未来は僕等の手の中 1988
あの頃は、
他人から どう思われようが
ただ・・・
わたしは 彼女と一緒に居たかった。
わたしは 彼女の笑顔が見たかった。
わたしは 彼女を独占したかった。
とにかく、
恋人である 【 羽瀬川かりん 】 と、
楽しい中学生活を送りたかった・・・
ただ、それだけしか考えていなかった。
今考えても
本当に 考え方が幼稚だったと思う。
それは
今後のことや未来のことを考える余裕がなかった、
と 言い換えることができるかもしれない。
最初のころは 不思議なほど平穏だった。
昨日のことなど まるで無かったかと錯覚するほど
普通の一日が過ぎていった。
しかし、
わたしたちは、気を許さず
稚拙ながらも ある約束事を実行していった。
それは
親や先生、または密告者が生徒だった場合を考えて
相手を欺くことだった。
わたしたちは、
学校では接触を持たず、目も合わさず、もちろん 会話もない
まるで赤の他人のように 学校生活を過ごした。
そして、
お互いに部活に属さず帰宅部だった 放課後の一瞬を突いて
わたしたちは コソコソと遠方へと自転車を走らせ、
夕暮れの赤色、または薄闇に紛れ、
人には言えないような逢瀬を重ねていった。
しかし、
そんなことが 都合よく続くわけもなく
わたしたちの初恋は 突然終了した。
5ヶ月後の
ある日の 休み時間の時に、
突然発せられたクラスメイトの一言。
『 羽瀬川のヤツ、転校するらしいぜ。 』
羽瀬川の姓は、この学校に一人だけ・・・
間違うはずもない。
わたしは驚き、閉口してしまったが
なんとなく・・・そんな気がしていた。
というのも、
彼女は、学校での約束事を破りだしていたからだ。
目は合わせてくる。 会話に加わる。
一緒に歩こうと歩幅を合わせてくる。
( どうしてだ!? )
( なんで、こうなる? )
いや、最初から そういう運命だったのではないか?
今だと、そう思える。
最初から決まっていた。
手の上で踊らされていただけ。
交換日記も放課後デートも
すべて 思い出作りの一環だったのではないか?
そう思えてならなかった。
その日の放課後。
わたしは、いつもの密会デートに出向かず
机に突っ伏して、ただ時間をやり過ごしていた。
考えることが多すぎて、
放課後になっても ちゃんと動けず
クラスから出ることができなかった。
もし、彼女に会ってしまったら何を話せばいいのか?
そんなことを考え、気づくと 引き篭もりのように
教室から出られなくなっていた。
『 なんか元気ないね? 』
『 ? (誰だろう) 』
『 なんかあった? 』
『 あっ! 』
わたしは、斜め隣に立ち様子を窺うように
首を傾けている祐未子ちゃんと目が合い
意外な訪問者に 声をあげてしまった。
『 ごめんね。 なんか、驚かせて・・・。 』
『 ぃ、いや・・・。 』
『 ねぇ。 』
『 ん? 』
『 なんか、羽瀬川さんとあったの? 』
『 どうして? どうして、そう思うの? 』
そう、わたしが訊ねると
彼女は少し顔を曇らせて わたしから目をそらした。
わたしは、また 顔を机に伏せ
考えることが一つ増えてしまったことに
少し辟易して、小さな吐息を漏らした。
すると、彼女は
わたしから駆け足で一旦離れ
また駆け足で戻ってきた。
( ん? 何をしているんだ? )
『 ねぇ。 』
『 なに? 』
『 これ、あげる。 』
突っ伏しているわたしに
彼女が差し出したのは 未開封の1枚のCDだった。
『 なにこれ? 』
『 ザ・ブルーハーツ。 』
『 知ってるよ、名前だけは・・・。 』
『 聴いてみて。 』
『 聴かないよ。 それに、それ・・・未開封じゃん。 』
『 なんで? CDプレイヤー無いの? 』
『 ありがたいんだけど・・・今、そんな気分じゃないんだ。 』
『 そんな気分だから、聴いてほしいな。 』
『 何なの? いらないよ。 』
彼女は そのとき、どういう気持ちだったのだろう?
でも、その時のわたしは
考えることが溢れ出していて
これ以上の情報は いらなかった。
こころに余裕のない人は
人にやさしく されても気づかず
負の感情が渦巻き、なかなか抜け出せなくなる。
いま、
目の前にいる人が 【 羽瀬川かりん 】 ではなく
祐未子ちゃんで良かった。
もし、仮に
わたしの恋人が目の前に立っていたら
わたしは
怒鳴り散らしていたかもしれなかった。
だって、
その日は・・・ わたしの誕生日だったから。
わたしは 泣いた目をしていたのかもしれない。
それから 彼女は、それ以上
わたしに 話しかけてくることはなかった。
でも、わたしから離れず
その場に立ち尽くしていた。
この、どうしようもない感情が
少しでも収まってくれるのを
一緒に待ってくれている。
そんなやさしさだったのかも、しれない。
手渡されたCDは、いまだ未開封のままだ。
未来は僕等の手の中。
もし、あの時
手渡された ブルーハーツを聴いていたら
もし 彼らの歌う歌詞に共鳴していたら、
わたしは、その後
いくらかマシな人生を送ることができたような気が
してならない。
~つづく