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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
44/50

中央本線に乗れ(1)

「ここ……って、何処でしょう……」


 不思議な霧を抜けたところは、理沙には全くの見知らぬ土地であった。


「山、……超えちゃいましたね」

 さすがの鬼村(きむら)も唖然としている。

「もうっ、虫取り屋さんたら、やってくれましたね。これが瞬間移動というヤツですかぁ」

「しゅ、瞬間移動! ……ですって。そんなことまで出来るんですか」

 先を急ぐ山中で覆われた『奇妙な濃霧』に秘密があるのだろうか? 三人は突如として、見知らぬ土地へとやって来ていた。


──いや、違う


 虫取り屋だけは知っていた。近くの斜面の麓付近に設けられた小さな(ほこら)。それを左山神(ひだりやまのかみ)だと答えたではないか。


「もうっ、あんだけ苦労して山越えをしようとしていたのが馬鹿らしく思えますよ。瞬間移動が出来るんなら出来るで、早く言ってくれれば良かったのに。本当に、自分、馬鹿みたいですよ」

 鬼村(きむら)は、傍で見ていても情けなく思うほど、しょんぼりしていた。


(元はと言えば、鬼村さんが電車の中で大暴れしたのが原因じゃなかったかしら。でも……)


 理沙(りさ)は、隣に立っている背広の大男には、素直に同情出来なかった。それよりも、今立っているこの場所が何処なのかを知りたかった。

「あ、あの……、虫取り屋さん。さっき『ひだりやまのかみ』って言いましたけれど。それって何なんですか? この場所のことなんですよね」

 理沙は、虫取り屋の耳元に囁きかけた──そう、端末(ターミナル)の少女は、まだ虫取り屋の背に負ぶさったままだったのだ。しかし、彼女にとっては、その場所が意外なほどに違和感が無かったので、今もってその事を忘れているのだ。

「あそこに見えている。ほら、あの小さな祠の事だ。『龍源山の神』とも言っていたか……」

 彼の声はか細く低く、まるで独り言を呟いているかのようだったが、さすがにこの距離ならはっきりと聞こえる。虫取り屋の言う方向を、もう一度、理沙は眺めてみた。

 少し丈の高い雑草に囲まれたその祠は小さかった。本当に小さくて……。言われなかったら、まるで道端の道祖神と間違えてしまいそうな、そんな小さな祠だった。その小ささは、近くに建っているプレハブの物置きと比べると、一層際立って見える。

 しかし、その祠の周囲には四隅を区切って注連縄(しめなわ)が張られている。正面には、大きな神社と同じように、三本ほどの〆の子の藁が垂れ下がっていた。

「本当に小さい……。ですけど、きれいにしてあるし、注連縄だって新しい……。きっと、この地の人達に大切にされているんでしょうね」

 理沙は、何か神聖なモノを見たような気がして、そう呟いていた。

「左山……? 龍源山の神……、そうかっ、思い出したぞ。洩矢神(モリヤのかみ)ですね。……と言うことは、ここは諏訪大社の領分か」

「え……、そうなん、ですかぁ」

 さすがは、皇宮護衛官(こうぐうごえいかん)。職業柄、鬼村は神道や古代日本には詳しい。しかし、龍源山の神から、どうやったら諏訪大社につながるのかまでは、理沙には検討もつかなかった。

「元々は、大山祗神(オオヤマツミノカミ) (山の神)を奉っていたんだよ。……その土地本来の産土神(うぶすながみ)が、有力豪族の主祭神や祖先神に取って代わられることは、そう珍しいことではない」

 虫取り屋の小さな声は、彼の背を伝って理沙にも通じた。

「ま、実際のところ、諏訪大社も、出雲(いずも)からやって来た建御名方神(タケミナカタノカミ)を奉っている。しかも、諏訪の神長官(じんちょうかん)は、そのまま代々の守矢(もりや)氏がやってるしな。……強い侵略者に下手に逆らっても、(おびただ)しい血が流れるだけだ……」

 そう言う彼の声は、どこか物悲しく聞こえた。まるで、その場に居て、土着の人々が蹂躙されているのを実際に見てきたように……。

「知って、……いるんですか? 虫取り屋さんは」

 虫取り屋の言葉に何を感じたのか、理沙は彼の耳元でそう呟いてしまった。

「……さぁな。それに、神社の事ならアイツの方が物知りだろうに。……あのままにしておくのは、ちぃっと可愛そうだ。お嬢ちゃん、折角だから何か訊いてやんなよ」

 淡々とはしていたが、虫取り屋の言葉には若干の哀れみが感じられた。それと、ほんの少しではあるが、そこに何か哀愁のようなものも含まれているように、理沙には感じられた。しかし、その僅かな何かが『何であるか』までは、彼女にも分からない。普段はほとんど見せない、彼の感情的な部分の欠片を感じたような気がしたのだが……。

 だが、今重要なのは、現状確認だ。気は乗らないが、横に立っているこの男の人に訊いてみよう。

「むぅ……。はぁぁーあ、仕方ないかぁ」

 少女もいざ訊くとなると、少しばかり溜息が漏れてしまう。偉丈夫の肉体の上に乗っかっている四角い顔は、さっきから『如何にも何かを言いたそうな』笑顔で理沙を見つめていた。

 昨夜は、自分のホームグラウンドにまで、敵のラスボス──完全体では無かったものの──に侵入された上に、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。あの戦いが『夢の世界』でなければ、本当に地上から消滅していただろう。

 更に、山の奥地からJRの駅まで先導して良いところを見せようとした矢先に、例の濃霧による瞬間移動だ。

 別に理沙としては放っておいても構わないのだが、大の大人に関わらず、鬼村は拗ねると鬱陶しくて面倒臭い。


(まぁ、昨夜は、寝るところとお風呂とお鍋を用意してもらったんだったわ。駅に着いたらお別れとは言っても、それまで拗ねられたまんまじゃ、わたしだって憂鬱になっちゃうし。少しは、持ち上げておこうかしら)


 ストーカーのように、しつこく絡まれたのが縁とはいえ、色々と便宜も図ってくれた。鬼や邪気からも守って戦ってくれた。ここは、虫取り屋の言葉に習って、『ご機嫌をとっておく』のも、一つの方法だろう。

「で、『もりやのかみ』とか『タケミナカタ』って神様は、どういうご関係なんですか?」

 理沙は、少し引きつった笑顔ながら、虫取り屋の背中からそう質問した。

 すると、鬼村は面白いように理沙の質問に喰い付いてきた。

洩矢神(もりやのかみ)って言うのは、この土地の土着の神様らしいんだね。つまり、ここは最初は洩矢神を奉る一族が治めていたらしいってこと。そこに、出雲の建御名方が侵入してきて支配下に置いた、ってことなんだよね。あっと、建御名方は知ってるよね。学校の歴史とかで習ったでしょう」

 と、鬼村は得意のウンチクを語り始めた。

 しかし、逃亡生活を続けてきた理沙は、ろくに学校にも通えず、お金の数え方や、買い物の値段は計算できても、その他の──その辺の女子中高生が身につけているような、ごく普通の学力は持っていなかったのだ。そして、それを何よりもコンプレックスとして思っているのが、他ならぬ理沙自身なのである。本当は、記紀神話のことも、神社のことも、チンプンカンプンであった。それでも、これは自分の行く末に深く関わることだと云うことは分かっている。彼女は、置いて行かれそうになりながらも、必死で鬼村に食らいついていた。

「えーっと、……そ、その所為で諏訪大社の祭神が洩矢神ではなくて、建御名方神になっているんですね」

「そう、その通り。でも、諏訪大社の神官長(じんかんちょう)は、代々の守矢氏が努めているんだよね。つまり、出雲の勢力としては、元々の支配者を殲滅しないで、今まで通りに守矢氏にこの地を任せたと言うことになるかな。もしかしたら、他の神話の神様みたいに『入婿』したのかも知れないね」

 鬼村は、ここで一旦言葉を切った。

「ふうん、そうなんですね。じゃぁ、あんまり血は流れなかったんだ」

 虫取り屋の背に負ぶさったままの理沙は、感心したような様子を見せた。

「さぁ、それはどうかな。二千年近く前の話だし。この祠も洩矢神を祀っているって言ってるけど、この地域は元々は大山祗神(オオヤマツミノカミ)を祀ってたらしいからね。もしかしたら、洩矢神自身も、どこからか諏訪に侵入した征服者だったのかも知れないね」

 鬼村は腕を組むと、何か感慨深げな態度をした。

 とは言え、ここで話が切れる訳がない。

「ところがねぇ、この『洩矢神(もりやのかみ)』が曲者でね。『モリヤ』って聞いて、何か思い出さない?」

 自分の博学を効果的にひけらかしたいのか、鬼村は練習問題を出す教師のような事を言った。

「え? 『モリヤ』ですか? ……うーんと……、あ、そうだ、物部守屋(もののべのもりや)ですよ。蘇我入鹿(そがのいるか)と政治闘争をして、負けちゃったんですよね。聖徳太子だって、蘇我氏側についたし。でも、この時代の人達って、皆名前が変ですよね。入鹿のお父さんが蘇我蝦夷(そがのえみし)でしたっけ、蘇我馬子(そがのうまこ)でしたっけ。物部守屋のお父さんも、物部尾輿(もののべおこし)でしょう。何か笑っちゃいますよね」

 理沙は虫取り屋の背中でそう言うと、左手の拳を口に当ててクスクスと笑った。

 だが、そのどこが気に入らなかったのだろう? 鬼村はいつになく渋い顔をしていた。

「う、うん。……確かに「モリヤ」と言えば物部守屋だよねー。理沙ちゃんたら、物知りぃー」

 理沙から見ても、いつもの笑顔とは違っているのが分かる。彼は、本当はどんな答えを期待していたんだろう?

「うーん、そうさなぁ。物部守屋と守矢氏に幾ばくかの関係は有ったかも知れんな。しかし、だからと言って、それを氏族の名前の由来として『モリヤ』と名乗ることはなぁ……。あんま、考えないわな」

 さっきまで黙っていた虫取り屋が、話題に割り込んできた。

「ま、そーですよねぇ。物部守屋が落ち延びてきたとして、その末裔が自分達のことを『守屋氏』とは名乗らんでしょうねぇ。平将門(たいらのまさかど)の子孫が居たとして、自分達の名字を『将門』にすることなんてありえないくらいにね」

 何とかして人の良いニコニコ顔に戻した鬼村は、理沙の物部守屋説をあっさりと退けた。

「じゃ、じゃあ、別の何が関係してるって言うんですか。そもそも『モリヤ』って、何なんですか?」

 人並みの知識を持っていない理沙は、そのコンプレックスを隠すように、わざと大きな声を出した。

「……『モリヤ』というのは、エルサレム近辺の『モリヤ山』の事だと言いたいんだろう、オマエは」

「え? エルサレムって……、あの中東のエルサレムですか? ユーラシア大陸を挟んで反対側じゃないですか。そんな遠いところが諏訪と関係してるって言うんですか? おかしいですよ」

 尤もである。理沙でなくとも、トンデモ話に感じるだろう。


──モリヤ山、もしくはモリヤの地


 旧約聖書に登場する地名で、エルサレム近辺に有ったらしいと言われている。『主が備える地』あるいは『主顕現の地』という意味だと云う。


>>主はアブラハムに息子イサクをモリヤ山に連れてきて燔祭して捧げよと命じた(『創世記』22章第2節)


 つまり、主──神は、アブラハムに息子のイサクを生贄として捧げよと命令したのだ。しかも、ただの生贄ではない。燔祭と言って、殺した後に火で燃やして、灰になるまで跡形もなく焼き尽くすのだ。その生贄の儀式を行う場所として神から指定されたのが『モリヤの地』である。

 自分の息子を生贄にせよと命じて彼の信仰心を試そうとするなど、現代の日本人から見れば、「なんて酷い事を要求する神だろう」と思うだろう。そして「そうまでして試さなければ、信者の信仰心を見抜く程度のことすら、この神は出来ないのか」と考えるに違いない。

 だが、旧約聖書の時代、神の預言や加護が無ければ、一族が無事に生きながらえることすら難しかったのであろう。アブラハムは、神の御言葉(みことば)を聴くことの出来る()言者であり、一族を導く責務があったのだから。

 創世記に語られるところによれば、アブラハムがその手のナイフを息子に振り下ろそうとしたまさにその時、神の御使い──天使が、すんでのところでアブラハムに声をかけ、息子のイサクの生命は救われたのだそうだ。そして、彼らは仕掛けを作って羊を捕え、改めてそれを生贄として燔祭し、神に捧げたと云う。

 こうしてアブラハムは、その限りなく深い神への信仰心を認められ、大いなる祝福を受けた。彼は、後のユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信仰する者達の始祖と考えられるようになり、「信仰の父」とも呼ばれる。

 更に、息子のイサクの子──ヤコブを祖先として、イスラエルの十二氏族が派生することになったと記されている。


 モリヤ山については、聖書の別の箇所にも記述が見られる。


>>ソロモンはエルサレムのモリヤ山で、主の神殿の建築を始めた。そこは、主が父ダビデにご自身を現され、ダビデがあらかじめ準備しておいた所で、かつてエブス人オルナンの麦打ち場があった(『歴代誌下』3章1節)


 つまり、ソロモン王が神殿を建てたエルサレムのシオン山がモリヤ山であると考えられているのである。それだけ、『モリヤ』とはイスラエルの民やその子孫達にとって重要な場所なのだ。


──その『モリヤ』の名を冠する山が、ここ諏訪にある


 諏訪大社の御神体である『守屋山(もりやさん)』である。

 偶然の一致だと、誰もが言うであろう。


 だがご存知だろうか? 古来より明治維新の直前まで、諏訪大社では多くの鹿の首をはね、それを生贄として燔祭していたのを。洩矢神(モリヤのかみ)は生贄を欲する神なのである。


──その生贄の儀式を御頭祭(おんとうさい)と云う


 しかも、江戸時代以前の御頭祭では、選ばれた少年を『御贄柱(おにえばしら)』とも呼ばれる柱に縛りつけて生贄役としていた。細かいことだが、そこには小さな『刃物(ナイフ)』も登場する。そして、生贄の少年が殺されようとする時、諏訪国司(すわのくにのつかさ)からの使者や神官が現われて、間一髪少年の生命は救われる。

 しかも、ご丁寧なことに、少年の代わりに生贄とされるのが、羊ならぬ鹿なのだ。どちらも角を持つ草食動物。そして、共に反芻をする偶蹄類に分類される。この共通性が如何に重要な意味を持つかは、聖書を知る者なら言わずもがなであろう。


 もう一つ付け加えよう。

 諏訪大社の祭事を担当する守矢氏は、古くは『ミシャグジ』と云うものを信仰していたらしい。土着の土地神──産土神(うぶすながみ)と考えられ、(たたり)をなす神とも言われるのだが、その『ミシャグジ』と云う発音が『ミ・イサク・ジ』の転化したものだと云う説すらある。そう、生贄にされかかったアブラハムの息子の名前である。


──ここまでの一致を偶然と云うのだろうか?


「ふぅーん。不思議な事もあるんですね。日本とイスラエルに、そんな繋がりがあるなんて……」

 鬼村の決して短くはない御高説を聴いて、理沙は感慨深げにそう呟いていた。

「しかし……、何だな。皇宮護衛官ともあろう者が、『日ユ同祖論』などと云う世迷い言なんぞを語っていて良いのか? オレ達は『鬼』に追われてるんだ。鬼の子孫とも思しき物部氏──物部守屋についてならまだしも、洩矢の民とはな。……口は禍の元だぞ」

 理沙を背負ったままの虫取り屋は、大して興味を惹かれた風でもなく、ボソリと呟いた。

 それを耳にした鬼村は、さっと両手の平で口元を塞いだ。

「なぁーに言ってるんですか、虫取り屋さん。こんなのは、面白話の雑学。その程度のお話です。そんなに向きになるまでの事じゃありませんって。でも、ここだけの話にしておいて下さいね。こんな事がまことしやかに囁かれだしたら、それこそ自分、首が飛んじゃいますから」

 と、彼は言い訳がましくそう言ったが、その細い目の奥に隠された瞳は怪しい光を帯びているようだった。


「さぁて、無駄話はこのくらいにして、そろそろ行くべ。川を渡ってしばらく行けば岡谷駅が見えてくるはずだ。……だな」

 最後の「だな」は、鬼村へのものだ。

「あっ、ああ。……そうですね。JRの中央本線が通っていますから」


(そっかぁ。すんごく無駄な回り道をしたような気がするけれど、やっとJRの駅に辿り着けるんだぁ)


 理沙は、手にしたスマホの画面に太い指を滑らせている鬼村を見つめながら、そんな事を考えていた。

 その時、理沙が頭を預けている貧相な背中から、こんな言葉が届いた。

「そんじゃあ、行くかぁ。っと、その前に……。済まねえな、嬢ちゃん。ちぃっと降りてもらえんかなぁ。オレは、ココにちょっとだけ用があってな……」

 か細く弱い囁くような言葉だった。抑揚がなく、感情の欠片もこもっていない、いつもの虫取り屋の声だ。

 だが、それを聞いて、理沙は自分がずっと虫取り屋の背に負ぶさっていることにやっと気がついた。

「あっ、ああ! すっすっすっ、すいません。ごめんなさい。わ、わたしったら、ずっとおんぶされっぱなしで。降ります。すぐに降りますから」

 羞恥のために耳まで真っ赤になった少女は、黒いコートの背中で慌てていた。

「そうかい。済まねぇな……」

 再び、囁きのような声が聞こえると、彼女はフワァっとした感覚を、その身に感じた。何をされたのか、理沙自身にもよく分からない。だが次の瞬間には、少女の両足は大地を踏みしめていた。


(あっ、あれ? わたし、いつの間に……)


 奇妙な感覚に囚われつつも、理沙は改めて自分を長い間背負っていた影を目で追っていた。

 それは、見るからに貧相であった。この男が、如何にも頑健なガタイの鬼村と同等以上の体力を見せたとは、今に至ってもなかなか信じることは出来ない。


(アカシアの眷属(プログラム)って、こんなに並外れた能力を持ってるのね。わたしにも、いつかそんな能力を自由に使える時が来るのかしら)


 彼女自身が虫取り屋と同様の存在であると聞かされてはいても、未だに信じることは出来ない。そんな理沙が見たのは、いつもとは違った行為をする虫取り屋の姿だった。


 彼は、例の小さな祠の正面まで行くと、左手で鍔広の帽子を脱ぐと胸に置いた。そして少しだけ頭を下げると、その場で黙祷していたのである。

 昨夜泊まった神社では、一般に行われる二礼二拍手一礼ではなく、三礼三拍手一礼をしていた。その違いの意味するところすら知らぬ理沙に、今ひっそりと黙祷を続ける男の何を解ってやれると言うのか。

 もしかしたら、この小さな祠の(ぬし)と虫取り屋の間に、何かの関係が有ったのかも知れない。

 しかし理沙には、その事は軽々しく触れてはいけないことなんだと、何故かその時には感じた。




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