長谷川里香
元気そうな若い女性店員に
奥の座席へ案内をされながら、
わたしは 少し心が穏やかでは無かった。
取り乱しはしなかったが、
わたしの後に続く不思議な物乞い女の、
痣のように残っている首の傷痕が大いに気になったからだ。
( あれは・・・・・。 )
無理をすれば4人ほどが入れそうな個室に通され、
わたしは奥へと詰めるように 自身の場所を確保する。
『 ここからだと、オーダーが取りにくいので
大きな声で ご注文をどうぞ!! 』
『 は、はい。 』
『 取りあえず、お飲み物は? 』
『 ビールと・・・あと、おでんをお任せで2人前、お願いします。 』
『 了解です。 ごゆっくりどうぞ!! 』
( あ、ビールって言っちゃった・・・まぁ、いいか。 )
元気に姿を消していく店員と入れ替わるように
言葉なくわたしの正面に鎮座する物乞い女を、
わたしは疑念と少し困った顔を向け、興味の無いふりをしてみせた。
『 あのぉ、本当に御馳走してくれるの? 』
『 いいよ。 なんかよくわかんないけど・・・後が怖そうだしさ。 』
『 へへへ。 』
『 言っておくけど、今回だけ・・・その、特別ですからね!
あと、よく知らないヤツとは、会話を弾ませる自信は無い。
だから・・・、食べたら、もう付きまとわないでくれないか? 』
『 心配しないでいいよ。 』
『 まったく・・・なんで、こうなったんだか・・。 』
『 優しくしてくれて、ありがとう。 』
『 ・・・・・。 』
『 わたしは、長谷川。 長い谷を流れる川と書いて、長谷川。
長谷川里香って、言います。 』
彼女は、そう自己紹介すると ニッと笑って見せた。
その愛らしい薄汚れた笑顔は、
わたしにとって御世辞にも可愛いとは感じられず、
もちろん 「 長谷川里香 」 という名にも、
何一つ聞き覚えもなく、全くの初対面であった。
いや、待てよ・・・。
【 はせがわ・・・・って。 】
『 お待たせしました!!
こちら、ビールとおでんを お任せで2人前。
グラスは1つで良かったですか? 』
『 あ、2つ・・・。 いや、1つでいい。 』
『 わかりました。 』
『 あと、オレンジジュースを1つ。 』
『 追加のオレンジジュースが お1つ。 了解しました!! 』
元気よく料理を並べ、
元気よく追加注文を受け 去って行く店員を見送りながら、
わたしは 自身の御人好しな性格に改めて辟易した。
( 仕事じゃないんだし、気を使うこともないのに・・・まったく )
『 優しいんだね。 』
『 そうじゃない。 』
『 優しいよ。 わたし、優しい人 好きだよ。 』
『 ・・・っ。 違うよ、何となく・・憐れみに近いんじゃないか? 』
『 憐れみ。 』
『 オレは、良いヤツなんかじゃないし・・・さぁ、食えよ。 』
彼女は 少し不思議そうな顔つきをしていたが
ほどなく素早く手を合わせ、
『 いただきます! 』
と、美味しそうにおでんに食らいついた。
( ゆっくり、冷酒を片手に、おでん。 )
ハードワーク後の少し贅沢なひと時。
わたしは それを邪魔されてしまった。
水を差したのは、目の前にいる見知らぬ物乞い女。
( こんな風に関わってくるヤツって、本当にいるんだな。 )
わたしは
彼女の一心におでんを頬張る その姿をみて、
ほんの少し口元を緩ませた。
~つづく~