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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
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鬼々怪々(3)

 虫取り屋が倒れた。

 ほんの一瞬だけ油断をしていたところを、背後から鬼に襲われたのだ。


「オマエハ、オレトイッショニ、コイ」

 一本角の鬼は、憤怒の表情で理沙(りさ)にこう言った。

 虫取り屋の倒れた街路に、血の海が広がっていく。

 理沙は、どうすることも出来ずに、震えていた。「逃げる」という事さえ出来ずに、言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。

 時間はもう九時を過ぎていた。もう少し人通りがあってもおかしくない時間だったが、路地には全く人気が無かった。


「ククク。コノアタリニハ、ヒトバライノジュヲ、ハッテオイタ。ダレモ、タスケニハ、コヌゾ」


 鬼は、顔を歪めると、嘲るようにそう言った。

 こんな怪物に連れて行かれたら、何をさせられるか分からない。無理矢理にでも、理沙の能力を覚醒させられるだろう。

 彼女は、超次元演算知性体『アカシア』へアクセスすることが出来る端末(ターミナル)なのだから。


 鬼の手が少女の肩に触れようとした時、不意に後ろから声がした。

「おい、大事な一張羅なのに、どうしてくれるんだ」

 抑揚のない呟くようなか細い声は、虫取り屋のものだった。

「ナニ! ドウシタ。ナニガ、オコッタンダ」

 鬼が驚いて後ろを振り向く。


──何もない通りが見えるだけだ


 人影どころか、さっき倒したばかりの虫取り屋の死体さえ見当たらない。地面を濡らしたはずの、大量の血すら消滅していた。

 鬼は、もう一度理沙の方を向いた。


──居ない


 鬼はキョロキョロと街路を見渡したが、そこには虫取り屋も、理沙の姿も、見当たらなかった。

 まだ、涼しい朝の微風が通りを吹き抜けていたが、地面は陽炎(かげろう)のように景色がゆらゆらと揺らめいていた。

 鬼は左手で眼をこすった。

 再び辺りを見渡す。


──居ない、消えてしまった


 一体どこに消えたのだろう。そこには、一本角の鬼がポツンと残されただけであった。

 しかし、次の瞬間、鬼は異様な違和感を感じた。


──景色が(ひず)んでいる


 鬼の立ち尽くしている路地が、異様にその景色を(ひず)め始めたのだ。道が、塀が……、空の雲までが、異様に形を変えている。それは、徐々に曲率を増し、鬼を囲むように捻じくれていった。のみならず、空間の歪みは、鬼の身体にも影響を与えていた。

 その手が、足が、胴体が歪み、眼球は球体から楕円体へと変形する。

 もう、路地の歪みが、眼の歪の所為なのかどうかすら分からないほどに、空間は異常な曲率で捻れていった。

 そして、新聞広告がクシャクシャと丸められるように、鬼が存在していた空間は、捻じくれ、畳み込まれ、縮小された。



 そして、<パチン>という感触がして、理沙は我に返った。目の前には、さっき倒されたはずの虫取り屋がぽつねんと立っていた。

「これで終わりだ」

 虫取り屋は、左手を握りしめていた。

 その中で、さっき彼女達を襲った鬼が、空間ごと握り潰されたのだろうか? 彼が左手を開くと、何かホコリのような物が、手の平から宙に舞った。

「デバッグ完了」

 虫取り屋は、そう独りごちると、顔を挙げた。彼の腐った魚のような眼差しに、理沙は気味の悪いものが背中を伝って落ちていくような感じがしていた。

「鬼はもう居ない。たった今、オレが処分した」

 虫取り屋は理沙の方を見ると、ただそれだけを告げた。

「さっきの鬼は、どうなったのです? ……虫取り屋さんが、やっつけたのですか?」

 理沙は辺りをキョロキョロと見渡すと、オドオドした様子で貧相な帽子の男に訊いた。

「ああ、そうだ。空間ごと消した。何の心配もない」

 と、彼はさも何でもないように応えた。

「ここにはオレ達しか居なかった。最初からな。そう言うことだ」

 彼はそう呟くと、もう歩き出していた。

「あ、待って下さい」

 理沙も慌てて後を追う。早足で虫取り屋の隣に追い着くと、彼女は口を開いた。

「虫取り屋さんは、大丈夫なんですか? お腹に穴が開いちゃったのに。痛くは無いのですか?」

 理沙は、虫取り屋の事を心配していた。再び自分の所為で誰かが生命を落としたりするのは、懲りごりだったからだ。

「心配はいらん。元通り──いや、どうもない」

 虫取り屋は、大して興味もなさそうに、そう言った。

 よく見ると、服の穴どころか、血の染みも全く無かった。まるで「最初から怪我など負っていなかった」かのようだった。


──鬼は居なかった。無かった事になったのだ。


 理沙は、以前に虫取り屋の言っていたことを思い出した。

 『起こった事』を『無かった事』にしてしまう。そうであった事象を書き換えてしまったのだ。神さえ凌駕する力。これがアカシアの能力(ちから)なのか……。

 理沙は、改めてその能力の大きさを思い知った。鬼達は、この能力を狙っていたのだろう。この事を両親や兄は知っていたのだろうか? 多分、知っていたのだろう。だからこそ、鬼の来訪を察知し、理沙を逃がすために、日本中を彷徨(さまよ)ったのだから。


「どうして父や母は、わたしの力の事を黙っていたのでしょうか?」

 理沙は自問するように問を発した。


 返事は無かった。


 もし自分が両親の立場だったら……。やはり、黙っていたのに違いない。こんな異能を持っていても、幸せになどなれるはずがない。人間というチッポケな生物に、神をも超えた能力は強大過ぎる。自分が端末の能力に目覚めてしまったら、何が起こるか見当もつかない。


──出来れば何も知らずに、平凡な一生を全うして欲しい


 両親も兄も、そう思っていたに違いない。

 理沙は、自分の中で答えを見つけると、前を向いた。そこには、恐れも憎しみにも無関心な背中があった。

「オレは、目的を果たす為だけに創られたモノ(・・)だからな」

 唐突に虫取り屋は言った。ハッとして、理沙は彼の背中から頭へと視線を移した。そこには、今にも潰れそうな鍔広の帽子があった。

「この通りを少し行くと、バス停があるはずだ」

 虫取り屋が再び口を開いた。

「バスに乗るのですね」

 理沙が応える。

「そうだ。さすがに乗客のいるバスの中では、仕掛けてはこまい」

「そうですね。タクシーだと、最悪の場合、運転手に化けているかも知れませんね」

「そうだ」

 理沙は、出来ることなら他者を巻き込みたくは無かった。ありがたいことに、鬼は大っぴらに襲って来ることはなかった。それは、未だその存在を(おおやけ)にしたくないからだろう。であれば、人混みに紛れれば、彼らも迂闊に襲っては来れまい。

 逆説のようだが、今はこれが最善手であった。

 バスに乗って最寄りの駅まで行く。そこからは電車だ。取り敢えずは東海道線まで行く。


──そして……


 そう、そして鬼無(きなし)へ行くのだ。

 鬼無に行けば何とかなるという確証は全く無い。だが、そこは、あてどもなく逃げ続けてきた理沙にとって、初めての目的地なのだ。そこから先は、着いてから考えればいい。

 理沙はそう思っていた。



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