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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
34/50

山越え(1)

情報(・・)が欲しい」


 理沙(りさ)達に援助をする事に対して、鬼村(きむら)が示したのが、この言葉だった。

 先程、鬼達に襲われ、彼女達の乗っていた車両は切り離された。結局、理沙達は、この荒野の真中に取り残されて仕舞った。

 虫取り屋と鬼村の活躍で、鬼は撃退したものの、理沙達は移動手段を失ってしまった。

 ここで次の列車が通りかかるのを待つのも無理がある。彼女達が乗っていた二号車は、後続の列車の邪魔にならないように、鬼村が脱線させて燃やして仕舞った。そんな事故現場の側に居て、事情聴取をされない筈がない。


──面倒事は、これ以上ゴメンだ


 これが、虫取り屋の判断である。

 それに、理沙は列車内のあまりにも残酷な戦いぶりを目の当たりにして、心身を共に疲弊させていた。今は意識を奪って眠らせてあるが、取り敢えず、どこかで休息をとらせる必要があるだろう。

 皇宮護衛官の鬼村なら、ツテを頼ってどこかに休める場所を知っているかも知れない。そんな淡い期待に対しての対価が、『情報』だった。鬼村の立場を以ってしても分からない事があるのだろうか……。


「何が知りたい」


 理沙を抱いている虫取り屋は、今にも消え入りそうな声で、そう訊き返した。


「ふむん、そうですね。まずは、『理沙ちゃんが何者なのか?』を教えてもらえませんか」


 鬼村は虫取り屋を真正面から見据えて、そう応えた。

 それに対して、帽子の男はボォーっと突っ立ったまんま、暫しの間黙っていた。

 その眼差しは腐った魚のようで、何かしらの思考を働かせているようには到底見えなかったが、鬼村は笑みを崩さず、根気よく答えを待っていた。だが、

「それは、大事な事なのか?」

 ようやく返って来た答えが、コレである。

「当たり前でしょう。これから保護しようという女の子が、何処の誰で、どういう経緯で鬼なんかに追われているのか。それすら知らずに、どうやって援助しろと? 常識でしょう」

 鬼村の声は優しく柔らかであったが、その内容は辛辣であった。

「知らんのか……」

 対して、虫取り屋は、一言そう返しただけだった。

 さすがにこれには、鬼村もムッと表情を曇らせた。

「知ってたら訊きませんよ」

 彼は、肩から肌がむき出しになった両腕を胸前で組むと、憮然とした感じでそう言った。

「今朝、「地元の県警でオレ達の素性を聞いた」と言っていた筈だよな」

 虫取り屋が、ボソリと呟くように応えた。腕に抱えた少女は、ピクリともしない。微かにその胸が上下しているので、息をしている事だけは分かる。

「アレを言葉通りに受け取ったんですか? どこまでも能天気ですね。こちらは、事情聴取の内容なんて、まるで信じちゃいません。我々は『本当の事』が知りたいのですよ」

 鬼村は、飽く迄、理沙にこだわっていた。

「オマエさん、県警の巡査に聞いたんだろう。全部『本当の事』だよ。聞き込み内容とも、本庁のデータベースとも、矛盾は無かったろう」

 しかし、虫取り屋は話をはぐらかせたいようだった。

「アカシック・レコードの内容を書き換えた後の事実なんて、辻褄合わせに過ぎないでしょう。我々は、『アナタが何故そうまでしなければならなかったか』、その理由を訊きたいんです」


 この男は、虫取り屋の何たるかを知っている! このまま、白を切り通せるのだろうか。


「…………」


 虫取り屋は何も応えなかった。だからだろうか、鬼村はとうとう核心に触れるような話をし始めた。

「昨日、皇宮警察本部の特A級のリーディング能力者達が、相次いで発狂したそうです」

 静かに告げる背広の男の言葉に、虫取り屋の帽子がピクリと動いた。

「丁度、さっきの街で大爆発事故が発生した時間帯と、ほぼ重なります。『アカシック・レコードに大規模な改変が行われた』と云うのが、我々の出した結論です。そして、近年、まれに見るほどの多数の鬼の出現。この二つに彼女が関わっている──と云うよりも、鬼の襲撃から理沙ちゃんを護るために、アナタがアカシック・レコードの改変をしたのでしょう。うちの能力者達(リーダー)は、そのとばっちりを受けたんでしょうね。だが、どうしてアナタほどの人が、理沙ちゃんの護衛(ガード)に付いているのかが分からない。アナタは、ここ半年、各地に出現する鬼を滅しては、その痕跡を抹消してきた」

 彼は淡々と語ったが、その声には若干の怨嗟がこもっているように思えた。

「虫取り屋さん、アナタは鬼の存在を抹消しながら、理沙ちゃんを探していたフシが有る。アナタほどの能力者(デバッガ)が、ここまでして護るどんな価値がその少女にあるのです」

 鬼村の言葉を受けて、虫取り屋は、チラと腕に抱いている理沙を一瞥すると、視線を目の前の偉丈夫に移した。

「オレの足取りも、ヤツラの活動した痕跡も、残らず消しておいた筈だが……」

 虫取り屋は、ボソリとそう呟いた。

「我々を見くびらないでもらいたい。鬼の存在も、アナタの存在も、千数百年以上も前から把握済みです。我々は、皇室の伝承と、その血統を守るために受継いできた優れたリーディング能力者達によって、この国に起こり得る危機を察知し、未然に防いで来たのです。そして、今世紀に入ってからは、それらの情報をスーパーコンピュータで解析することで、更に精度を上げる事に成功しました」

 鬼村は毎度の如く饒舌だったが、今のそれは朝とは様子が違っていた。まるで、理沙と虫取り屋を責めているような口ぶりだった。

「そして先月末、恐るべき予測が弾き出されました。『近く、鬼達による大規模な破壊活動が起こる』と……」

 鬼村は、そこで口を噤んだ。

「ふむ、成程な。で、それにも『嬢ちゃんが関わっている』、と」

 虫取り屋の声は、か細く低かったが、鬼村の耳にははっきりと聞こえていた。冴えない帽子の男の言葉にもかかわらず、皇宮護衛官は小さく頷いていた。

「で、金子の爺さんは、どっちについたんだ?」

 その虫取り屋の問に、鬼村は唇を噛み締めた。

 金子とは、物部神社神主家の金子氏の事だろうか? だが、鬼村からの返答は無かった。そして、それが全てを物語っていた。

「そうか。(もの)の末裔には厳しい選択だな。純血の鬼を支持する者と、皇室の下で護国鎮守を唱える者……。物部(もののべ)の民は、その二つに割れたということか……」

 その言葉に反応したのだろうか。鬼村から目に見えない猛烈な疾風のようなものが、虫取り屋に吹き付けたような気がした。

「で、オマエさんは、それもこれも、嬢ちゃんが原因だと思ってる訳だな」

 その言葉には、何の感情もこもっていなかったが、鬼村の表情を動かすのには充分だったろう。

「そうですよ。……その通りだ、虫取り屋さん。アナタとその娘さえ居なければ、一族が割れる事は無かったし、同僚が苦しむ事も無かった筈だ。その娘は一体何者なんだ。どうして今更、同じ鬼部(もののべ)の民同士で殺し合いをしなくてはならない。力づくでも応えてもらうぞ」

 四角い顔に極細の筆で描かれたような鬼村の目が、僅かに開いたように見えた。そして、その奥の瞳は、妖しい朱に光っているように思えた。

「力づくか……。それは堪らんな」

 虫取り屋の口調は淡々としていたが、どこか疲れたような雰囲気があった。

「仕方ないかぁ。……この嬢ちゃんはな、端末(ターミナル)なんだ」

 少女を抱いた帽子の男の言葉は、短い独り言のようだった。

「……え?」

 鬼村は、その答えを聞いて複雑な顔をしていた。

「解説が必要か?」

 そう言った虫取り屋の腕の中で、理沙が微かな呻き声を上げた。

「端末……。まさか、アカシアの端末(ターミナルデバイス)の事ですか!」

 今度こそ、皇宮護衛官は驚愕した。

「まさか、……そんな。松戸アカシア以外にも、端末の能力を持つ者が居たとは。でも、何故、理沙ちゃんが……」

 鬼村は、虫取り屋の事を知っていた。当然、彼がアカシアのデバッグプログラムである事も承知している。理沙については、鬼を引きつける何らかの能力者(バグ)の一種というくらいの想像はしていた。だが、彼女がアカシアの端末であるとは……。

「嬢ちゃんが、アカシアの人型端末ヒューマノイドタイプターミナルデバイスである事は本当の事だ。だが、どんな経緯でそんな能力者になって仕舞ったかまでは、オレにも分からん。だが、鬼どもは、どうしてか嬢ちゃんの事を知って、この能力(ちから)を狙っているらしい」

 虫取り屋の言葉は、まるで独り言のようだったが、鬼村はその言葉の持つ意味の重大さに驚愕して、言葉が出なかった。

「どうした? 意外だったか。まぁ、本当のところ、オレも驚いてるさ。こんな無茶苦茶な力を、嬢ちゃんみたいな小さな女の子に突っ込んだまま、野放しには出来ないからな」

 端末とリーディング能力者との違いは、後者がアカシック・レコードにアクセスしてその内容を読み取る事で、リモートビューイングや予知に似た能力を発揮するのに対して、端末(ターミナル)は読み取りのみならず書き込み──アカシック・レコードの改変やそれ以上のことをも可能にする事だ。この世界をどうにでも出来る、神の如き能力だ。

「しかも厄介な事に、この嬢ちゃん、どうもオレよりも上位の能力者(プログラム)らしい」

 珍しく虫取り屋が感情のこもった声を発した。それは、『少々面倒な事になった』くらいの心情の現れだったが、内容は天地がひっくり返るようなモノだった。

「え……、まさか、そんな……」

 彼の言葉を聞いた鬼村は、今度こそ驚愕の表情を見せた。それこそ、四角い顔の細い目が大きく見開かれる程の。

「本当……ですか」

 あまりの事に、鬼村の声は上ずっていた。

「本当、なんですね」

 尚も確認を求めるような鬼村の言葉に、虫取り屋の帽子が僅かに上下した。

「なんてこった。一族どころか、この国──いや、世界そのものの問題だ……。どうする」

 再び目を細くした男は、巨匠の『考える人』の上半身のようになった。

「何だ、オマエさんには手に余るか。だが、お偉いさんに報告しても、事態は変わらんぞ。それとも、陛下の御聖断を仰ぐか?」

 黒いコートの高く立てた襟の向こうから、呟くような声が聞こえた。そして、その内容は、皇宮護衛官の逆鱗に触れた。

「そんな事を軽々しく口にしないでもらいたい。たとえ虫取り屋さんでも、許しませんよ」

 その言葉を放った男の両拳は、強く握り締められていた。まるで大地をも砕かんと云うばかりの神氣を込めて。

「アナタ方の処置は、自分に一任されています。場合によっては、二人共居なかった事にしてしまう事も含めてです」

 まるで虫取り屋がいつも口にするような台詞だったが、そこには有無を言わせぬ鬼神の言霊が宿っていた。

「ほう、それは物騒だな……」

 対する虫取り屋は、相変わらず冴えない浮浪者(ホームレス)のようだったが、彼こそは、人を、神をも超越した、神工知能アカシアのデバッガである。その腕には、更に上位の理沙(プログラム)を抱いている。

「で、正直な話、オレ達を助けてくれるのかい。それとも、この場で抹殺するつもりかい」

 抑揚のない、機械人形が喋ったような言葉だった。第三者が居たら、とても助けを乞うているようには聞こえないだろう。

「……ふぅ」

 とうとう観念したのか、鬼村は大きな溜息を吐いた。隆々とした筋肉で覆われた腕を上げると、ガリガリと髪の毛を掻きむしる。

「自分も、運が無いですねぇ。仕方無いです。取り敢えず、どこか休める処に移動しましょう」

 皇宮護衛官の声には、さっきまでのような張り詰めた鬼氣は含まれていなかった。

 彼は、背広の内ポケットからスマートフォンを取り出すと、神妙な顔をして画面に指を走らせていた。

「オマエさん、良いモノ持ってるな」

 珍しく虫取り屋が、他人(ひと)の持ち物に興味を示した。

「アナタには、こんなオモチャは要らないでしょう。……これは国からの貸与品ですから。あげませんからね」

 声をかけられた方は、くるりとそっぽを向くと、何かの検索を続けているようだった。

「…………」

 そんな鬼村を、虫取り屋は無表情に見つめていた。いや、その腐った魚のような死んだ目は、ただ前を向いていただけなのかも知れない。

 そんな中、しばらくスマホを操作していた鬼村は、何かを見つけたようだった。再び虫取り屋の方へ向き直ると、こう告げた。

「ありましたよ。この近くに、温泉が在ります。管轄は宮内庁で、禁足地となっていますが。もうこの際です、内緒で入っちゃいましょう」

 そう言う皇宮護衛官の顔は、イタズラ好きの子供のようであった。

「ほう……。この世には、オレにも知られていない名湯が、未だ在るもんなんだな」

 その様子を見ながら、帽子の男は大した感銘を受けた様子もなく、そう返事をした。

「本当は神社なんですよ。温泉は、その付属施設です」

 スマホで詳しい情報を探りながら、鬼村はそう応えた。

「なら、開けた土地なんだな。オレ達なんかが押しかけて、大丈夫なのか?」

 虫取り屋はそう言ったが、その口調には全く抑揚がなく、心配事など一つも無いような素振りだった。

「大丈夫ですよ。二〜三年に一回、ひっそりと神事を行うくらいで、建っている場所も人里離れた辺鄙なところです。温泉は、その時に身を清めるために使うらしいですね。理沙ちゃんにも、ひとっ風呂浴びさせてあげなくちゃ、ですから」

 彼はそう言うと、貧相な腕に抱かれた少女に目をやった。

 自らの吐瀉物で汚れていた筈の洋服は、いつの間にか、洗いたてのように綺麗になっていた。

 彼女の出で立ちの変化に気付いた鬼村は、少しばかり眉をひそめたが、続きを話し始めた。

「二ヶ月毎に管理人が手入れをしに来るぐらいで、普段は無人ですね。えっと……、設備の方は、と……。食料以外は整っているようですね。貯水タンク、太陽光発電パネルと蓄電池、暖房器具と燃料、宿泊施設。……ふむ、災害時用の非常食くらいは有るみたいですね」

 小さな液晶画面に表示されている内容を告げる鬼村を、虫取り屋は無表情に見ているだけだった。

 その無反応さにもめげず、鬼村は続けた。

「お風呂どころかシャワーも何も無いような山小屋よりも、よっぽどましでしょう。まぁ、当然ですが、鍵がかかっているし、監視カメラとかもありますが。まぁ、その辺は自分が何とかします。さすがに監視衛星までは手に負えませんので、虫取り屋さん、お願いしますね」

 スマホから目を上げた彼は、そう言ってニッコリと笑みを浮かべた。

「ふむ、よかろう。この際、贅沢は言ってられんからな。で、その神社、何と言う?」

 取引成立という事であろうか。虫取り屋は承諾すると、目的地について尋ねた。

「ああ、社名ですね。『此泉坐天御魂神社このいずみにいますあめのみたまじんじゃ』ですね。祭神は、建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと高御産巣日神(たかみむすびのかみ)。それから、宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)の三柱です」

 最後の神名を言って、鬼村は、その細い目を曲げてニヤリとしていた。

 宇摩志麻遅とは、物部氏の始祖である。石見国一宮である物部神社の主祭神で、鶴に乗って降臨し、その地で没したと云う。鬼村(きむら)の出身地である鬼村(おにむら)は、その近くにある。

「物部系の神社か。厄介な事にならないと良いがな。で、近くと言ったな。どのくらい離れている?」

 度重(たびかさ)なる因縁に何を感じたのか。虫取り屋は、最後に目指す神社=温泉までの距離を訊いた。


「すぐそこです。だいたい、三十キロ(・・・・)くらい」

「なるほど。すぐ近くだな」


 この男達にとって、それだけの距離も『すぐ近く』なのか。新たな道行きは、まず三十キロメートルを歩く事から始まった。




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