てないだろう?さっさと降伏するんだ。さぁ!」
またしても、喉の奥を巻くような笑い声が響く。
「ククッ仕方ない。今回は逃げるとしよう……でも次会うときは必ずお前とお前の国は俺のものにしてやる!」
そう叫びながらグラナは剣を地面に突き刺すと、その刃先は地面に溶けるように消えていき、次の瞬間、奴を中心に地面が崩れる。「え?」と言うのも束の間に俺は奈落の底へ落ちていった。
目が覚めると辺りな真っ暗になっている。どうやら出来た穴はそこまで深くなかったらしい。しかし、もう俺の胸から右肩にかけて感覚がもうほとんど麻痺している。
「フェニクス今出れるか?」
ボッと右肩から音がなり炎の鳥が現れる。内心ランタンにいいかもなと思ったが、胸に留めておく。
「どうしたヒロ?」
「ちょっと心配なんだけど、どうにかして俺の右肩って治そう?」
フェニクスは俺の右肩に近づき、食い入るように見ると満足そうに頷く。
「あぁ。傷痕は残ると思うけど治るだろう。どこかにエレクロックとかあるといいんだけど」
緋色の鳥がキョロキョロしていると目の前には見覚えのある馬車が1両ぐしゃぐしゃになりながら佇んでいた。そこにはグラン軍兵の死体などが転がっていたが、その他に黄色いエレクロックも転がっていた。だが、俺はそれよりもその馬車に目を奪われた。
「これって俺たちが乗ってきた馬車……無事だったんだ……」
――――私はあなたのことが大好きです
彼女が残してくれた最期の言葉。俺は生きているはずの無い少女を探して、ほとんど原型の無い馬車へ乗り込む。
だが俺はすぐにそれを見つけることが出来た。
「────ッ!」
金髪の少女に緑色のリボンを頭に巻いた幼げな少女が仰向けに倒れている。地面は彼女の下だけ赤黒くなっている。ただでさえ白い肌なのに、顔に血の気はなくまるで大理石のように白いその肌がピクリと動く。
「……ヒ…ロ………?」
ガラス細工のような今にも壊れてしまいそうな声が耳に届く。
「セア!生きてる、生きてる!」
彼女はあの地獄を生き延びたのだ。俺は震える膝に鞭打って、彼女のもとへ駆け寄る。何度も躓きそうになりながら、1歩ずつ、1歩ずつ俺は彼女を救おうと手を差し伸べて驚愕した。
────下半身が瓦礫に埋もれ、そして潰れていた。
「良かった…ヒロは無事だった…のですね……」
「あぁ。俺は無事だった。お前のおかげだセア。」
セアは優しく微笑むと苦しそうに小さく溜息を吐く。
「あぁ…ヒロだけでも、救えて…本当に……良かった………これで……私は思い残すことはもう……」
「何言ってるんだ!今俺が救ってやる!!大丈夫すぐ助かる!!」
そうだ、俺は彼女に救われた。なのに俺はこのまま彼女を見殺しにすることなんて出来ない。それに俺には彼女を救えるという根拠があった。先ほど地面に落ちていたエレクロックだ。あれで彼女の傷を塞げば……
「ヒロ諦めろその傷は塞がらない。たとえエレクロックを使ってでもな。それにまずこの瓦礫をどかさないと」
フェニクスが野次を飛ばしてくる。彼の『諦める』という言葉が俺の胸に深く突き刺さる。だが、心の中でも、大丈夫、助かる。と祈っている自分が震えている。
「分かってる!大丈夫、このぐらいの瓦礫全部どかしてみせる」
俺は狂者の羽衣を纏い片手で瓦礫を掴み、持ち上げようとしたその時、狂者の羽衣が緋色の吹雪となって体から離れていく。
「ち、力が入らない……なんで……」
「無理だ。狂者の羽衣は元々体の上限をあえて極限を至らせる禁忌の羽衣だ。遥か昔自らの力のみを追い求めた悪魔が作った羽衣。しかし、それはその所有者の体力が一定以上で無ければ使用することは出来ないんだ。じゃないと、自らその身を滅ぼすことになるからな。お前の体はもうボロボロだ、それ以上力を使うと死ぬぞお前。だったらここで生き延びて彼女の分まで生きればいいじゃないか。それにお前の起源では」
「で、でも、俺は、ここで俺だけ生き延びて彼女を見殺しにすることなんて絶対に出来ない!それなら俺もいっそここで死んでやる!」
何も出来ない自分の無力さが言葉となってフェニクスの言葉を遮る。何度も何度も俺は狂者の羽衣を羽織っては消滅し、その代償に自分への劣等感と疲労感が募ってくる。奥歯を強く噛み、拳を握りしめる。頬に涙がスーッと流れる。
「泣かない、で……」
セアが少し苦しそうに微笑み優しく俺の手をギュッと握る。しかし、その手は恐怖と戦うように微かに震えている。
「セア……大丈夫!絶対に救ってやるからな……!」
俺はニッと笑い彼女を励まそうとする。だがセアはその表情を変えずに首を横に振る。雨音が頭の中から削除され、彼女の声だけが耳に入ってくる。
「大丈夫ですよ………だから、ヒロは…もう私が、見ることの、出来ない未来を……たくさん、たくさん……見てきて、くださいね…向こうで……のんびり、待って、いますからね……」
「何言ってるんだよ!大丈夫だって!」
それでも彼女は俺の言葉を無視して話し続ける。
「そこで、たくさんの…自慢話や、面白いお話を……聞かせてください。だから、なるべく……ゆっくり来て…くださいね。すぐに来たり……お話が短かったら、怒りますからね………」
「セア……」
でも、とセアが泣きながら再び口を動かす。
「出来れば………出来れば…これからも、同じ未来を、見たい……ヒロと一緒に老いていっておばあちゃんになりたい。まだ、やり残したことが、いっぱいあるんです。もっともっと生きたい………なにより、私……死ぬのが、怖い……あれ?……ヒロどこですか?隠れないで……」
俺は奥歯をグッと噛み締める。頬に流れる涙が落ちていき、彼女のおでこで小さくはじける。
「大丈夫。ここにいるぞ。何も怖がることはないからな」
「あぁ。見えないけど……分かります………。あなたは……いつも私の灯、と、なって……怖くないように、照らし、私が…何かに、迷ったとき、正しい方向へ導いてくれる……路でした。」
セアは俺の頬を触り、ゆっくり撫でる。俺はその体をギュッと抱きしめ、心の底から願った。死んでほしくない、と。でも、彼女が13の階段の終盤を歩き始めているのは明らかだ。
「昔……告白は、返事が無いと……成立しない……と聞きました………ま、まぁ……私がほっぺに……キ、キスまでしたのです……から……でも……返事は向こうで待ってますね」
答えなんて昔から決まっている。彼女の声が徐々に弱弱しく、そして空気のように透き通っていく。
「ヒロ………この、悲しい世界を………優しく……灯して…………」
彼女の手が音を立てずに地面に落ちる。
「セア?」
――――彼女はいつものように優しく微笑みながら息を引き取った。
その後俺はフェニクスの薦めてくるエレクロックを断固として断った。彼女の冷たい骸を抱きながら意識を失った。
***
右腕は折られ動かなくなりながら、自分の旦那を探す魔女が一人いた。名はマリー・ミゼル。ゼティ―村の山奥にあるドロス道場院の師範カンダルの妻で今回の事件の首謀者だ。
彼女はセアの起こした爆風により吹き飛ばされ奇跡的に生き延びたのだ。
「ブロムさんは約束してくれたわ。全て話したらあなたともう一度会えると……」
もう彼女の眼は人の物とは決して言えるものではなく、言うなれば痩せこけた肉食獣のようだ。しかし、彼女の場所から何キロも離れている。会うことなど茶柱を立たせるよりも何倍も確率が低い。だが、神のいたずらか数日後、彼女はテントを建て休憩しているカンダル達を見つけた。
「あなた……」
彼女は彼が一人になるのを待った。たまに、鬱陶しいアルスロットやソラと話したりしているが、やがてその時は来た。彼を見つけてから3日目の深夜、トイレをするために一人外へ出た彼を追いかける。
「俺のことずっと、つけている奴誰だ?」
――――あぁ。やっと。私だけを見てくれた……
「私よあなた………ずっとずっと会いたかったの……やっと、二人っきりになれた」
「マリー……」
何故かすごく険しい表情をしているが、そんなこと気にしない。私はあなたが欲しい。私だけの濃縮された愛をもらうためだったら何人だって殺してみせる。
茂みの中からザッという音が鳴り何者かが現れ、私と彼の邪魔をする。
「コムン・リター……?」
髑髏仮面の騎士が私を拘束し、いつでも殺せると言わんばかりに、剣を私の首筋にゆっくり滑らせる。だがその姿を見て私は驚愕した。若すぎるのだ。まだ12歳ぐらいだろうか。しかもあの部隊は入隊するとその人物の戸籍など全てが消えるはず……まさか道場院の本当の狙いはコムン・リターの作成のために作られた国営の工場?しかし、私の理解が追い付くよりも先に仮面の少年はカンダルの指示で闇に消える。
「マリー。俺はな、お前の夫の前にグラン帝国の兵士なんだよ。俺は今でもお前のことを愛おしく思っている。だがな、俺は国を攻撃した奴を許すことは絶対にできない。俺たちの人生を救ってくれたこの国を貶めようとするお前を」
カンダルが腰から細身の片手剣を抜刀する。あれは、グランは帝国軍任命式に授けられる軍剣。
「帝国軍の兵士として許すことは絶対できない!」
私は彼が何を言っているのか分からず、首をかしげる。だが、彼の頬には一筋の涙がこぼれ、それを私への愛情と認識した。
「さらばだ。マリー・ミゼル。リオアナの元へ帰るがいい」
リオアナの元へ帰るがいい。これは人に死を告げるときによく使うセリフだ。全ての神々の母リオアナ、そこへ行き再び新たな生命となり生まれ変われと言う意味だ。
「ならばあなたも一緒に行きましょう?」
慈愛に満ちた笑みと共に、マリー・ミゼルの首は空を切り地面に落ちた。
これで、ゼティ―村襲撃事件の首謀者は殺された。しかし、グラン帝国の新聞にはその名前も、殺した人物の名前も明らかにはならなかった。
***
目を覚ますと純白の世界に一人私は立っていた。
「ここが死後の世界……?
私は死後の世界はもっと人がぎゅうぎゅうに集まっていると思っていた。だって、今まで亡くなってきた人たちは数えられないほどいるはず。もしも、全ての亡くなった生命がここに集まるのだとしたらもっと人がいないとおかしいのだ。
私が一人で悩んでいると、目の前に黄金色の粒子が集まり、やがて一人の金髪の美しい人魚のような、しかし天使の翼を生やした女性が現れる。
それは昔よく彼が読ませてくれた本。『グラン帝国創世記』に出てくる全ての神々の母。女神リオアナによく似ていた。
彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、私に手の伸ばしてくる。疑いもせずその手を両手でギュッと握ると彼女は再び黄金色の粒子となり四散する。そして彼女が私の体の周りを舞いながら心に話しかけてくる。
『あなたはまだ死ぬべきではありません。それにまだ死にたくないのでしょう、見たいものが沢山あるのでしょう、ならばまだ死ぬべきではない………』
そう言うと、その粒子たちが私の体に浸透してくる。
「あなたは誰?」
私は底なしの包容力のある息吹を体全体に感じながら問いかける。
「ふふ。そんな本当は分かっているはずですよ……?私はあなたの起源、女神リオアナ」
――――あなたを護るもの………
目を覚ますと私は森の中にいた。致命傷だった傷も傷跡一つ残らずに治っていた。しかし、どうも体がいうことを聞いてくれずに、金縛りのようになっている。
そこへゴソゴソと音が鳴り、何かが森をの茂みを抜けてくる。私は目だけ動かし音の方向を見ると、そこには見覚えのある白髪で骨太の男性が立っていた。
「お前は確かカンダルの所の……」
訝しそうに私を眺める彼を見ながら、何か言わなくちゃ!とその一心で全部の力を唇に集めるが、逆に力んでしまい言葉が出てこない。
「――――です!ダオスさん!」
私は何とか言葉を出すとそれと共に金縛りからもほどける。すると、彼はこちらに歩み寄り、私の前で座った。
「行く当てはあるか?もしもお前に行く当てがないならば、カンダルの子供たちの一人だ、それにあいつらの友達でもあるらしいしな。俺の家に来るといい。客人としてまぁまぁな暮らしは約束させてやる。少し物騒だけどいいところだ」
「……これって誘拐ですよね?」
私は少し失礼と自覚しながらも身構えてそう彼に問う。すると、彼はフンっと鼻で笑ってから、確かにそうかもな。と応える。
「なら、結構です。私には道場院という家があるので」
すると、彼は少し私を疑うように首を傾げる。
「別にいいが道場院はカナル運河の向こう側だぞ。それにここは魔物などもたくさん生息しているから、あのまま倒れていたら間違いなく食われていたぞ」
カナル運河とはグラン帝国を横断する巨大な川だ。そこを境に北部と南部と分けられる。道場院は北部に位置しているので、つまりここは南部ということだろうか。
「え?カナル運河の向こう側……なんで…もしも私があなたのお家に行かなかったらどうしますか?」
「どうするって言われても、そのままにしておくだけだぞ。だが、さっきも言ったがここは魔物たちがウヨウヨいる。あいつらの餌になって死ぬだけだな。あぁ言い忘れていた、俺の家はグラン帝国軍の傘下に属している。他の所よりも数段物騒だけどな」
物騒?どういうことか分からないが、グラン帝国の傘下に入っているのならば問題ないだろう。
「本当ですね?信じていいですか?」
「嘘は言っていないが、信じるかどうかは好きにしろ」
私は師範の幼馴染の彼を信じてともに暮らすことに決めた。今みんながどのような状況なのか、また、どうして私がここにいるのか、不思議なことはとても多く不安だらけだが今は彼を信じるしかないのだ。
「そういえば、あなたの家がグラン帝国軍の傘下ってどういうととなのですか?」
私が彼に聞くとめんどくさそうに溜息をついてからボソリと応えた。
「グラン帝国傭兵部隊、通称ハンター部隊」
「ハンター……?」
「それが俺たちの組織名だ」
***
――――空気が泣いている。
俺はふとそう感じながら目を覚ました。辺りは馬車や兵士などがゾロゾロと蠢いている。よく寝た気がするが、胸の中の悲しみは未だ拭えてはいない。
枕の横に置いてあった俺が避難用に使ったバッグの中を見ると、一番上に一通の手紙がありをそれを取り出した。それはセアからの手紙。少しくたびれているが、奇跡的に千切れていたり濡れていたりはしていなかった。
「セア………」
俺はゆっくりとその手紙を開く。
『こんにちは、ヒロ。いつもお話ししているのに手紙を書くのは正直少し恥ずかしいものがありますね。
突然ですが、何故このような手紙を書いたかというと、本当はヒロにだけ向けて書こうと思っていたんです。でも、それだとみんなに怪しまれると思って結局全員分用意しちゃいました。笑っちゃいますよね。ヒロのためだけに送った手紙だから、みんなの物は全部ただ「リボンをありがとうございました」って書いて他に色々な感謝の気持ちを綴ったただけなんです。たぶんみんな読み終わっても首を傾げているかもしれません……だから、みんなの手紙を書き終わった今になって罪悪感をいっぱい感じちゃっています。
ちょっと話がずれてしまいましたね、ごめんなさい。今から書くことを読んだら、たぶんヒロは顔を真っ赤にしてしまうかもしれないません。でも、そう想像しているだけで、失礼ですがそんなヒロも愛おしく感じます。何を言いたいかというと、私はあなたのことが大好きです。本当に心の底から愛おしく思っています。出来ればヒロとお付き合いをして、一緒に色々なものを見て感じて一緒に老いていきたいです。そして一緒にヒロはおじいちゃんに、そして私はおばあちゃんになりたいって思います。意外と書いている私の方も恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまいました……これはラブレターです。だからみんなには絶対に言わないでくださいよ、私怒りますからね。
お返事待ってます。
セアより』
セアはこれをリボンをもらった日に書いたと言っている。だが、この時にはもう体中に毒が回っていたかもしれない。俺はそんなことを思いながら読み終えた。
「恥ずかしくなんてねぇーよ……俺も大好きだよ、セア」
俺は結局一度も彼女の前で「好き」と言うことが出来なかった。涙が零れ落ち手紙を滲ませる。
好きだ、大好きだ。何度だって言いたい。何度言っても言い足りない。でも、それを言う相手はもうこの世にはいない。
「坊主……目を覚ましたか……」
テントの外から誰かが俺の名前を呼ぶ。
「ブロムさん」
いつもは凛々しい姿が今は少し悲しそうに見える。
「嬢ちゃんのこと本当にすまなかった……俺の力不足だった……」
ブロムさんは頭を下げ、上げようとしない。俺は自分への無力さや劣等感も全て彼のせいにして拳を握る。だが、本当は分かっているんだ、彼のせいでは無く俺のただの力不足だったという事に、それを認められない子供の俺は彼のせいにしようとする。だが、それは絶対にやってはいけない事だ。俺はゆっくりと拳を広げる。
「ブロムさん。お願いがあります。俺に、いや僕に剣の使い方を教えてください。もっと強くなりたい!もう、こんな惨めな、悔しい思いは絶対に嫌だ。せめて、大切な人だけでもいい。せめてそれだけでも必ず救いたい。もう絶対に大切な人は失いたくない!」
俺は彼にすがるようにお願いした。頭を上げたブロムさんは弱ったなぁーと言って頭をボリボリ掻きながらいつもより声のトーンを下げて話しかけてくる。
「そうか……だがな。それを決めるのは俺じゃない。来年の3月に軍士採用試験がある。それに合格して1年間みっちり剣と勉強を学べ。そしてそれを乗り越えて、初めて軍兵つまりグラン軍の一員となれる。そうなることが出来てもなお、それを言う勇気があれば、俺がお前に剣を教えてやる」
俺は腹にグッと力を入れて頷く。まだ、セアを失ったショックは大きすぎる。きっと俺一人では支え切れないだろう。しかし、そう言う時こそ皆で助け合って色々な体験をしよう。そうして向こうで待っているセアにたくさんの土産話をするんだ。
実はここまでが本当のプロローグなんです。これから色々な人達とヒロは出会い、経験をします。それは、再びセアと会った時に沢山のお土産話をするために……
これからも彼らと一緒に冒険してくれると嬉しいです。




