記憶の封印
ここ数日間のわたしは、何かおかしい。
というのも、
昨日の続きを今日もやっているつもりなのに、
あの女が定食屋に現れてから
何かが 自分の中で変わり始めた気がする。
あの女、たしか・・・長谷川里香って名乗っていたよな・・・。
はせがわ・・・・。
羽瀬川・・・・。 まさか・・・・・。
いや、顔が全然似ていないし・・・
わたしの友人だった【 羽瀬川さん 】とは
縁もゆかりも、まったく無いように見える。
しかし、
あの女の首のあざ。
あれは、なんなんだ?
あの首のあざは、まぎれもなく 祐未子ちゃんを思い起こさせる。
わたしと出会ってから出来た、忘れもしない傷跡。
まったく・・・、わたしは なんて非情な男なのだろう。
彼女には申し訳ないが、あの女に出会うまで
まるで魔法にでも掛けられていたかのように すっかり忘れていた。
彼女の存在、
彼女の 傷、
その傷を付けてしまうことになる、あの【事件】のことも
彼女が現れるまで まるで記憶から抜け落ちていたようだった。
なんでだろう。
昨夜は 彼女の夢をみていたような感覚があり、
わたしは 休日の朝だというのに 落ち着かず
彼女のことを考えている。
いや、彼女たちのことか・・・。
あの女・・・。
あの女の存在が、二人の中学時代の同級生を思い出させる。
これは、偶然なのか?
なにか、関係があるようにも みえる。
しかし、結果は・・・
ただの郷愁、時間つぶしの材料になるだけだろう。
わたしは、気分転換にCDでも聴こうと
ここ10年は聴いていなかったCDを引っ張り出し・・・
久しぶりに ジーン・ケリーの作品のサントラを聴いている。
コーヒーを飲みながら聴く音楽は、格別な感じがする。
それが、古いクラシックムービー とりわけ
ミュージカル映画のサウンドトラックだと、
非現実的な感覚に わたしをいざなっていく。
ダイナミックなブラスサウンドに、甘いラブソング、
そして 程よいノイズが
どこか心地よく・・・目を閉じると、
別次元の扉を開いているような感覚におちいる。
いつも上天気。
あぁ・・・。
これは、魂が望んでいる。
わたしの魂が望んでいる行為なんだ・・・・。
こうしていると、
昨日のことのように、思い出す
あの日の出来事を・・・・
あの友人を失った日のことを 思い出さず、
わたしは 涙を流すこともないだろう。
高尚な儀式でもないが、
わたしが避けていた過去を顧みる行為。
いままで自分が傷つかないように 蓋をしてのだろう。
いま、
目を閉じていても、涙が流れてくる。
一度気づいてしまうと・・・ もう、止められない。
わたしはCDを止め、涙を手で拭った。
そして ケータイ電話を手に取り、
わたしは わたしの恋人である 樋田なつみに電話を掛けた。
しかし、
相手は電話に出ることなく、
留守電メッセージに切り替わってしまった。
彼女はまだ怒っているのだろうか・・・。
こうやって、
わたしは また一つ後悔を増やしていくのだろうか・・・。
わたしは、飲みかけのコーヒーを流しに捨て、
代わりに冷蔵庫からビールを一つ取り出した。
アルコールで何かが解決したことなど
今まで一つもなかったが、
飲まずにはいられないほど、わたしは憔悴し始めていた。
~つづく