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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
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端末の少女(5)

──端末


 虫取り屋の言った言葉が、理沙(りさ)の頭の中を駆け巡っていた。


「虫取り屋さん、『端末』って、どういう意味ですか?」

 不安になった理沙は、虫取り屋に訊こうとした。

「待った、お嬢ちゃん。こんな畑の真ん中じゃぁ、ちょっと無理だ。少し長話になっちまうからな。取り敢えず、昨日の公園にでも行くかあ」

 そう言って、虫取り屋は歩きだした。

 慌てて理沙も、後に着いて行った。


 理沙達は、昨日来たことのある公園を再び訪れた。

「この辺にでも座るかあ」

 虫取り屋は、手近のベンチを指差した。しかし、それは……、

「え! このベンチは、昨日壊された(・・・・)はずなのに……元通りに。どうして?」

 理沙が驚いていると、虫取り屋は、

「そいつは、元から壊れてなかった(・・・・・・・)のさ」

 と、事もなさげに言った。しかし理沙は、

「そんなはずはありません。昨日、確かに鬼に破壊されたはずです。あなたも見ましたよね」

 と、念を押すように訊いた。

「ああそうだ。だが、『鬼なんて怪物がいた』なんて、大変なことだ。だから、鬼はオレが消した。『いる筈の無い鬼に壊された物』がある筈がない。そうだろう、お嬢ちゃん」

「いる筈のないモノ。だから消えた? どういうことです」

 虫取り屋は、(くだん)のベンチに座ると、こう言った。

「知ってるか、お嬢ちゃん。『この世の全ては既に決定されている』って」

「ど、どういう事です?」

 またも奇妙な話を持ち出した虫取り屋に、理沙は訝しんだ。

「言った通りさ。この世に起こったこと、これから起こること。その全ては、この宇宙全体に渡って存在する、エーテル体に記録されている……って説さ。この記録体を『アカシック・レコード』と言う」

「はぁ」

 そう言われても、理沙には何のことかよく分からなかった。

 すると、虫取り屋は誰に言うでもなく、独り言のように話し始めた。


「この世の過去から未来の全ては、アカシック・レコードに記録されている。であれば、それを読み解くことが出来れば、未来を知ることが出来る。いわゆる予知ってヤツだな。これが、過去を読むなら、サイコメトリーと云うところか……。予知能力者やリーダーと呼ばれる連中は、アカシック・レコードを読み取る能力があると言われている。更にだな、このアカシック・レコードを書き換える(・・・・・)事が出来れば、宇宙の過去(・・)未来(・・)も思うように出来る……はずだよな」


 虫取り屋はそこまで言うと、理沙をチラッと見た。少女は、コクンと頷くと、息を呑んで虫取り屋の言葉を待った。


「続きを話そうか。この宇宙の神々は、当然、そのことは知っていたし、実際に試みていた。だが、全能の神であっても、膨大な量の情報を矛盾なく書き換えるには、荷が重すぎた。で、ヤツらは、アカシック・レコードの管理をするためのシステムを作り上げた。それが、アカシック・レコードをホロメモリとして駆動する超次元演算システム──『アカシア』だ」


 虫取り屋の言葉に、理沙は思わずこう言った。

「そんな物が存在するなんて。信じられません」


「まぁ、そうだろうな。ま、神様たちも、作ってはみたものの、アカシアの使用にあたって誤算が生じたんだ。それは、『アカシアが自我意識を持ってしまった』ってことなんだな。で、何でもかんでも神様の言うことを聞いてくれなくなったのさ。神様たちも何とかしようとしたが、アカシアには敵わなかった。アカシアには神の行動や存在そのものさえ、書き変えてしまえるんだからな。それも過去に遡って……。全く厄介なもんだよ」

 それを聴いた理沙は、<ゴクリ>と唾を飲み込むと、恐る々々言葉を口にした。

「では、『端末』というのは、もしかして……」

「そうだ。アカシアにコマンドを送るための『ターミナルデバイス』の事だ。お嬢ちゃん、あんたは、その気になれば、この世の中を好きなように改変できる。そう言う能力を秘めているのさ」

 彼女の想像通りの返事であったが、にわかには信じ難いことだった。

「でも、わたしには、そんな能力があるなんて自覚はありません。『鬼なんていなくなればいい』と、何度も思いました。でも、そんな願いは叶うことなく、相変わらず、鬼は襲ってきましたよ」

 理沙は頬を赤くしながらそう訴えた。

「アカシック・レコードは、何でもかんでも好き勝手(・・・・)に書き変えられるもんじゃ無いんだよ。世の中には辻褄ってものがある。辻褄に合わない改変をすれば、アカシック・レコード上に歪が生じ、世界全体が破綻してしまうんだ。だから、アカシアは、そうならないよう、辻褄が合うようにアカシック・レコードを書き換えるのさ。とは言うものの、もう既に世界のあちこちにアカシック・レコードの歪──バグが生じてしまっている。そのバグを消去(デリート)するのがデバッガ──オレの役割だ」

「バグ……って言うと、コンピュータシステムの、不具合みたいなものですね」

「そうだ。鬼は、アカシック・レコードに生じた不具合(バグ)なのさ。オレも、最初は鬼の存在そのものを消そうとしたさ。ところが、奴らは意外に執念深くてな。昔の説話や文献に、存在が記録されちまった。こうなると、完全に消すのが難しくなる。と言うか、もう不可能なんだ。それで、個別対応を行ってるってことさ」

 虫取り屋はそう言うと、ヤレヤレと言ったように両腕を広げて肩をすくめた。彼がこんな表情豊かになるのは、滅多に無いことだった。

「では、わたしが狙われるのは、『端末(ターミナル)』の能力を使って、彼等──鬼の存在を、復権するためなのですね」

 理沙は、やっと納得したように、そう言った。

「そうさ。お嬢ちゃん、飲み込みが早いね。さすがは、アカシアの端末だ」

 虫取り屋は、相も変わらず独り言のように呟いた。だが、理沙には希望の光りが見えたような気がした。

「それじゃぁ、わたしが頑張れば、死んだ兄や両親を生き返らせる(・・・・・・)事も出来るんですね。凄いわ」

 理沙のこの言葉を聞いて、虫取り屋は初めて彼女の方を向くと、少し慌てたようにこう言った。

「おいおい、無茶を言うな。さっきも言っただろう。世界の改変には、辻褄が合わなけりゃならない。昨日、どこにも目撃者のいなかったベンチの破壊を無かった事にすることは割と容易く出来るが、かなり以前の事になると、辻褄合わせが大変だぞ。それが元で、新たなバグ(・・)が発生したら、今度はオレがお嬢ちゃんを消去(デリート)するはめになっちまう。くれぐれも、よぉく考えてからにするんだな」

 これに対して、少女は、

「そうですか……」

 と言って、首を項垂れた。

 彼女は落胆したように、しばらくそうしていたが、ハッと何かに気が付いたように顔を上げると、こう言った。


「虫取り屋さん。さっき、『世界はアカシアという演算システムに管理されている』と言いましたね」

「ああ、そうだ。この世は超次元演算知性体──アカシアの管理下にある」

「と言うことは……、もしかして、これは現実じゃなくて仮想世界(・・・・)での経験ではないのでしょうか? 仮想現実から覚めれば、何も無かった事になると思うのですが」


 少女は、一縷の望みを持って、そう言った。その言葉に対して、虫取り屋は、

「だと良かったんだけどな」

 と応えた。


「『この世は実は仮想現実である』とか、『この世界はVRMMORPGでした』なんて安っぽいラノベのような設定じゃあないんだよ。これは、ちゃんとした現実なんだ。お嬢ちゃんに、如何に理不尽な事が起ころうと、これはもう全て現実に起こったこと(・・・・・・・・・)だ。『目が覚めれば何もなかった事になる』なんて、現実逃避はやめておくんだな」


 虫取り屋の無慈悲な言葉に、理沙は、また首を項垂れてしまった。

 二人の他に誰もいない公園を、風が吹いていった。

 理沙が思わず、<ブルッ>と身を震わせる。

「未だ寒いな。お嬢ちゃん、朝飯を食いにでも行くか?」

 虫取り屋のこの言葉に、理沙は一言、

「はい」

 と、応えただけだった。

 虫取り屋はベンチからゆっくりと立ち上がると、公園の出口へ向かって歩き始めた。

 はたと気が付いて、理沙も慌てて彼の後を追った。



 二人は、昨日訪れた街区に来ていた。早朝は肌寒く、まだ人影もまばらであった。

「この時間に開いてる店はっと。……24時間営業のファストフード店くらいのものか。昨日と同じで悪いが、あそこのハンバーガー屋でいいか」

 虫取り屋が呟くように言うと、理沙も、

「はい。構いません」

 と、返事をした。

 今回は、二人連れ立って店内に入る。店員は、虫取り屋の風体を見るなり露骨に嫌そうな顔をしたが、理沙が前に立って、

「注文をお願いします」

 と言ったので、仕方なく応対した。

「店内でお召し上がりになりますか? それともお持ち帰りですか?」

 と、引きつった笑顔で、マニュアル通りの対応をする。

「ここで食べていく」

 と、虫取り屋が静かに呟くと、店員は、

「では、ご注文をお願いします」

 と、渋々と応対をした。

「ハンバーガーを二つと、コーヒーを二つお願いします。それからポテトのLを一つ」

 理沙は、早口で店員に注文を告げた。そして後ろを振り向くと、

「虫取り屋さん、コーヒーは飲めますよね」

 と訊いた。それに対して虫取り屋は、

「……ああ」

 と、あまり関心がなさそうに応えた。

「しばらくお待ちください」

 と、店員は応えると、注文の品を準備し始めた。


(アカシアの端末(ターミナル)。それがわたしの力……)


 理沙は心の内でそう繰り返していた。




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