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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
49/50

中央本線に乗れ(6)

「ずっと……、わたしを、監視していたんですね」

「…………」


 理沙(りさ)の問いかけに、鬼村(きむら)の答えは無かった。


 いくら虫取り屋(むしとりや)が、隠蔽工作──アカシック・レコードを操作して過去を改変しようとも、彼女が『アカシアの端末(ターミナル)』である事実は変えようがなかった。そして、虫取り屋自身の素性や、『鬼』についての事も。いや、それ以前に、日本国の国体であるやんごとなき者達(・・・・・・・・)が見逃すはずがなかった。

 きっかけは、この前の大惨事であったに違いない。遂に彼等(・・)は、直接的に理沙と虫取り屋に関わってきた。その尖兵こそが、鬼村なのだった。

「これ以上は隠しきれんぞ。白を切るのも大概にしろ」

 理沙の隣に座る虫取り屋の言葉に、鬼村は困惑しているのだろうか? 元々極細の筆で描かれたような細目のお陰で、彼の表情は、これまでにも増して読み取り難い。ただ、困っているには違いないようだった。


「ふぅ……。バレちゃいましたか」


 やっとこさ、背広をかっちりと着込んだ偉丈夫が吐き出したのは、そんな言葉だった。

「バレないとでも、本気で思っていたのか」

 呟くような、か細い虫取り屋の声だった。<ガタンゴトン>と列車がたてる騒音で、今にもかき消えそうだったそれは、理沙と鬼村にだけは、何故かはっきりと聞き取ることが出来た。

「いやぁ、虫取り屋さん、それはないですよ。自分だって、任務で一生懸命だったんですからね。酷いなぁ」

 冗談にしか聞こえない本気度だった。いや、本気で冗談を述べているのかも知れない。この男ならば、さもありなん。

「ほ、本当なんですね。……ひ、酷い、です」

 真実を知った理沙は、膝の上で両拳を握り締めていた。腕から両肩までもが、ワナワナと震えている。

「さっき、牛丼を奢ってくれたと思っていたのに。そういう優しいところも有るんだ、って思っていたのに。酷いです……」

 目蓋を閉じている彼女は、今にも泣き出しそうに思えた。

「理沙ちゃん……」

 彼も、それ以上は、何をどう説明したらいいのか、分からなかったに違いない。

「酷いです、牛丼代を経費で落とそうとするなんて。何が皇宮護衛官(こうぐうごえいかん)ですか。そこは、男らしく自腹で払うべきじゃないですか!」

 再び開いた瞳は、透明な液体で濡れていた。

「……え、そこなのか?」

 そう言った虫取り屋は、少女の方へ顔を向けていた。あの、無関心で他人に興味を示さなかった虫取り屋が、


──突っ込みを見せた


 驚くべきことであった。もしかしたら、彼も、何かしら少女から影響を受けていたのかも知れない。

「いやぁ、やっぱり理沙ちゃんは凄いなぁ。ボケ役一辺倒の虫取り屋さんから、突っ込まれるなんて。自分には、到底出来ないことです。参りました」

 座席に座った位置から見上げてしまうような大男は、ポリポリと頭を掻くと、彼女達の座席の向かいにどっかと腰を下ろした。

「な、何を勝手に座ってるんですか、鬼村さん。あなたとは、もうこれでお別れと思っていたのに」

 理沙は、相変わらず傍若無人な鬼村に抗議をしていた。

 もう、自分の進み方角に迷っていたことも、鬼村が任務を隠していた事も、どこかに吹っ飛んでいた。


「そんなこと言わないで。もう、理沙ちゃんたら、ツンデレなんだから」

「デレていませんっ」

「……ふぅ。結局は、こうなるのか……」


 ついさっきまでの三人の関係が、戻って来たようだった。

「で、嬢ちゃん。コイツの正体が分かったところで、どうする? 連れてくのか?」

 虫取り屋が、話を蒸し返した。

「ど、どうせ、わたしが何を言ったとしても、鬼村さんは勝手に着いてくるんでしょう。か弱い女の子には、どうしようもありません。ましてや、やんごとない方々がバックについているなら、なおさらです。それとも、虫取り屋さんには、どうにかできる目算があるんですか」

 少女は、つっけんどんに返事をした。

「まぁな。コイツ一人なら、どうとでもできるが。どうせ、すぐに新しいのが派遣されるだろう。それも、コイツよりも性質(たち)の悪いのが。俺としても、そんなのは願い下げだ。何より、面倒臭い」

 そう言うと、彼は鍔広の帽子を深く被り直した。そして、両腕を組むと、座席に深く身体を埋めた。

「ええっ、こんなところで眠り込まないで下さい。鬼村さんの相手を、わたし一人に押し付けるなんて。虫取り屋さん。もう、虫取り屋さんったら」

 彼女の呼びかけにも、虫取り屋は反応しなくなった。本当に、夢の世界に引き籠もるらしい。

「起きませんね。あーあ。自分の任務もバレちゃったし、どうしたらいいんでしょう。これって、始末書もんです。まいったな~」

 鬼村は、そう言って溜息を吐いた。だが、言葉と表情が噛み合っていないのは、いつも通りだ。

「しようがないですね」

 本当に困ったように呟くと、彼はおもむろに、持ってきていたレジ袋をガサガサと弄り始めた。

「あっ、あったあった」

 目当ての物が見つかったのだろう。袋から引き出された手には、四角いパッケージが握られていた。

「何ですか、それ?」

 怪訝な目で、理沙が問い正す。

 背広の大男がバリリと蓋を引っ剥がすと、何やらいい匂いがしてきた。そう、食欲をそそる匂いが。

「う〜ん、美味そう」

 少女の目の前で、彼は弁当を開けたのだ。

「またですかぁ。もしかして、それも経費で落とそうって言うんじゃないですよね」

「ん? ろしてっすか」

 既に、口の中に炊き込みご飯を詰め込んだまま、鬼村は大して気にもしていないような素振りを見せた。

「それって、国民が払っている税金ですよね。いくら任務だとは言え、鬼村さんには公僕としての自覚は無いんですか」

 そう避難する少女を、不思議なモノでも見るように、皇宮護衛官は顔を上げた。

「だってぇ、働くとお腹が減るじゃないですか、……ゴクン」

 彼は、これまでと何ら変わりなく、弁当を食べながら、理沙の問に答えていた。

「呆れた……。任務を隠すためのお芝居だと思っていたら、素だったんですか。全く、しようがない人ですね」


──まるで何も変わっていない


 だが、鬼村の正体を知って、理沙が少し不安を感じていたのも事実だった。

「あ、あのう……、鬼村さんは、わたしが何者(・・)なのか、知っていたんですか?」

 彼女は、絶賛お食事中の大男に、おずおずと話しかけた。

「はぁ? まぁ、大体は。報告書を読まされましたから」

 その、少しだけ妙な返答に、少女はオウム返しに訊き返した。

「読まされた……んですか」

「そうっすよ。一体何ページあったのか。任務だからって、こんなに分厚い資料を渡されて、「覚えるまで出てくるな」って言われて、監禁されたんですよ。本当に、何処のブラック企業だよ、ってな感じで」

 彼は、わざわざ一旦食事の手を止めてまで、片手の指で、その資料とやらの厚みを再現していた。

「はぁ。公務員も、大変なんですね」

 そんな彼の身振りに、彼女も、一瞬、自分の本来の問を忘れてしまったほどだった。

 だが、それも束の間。彼女は、はっと気付くと、

「えと、そうじゃなくって、その資料とやらの内容です。分かっていたんですね。わたしが『端末(ターミナル)』だってことは」

 少し俯いて、理沙は、自分の正体を口にした。

「そうらしいですね。まぁ、理沙ちゃんみたいなカワイイ女の子が、『ターミナル』だって聞かされても、自分、よく分からなくって。何か、凄いらしいですねぇ」

 彼は、サバ寿司弁当を口に運びながら、真剣味の全く感じられない口調で、そう言った。

「まぁ、それなりに……」

 世界を左右する一大事の話なのに、彼と話をしていると、その辺の雑談をしているようだ。ふぅ、と深く息を吐いた少女は、今、最も気になっている事を尋ねることにした。

「そ、それで……、き、鬼村さんは、わ、わたしを……、わたしの処分(・・)を任されたんですね」

 結局は、問ではなく、断定的なニュアンスになってしまった。しかし、これまでの流れから考えると、有りそうなことである。

「処分? ああ、そういう言い方もできますかね。「いざという時は抹殺しろ」って。乱暴ですよね。国家権力だからって、行き過ぎですよ」


(そうか。鬼村さんは、わたしを殺すことも命令されているけれど、この人自身は乗り気じゃないんだ。やっぱり、根は良い人なのかも知れないわ)


 彼の言葉に、理沙は、ほんの少しだが、未来が見えたような気がした。

「そもそも、自分程度の力量で、『ターミナル』である理沙ちゃんに敵いっ子ありませんからね。それに、虫取り屋さんも付いているし。神様と虫ケラくらいの力量があるんですよ。如何に任務とは言え、無慈悲です。自分に「死んでこい」って言ってるのと同じじゃないですか。公僕とはいえ、部下にそんな命令を下すなんて、酷いでしょう。理沙ちゃんも、そう思いますよね」

「へ?」

 彼の返事に、一瞬だけ、理沙は言葉に詰まった。そして、しばらくの間、口をあんぐりと開けたままでいたのだ。

「…………」

 少女の様子に気が付いたのか、ちらし寿司弁当を味わっていた皇宮護衛官は、

「理沙ちゃん、どしたの?」

 と、さも不思議そうに彼女の顔に目を向けた。

「ぐぐぐぐ……」

「あ、あれ? 理沙ちゃん?」

 もの言えぬ少女に、再度、問いかける。

「……本当にもう。あなたって人は。あなたって人は!」

 遂に少女の堪忍袋の緒が切れた。座席から立ち上がるかの勢いで、正面の背広の男に向かって上半身を乗り出した。

「鬼村さんは、この国の──いえ、この世界の行く末を任されたんでしょう。それが、そんな呑気な事を言っていていいんですか。あなたは、警察官の中でもエリート中のエリートなんでしょう。何とかして下さいよ。……本当に、頼みますから」

 理沙は、一気にそこまで喋ると、座席の背に身体を預けた。

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。自分だって分かっていますから。これからも、自分、理沙ちゃんのこと、護ってあげますからね。大船に乗った気でいて下さい。はっはっは」

 巨大なバクダンおにぎりを両手に握ったまま、鬼村は高笑いをしていた。


(だ、駄目だぁ。やっぱり、鬼村さんは鬼村さんなのかぁ。でも、鬼村さんもすっごく強いし、下っ端戦闘員クラスの鬼だったら、対抗出来るかも。……これ以上アレコレ考えても、無駄に終わる気がするわ)


「ふぅ……」

 諦めがついたのか、理沙は肺の奥底から息を吐き出すと、胸前で両腕を組んだ。そして、ゆっくりと目蓋を閉じる。

 束の間、薄闇の世界が少女を包んだ。他には、<ガタンゴトン>という、列車の音だけ。


(電車は、もう出ちゃってるんだから、取り敢えず、公共交通機関を使う間は、鬼村さんに助けてもらいましょう。国家権力で、色々便宜を図ってもらえそうだし。それに、この人なら──虫取り屋さんもそうだけど──他の人達みたいに死んじゃったりしないだろうから)


 こうなった以上、彼女には、選択肢があまり残っていなかった。目的地に辿り着くまで、できるだけ犠牲者が増えないことを祈るしか無い。

 心無い虫取り屋の言葉で意気消沈していた理沙だったが、鬼村の出現によって、元気が出てきたようだった。

 一方の虫取り屋は、この世の全てをひっくり返せる鍵の存在を隣に感じながらも、押し黙ったまま、列車の振動にも微動だにしていなかった。




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