バレンタインの夜に
その日の仕事も、きつかった。
午後7時の終業予定が、ちょっとしたトラブルに見舞われ
帰るのが2時間遅れになってしまった。
そのあと、ケータイに一本の電話が・・・。
何やら込み入った話のようで、取引先の専務からの長電話。
新しい課題の保留と引き換えに、やっとの思いで電話を切る。
時計を見ると、夜10時前。
( はぁーーーーっ。 )
大きく息を一つ吐き、
会社近くのコンビニ横で温かい缶珈琲をグイッと一口飲む。
わたしは一緒に買ったカップ麺と稲荷寿司の入った袋を地面に置き、
ジャケットの右ポケットから煙草とライターを取り出し、火をつける。
ゆっくりと白い息と煙を吐き出しながら、コンビニの壁に軽く凭れ掛かり、
疲れを紛らわすように辺りを軽く見渡してみる。
数組の恋人たちが わたしの前を楽しげに通り過ぎてゆく。
( 今日は、バレンタインデーだよな。
なつみは・・・まだ、怒っているかなぁ。 )
トゥトゥトゥ・・・。
『 はい、もしもし・・・。 あ、御世話になっており・・・
いえいえ とんでもございません・・。 』
束の間の休憩を遮る着信音。
わたしの一日は まだ終わりそうもない。
( ・・・、あれ? えっ!? なつみ? )
わたしの目の前を、私の恋人である 「 樋田なつみ 」 が通り過ぎてゆく。
タクシーの後部座席に乗車し 少し項垂れている彼女の横顔が・・・・見えた、
気がした。
でも・・・
そ、そんなわけがないか・・・。
薄暗かったし・・・。 確証はないし、人違いか・・・?
それに、わたしたちは遠距離恋愛なのだ。
北海道にいる彼女と、わたしのいる ここ東京とは
飛行機でこそ2時間も掛からないが・・・
金額的にも早々軽々と行き来できるはずもない。
でも・・・確かに・・・。
わたしは消えぬ疑念を抱きつつも、電話の応対に集中を再開させ
程なく通話を終了させた。
( やはり、見間違えかな・・・でも、電話して確かめた方がいいのか・・・? )
『 ねぇ、おじさん。 』
『 ん? ( わたしのことか? ) 』
わたしは声のする右隣りを見てみると、そこには
髪も服も汚い年齢不詳の女性が膝を抱え座り込み、わたしの方を見つめていた。
( 何だコイツ・・・。 )
『 ねぇ、おじさん。 そのカップ麺。 わたしに一つ恵んでくんない? 』
( はぁ!? な、なんなんだ!! )
地面に置いたカップ麺と稲荷寿司の入ったコンビニ袋を指さしながら
にっこりと笑顔を わたしに向けていた。
( ぅ、え~~~。 なんか、恐ろしいヤツだなぁ。 )
わたしは 奇異なモノを見るような目で その女性を凝視した。
薄汚れた帽子に薄汚れたジャンパー、色の濃いロングスカート。
全体的に汚らしい感じを纏っていた。
( 浮浪者? ホームレス? でも、なんとなく声が若い・・・家出、少女か? )
『 お礼のチョコはあげられないけどさ、少しくらいのお触りならいいよ。 』
笑顔を崩さず、その女はそう付け加えた。
~つづく~