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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
33/50

鬼怪列車(5)

「もう遅いわ……、グジィイイィィ」


 鬼村(きむら)によって目を潰され、手足を切断された二本鬼は、断末魔にそう言い残した。

 彼は、生き残りの鬼をいたぶるのに夢中になってしまった。それで、ソイツ等が良くない事を企んでいるのに気が付くのが遅れたのだ。

 鬼村が二本鬼の頭を踏み潰して駆けつけたところは、一号車との連結通路だった。雨風よけの覆いもビリビリに千切り剥がされ、車両の連結器が剥き出しになっている。

 そこには、青黒い肌の色をした鬼が、両足を向こうに向けて俯せに寝そべっていた。

 頭の角は、側頭部から二本、フォークのような優美な形状で生えていた。しかし、その角の優美な曲線に相反するように、無慚にもソイツの両腕は肩から切断され、失われていた。ついさっき、飛燕の如き速さで飛来した草刈り鎌に切断されたものと、誰が看過出来ただろう。もしかしたら、ソイツの肌の色が青黒いのは、肩からの失血の所為だったのかも知れない。

「キサマ、何をしようとしている!」

 鬼村の激しい叱責に、青鬼は「ニタァ」と気味の悪い笑いを浮かべた。

「もう遅いわ。オマエ達の思い通りにはさせんぞ。キヒヒヒヒ」

 青鬼はそう言うと、両足に力を込めた。<ガタンゴトン>という鉄輪の音に重なって、<ミシミシ>という軋み音が響く。青鬼の筋力がどのくらいのモノなのか、列車の連結器は悲鳴を上げて破壊されようとしていた。


「おのれ! させんぞ」


 青鬼の企みに気が付いた鬼村は、目を瞑って両手で印を結ぶと、ブツブツと何かを唱え始めた。それは、祝詞(のりと)のようでもあり、真言の経文にも似ていた。

 だが、それも約五秒程の間の事。彼は、カッと両目を見開いた。

「……天地練業行神魔導鬼神力!」

 最後の言葉を唱え終えると、その右拳が視えざる何かの光を帯びたように感じた。


「むぅ、いかん! それを放っては駄目だ」


 何に気が付いたのか、虫取り屋は鬼村の行為を止めようと声をかけた。

 しかし、それは今一秒間に合わなかった。鬼村は拳を大きく振りかぶると、その強大な力を目の前の敵に打ち出して仕舞っていた。

「破邪、木端微塵拳(こっぱみじんけん)!」

 その拳にどれ程の破壊力が宿ったのだろうか。強力な鬼神の氣をぶつけられた青鬼は、文字通り微塵に砕けて吹き飛んだ。


 しかし、問題はそれからだった。


 鬼村の放った鬼神の氣と、青鬼の持つ冥界の血が、何かしらの化学反応を起こしたのだろうか。連結器の真上で、膨大な破壊力が開放された。それは、重たい鉄の塊である筈の連結器をも、粉々に粉砕して仕舞った。のみならず、あり余る破壊エネルギーは、衝撃波と化して、一瞬のうちに前後の車両を引き離したのだ。


「うっ、ぬおぉぉぉ」


 衝撃波の直近に居た鬼村は、正面からそれをまともに喰らって仕舞った。しかし、本能や神経の反応よりも早く、彼は両腕で顔と身体を庇っていた。


 それでも、凄まじい衝撃波は列車内を駆け回り、側面の窓は全て粉々に砕け散って仕舞った。まるで、小型の竜巻が車内を暴れ回ったかのようだった。

 幸いだったのは、その威力の大半が、鬼村に受け止められて失せて仕舞っていた事だろう。窓を壊されて、そこから衝撃波が漏れ抜けた事も幸運だった。列車内は、シートも天井の照明も無慚に引き裂かれたものの、車両自体はその形状を維持していたからだ。

 そして、結果的に爆風と走行する列車の慣性が釣り合ったのか、二号車は鉄路(レール)の上をノロノロと進んではいたが、十数秒後には何も無い野原のど真ん中で停止して仕舞った。

 一号車はというと、衝撃波に背中を押されたためなのか、遥か彼方を走っているのが視認出来た。


「あー、行っちゃいましたねぇ」


 自分のした事を分かっているのかいないのか、鬼村はボウと連結通路の前に立って、線路の続く先を眺めていた。

 先程、膨大な破壊力の衝撃波が彼を直撃した筈なのに、何のダメージも受けていないように見える。さすがに、防御に使った両腕は、背広の袖もシャツも肩口まで引き裂かれて失われていた。むき出しになった腕に、銀の腕時計だけが残っているのは、見ようによってはオシャレであると言えるかも知れない。

「まるで他人事(ひとごと)のようだな。誰の所為でこうなったんだか……」

 かくいう虫取り屋の言葉も、いつもの如く他人事(・・・)のようであった。

「えー、自分の所為なんですか⁉ それは無いでしょう」

 異を唱える鬼村だったが、虫取り屋は、

「だから、止めろと言ったんだが……」

 と言って譲らなかった。

「あのタイミングで言われても、止められませんよ。虫取り屋さんこそ、腕だけじゃなくて、両足も切り飛ばしておいてくれたら、こんな事にはならなかったんですよ」

 尚も喰い下がろうとする鬼村だったが、虫取り屋はそれ以上何も語らず、彼に背を向けると列車の中央部へゆっくりと戻って行った。

「あ、虫取り屋さん。無視ですか。スルーですか。自分だって大活躍だったんですよ。『がんばった』の一言くらい無いんですか。ちょっと、ねえ、虫取り屋さんっ」

 あまりにも素っ気ない虫取り屋の態度が不満だったのか、鬼村も彼を追い掛けて車両の中央部に戻って来た。


「うっ、……うう。……ひぐっ」


 車両の中央付近、破壊の跡も痛々しい座席の影から、呻くような声が聞こえていた。

 血みどろの惨劇を観せられた少女は、ボロボロになった座席の隙間に踞ったままだった。衝撃波の緩衝地帯であったのか、それとも虫取り屋がその能力(ちから)で護ったのか、理沙(りさ)はかろうじて意識を保っていた。特には外傷も無いようである。

 しかし、その姿は悲惨であった。彼女の顔は、涙と鼻水でベトベトになっていた。繰り返された嘔吐で、両手も服も異臭を放つ吐瀉物で汚れている。胃液の混じった涎が、今もまだ口の端から垂れ落ちている。

 苦しさと不快感から、彼女の思考は朦朧としていた。


「嬢ちゃん、大丈夫かい」


──誰かが呼んでいる、誰だろう?


 澱んだ思考の中、涙でぼやけた視界に、鍔広の帽子を被った男の姿が見える。


──誰? 誰なの?


 少女は、その人をよく知っているような気がした。

 帽子、黒いコート、グレーのジャケット、無精髭が残る顎……。そして……その上に見えるアレ(・・)。理沙は、今、それを受け入れる事を拒んでいた。


──今はアレ(・・)に見つめられたくは無い


「うっ、み、見ない……でぇ」


 ようやく口から出たのは、そんな言葉だった。

「もう大丈夫だ、嬢ちゃん。危機は去った。……まぁ、道行きは難儀になったけどな」

 言葉ではそう言っていたが、その中には、いたわりも、ぬくもりも、……人間的な感情の何もかもが含まれていなかった。そして、アレ(・・)──あの眼(・・・)だ。世界の中の何一つをも見ていない、腐った魚のように澱んだ瞳。

「お、お願い。……見ないで下さい。お、おね……」

 みすぼらしく汚れた自分を見られたく無いのか。それとも『あの眼』で見つめられるのを嫌悪した為なのか。理沙は、目の前の男に、今の自分を見られる事を拒んでいた。白濁して蕩けそうな思考の内で、何者かが彼女の精神に割り込みをかけてきたように感じた。


<危機は去った。今は眠れ。ゆっくり肉体(からだ)精神(こころ)を休めるのだ>


 頭の中で、その言葉が認識された時、理沙の意識はそこで途切れ、奥深い深淵の底に沈んで行った……。



「頑張ったな、嬢ちゃん。もう心配はない」


 車両の床に踞っている理沙に、虫取り屋は静かに声をかけた。意識を失って瞼を閉じたものの、彼女は時折、ブルブルッと痙攣するように肩を振るわせていた。

 虫取り屋は、そんな彼女の側に腰を下ろすと、両腕で理沙を抱きかかえた。黒いコートの腕やジャケットの胸が、異臭を放つ吐瀉物で汚れたが、元よりそんな事を気にする虫取り屋ではない。

 ぐったりと虫取り屋の胸に頭を預ける理沙の顔を見て、彼は一体何を思ったのだろう。相変わらず、その顔に明確な表情が顕れる事は無かった。

 彼は理沙を抱いたまま、通路を通って車両の出入り口へと歩いて行った。

「理沙ちゃん、大丈夫ですかね」

 さっきまで無邪気に無慈悲に鬼達を虐殺していた鬼村(きむら)も、細い眼の『良い人』の表情に戻っていた。心配そうに理沙の顔を覗き込んでいる。これで、背広の肩からむき出しの腕が見えていなければ、もっと好印象を与えただろうに。

 そんな鬼村を無視して、虫取り屋は列車のスライドドアの前に立った。

 圧搾空気で自動開閉する出入り口は、側面の窓と同様にガラスの部分が粉々に砕けて、四角い穴がポッカリと口を開けていた。だがそれは、到底人が通れるようなものでは無い。

 そんな出入り口を、暫しの間、無表情に眺めていた虫取り屋は、おもむろに片足を上げると、靴底でドアを軽く蹴飛ばした……ように見えた。

 大して力を込めているようには見えなかった。そもそも、鉄枠に左右にスライドするように組み付けられたドアが、足でちょっと蹴ったくらいで開くとは思えない。


 だが、実際は違った。


 ビンのフタが抜けるような<ポン>という音を発しただけで、自動ドアは呆気なく車体から外れて原っぱの彼方へと吹っ飛んで行ったのだ。

「ヒュー」

 鬼村が、少し甲高い口笛を吹いた。

「さすがは虫取り屋さん。お見事」

 彼はそう言ったものの、大して驚いたような顔をしていなかった。構造力学的に有り得ない事が起こったというのに。


 やはり、鬼村もアチラ側(・・・・)のモノなのであろう。


 虫取り屋は、鬼村の言動にも何の反応も示さず、車体の腹にポッカリと口を開いた縦長の四角い穴から宙に足を踏み出した。無造作な動作であったが、彼は理沙を腕に抱きかかえたまま列車の出入り口から地上へと音もなく着地した。地面を踏みしめる音も、枯れ草の折れる音さえ聞こえなかった。

 茶色に枯れた雑草を踏みしめた虫取り屋は、二〜三歩前へ出ると、首を捻って命を失った金属製の四角い箱を見上げた。その視線の先には、彼に続いて外に出ようとしている鬼村の姿があった。

 彼もまた無造作に出口から飛び降りると、虫取り屋と同様に、<カサリ>という枯れ葉の擦れ合う音さえさせずに地面へと降り立った。

 鬼村も、そのままくるりと背を向けると、廃車同然のボロボロの車体を眺めていた。

「さぁて、どうすっかなぁ。……やっぱし、このまま放っておく訳にはいかないでしょうね」

 それはそうだろう。線路上に放置しておいた場合、後続の列車の邪魔になる。まさか衝突する事は無いだろうが、ダイヤは大幅に乱れるだろう。

 それに、二両編成の列車の二号車だけが、このようにポツンと置いてけ堀になっているのも、何か不自然である。


「妙に詮索されるのも億劫だし……。取り敢えず、横にどけときましょうか」


 鬼村はそう言って、車両に近づいた。

 さも詰まらなそうに鉄輪の付いた車台を眺めた鬼村は、「フゥ」と溜息を吐くと、右足の爪先でツンとそれを蹴飛ばした。

 虫取り屋と同じく、それは何の力も込められていないような何気ない動作だったが、結果は有り得ないものだった。

 なんと、巨大な金属の塊である筈の車体がグラリと傾くと、あっと言う間に線路の脇に転がったのだ。

 既に死んで機能を失った車体は、斜めになった草むらの坂を、横倒しになったまま麓まで滑って行った。

 さすがに、虫取り屋や鬼村のように『音も無く』と言う訳にはいかず、<ズゥーン>と重々しい音が辺りに響く。

「皇宮警察のやる事は荒っぽいな」

 意識を失った少女を抱いた帽子の男が、独り言のように呟いた。

「虫取り屋さんには、そんな事を言われたく無いですね。何、自分の事を棚に上げているんですか」

 ローカル線を走る列車を横転させた鬼村は、不満げに「むぅ」という顔をしていた。むき出しの両腕を組んでこちらを向いた姿は、寒空の下で滑稽にさえ見えた。

「しかし、厄介な事になりましたね。こんな野原のど真ん中に取り残されちゃって」

 四角い顔の男は、細い眼を八の字にしていた。

 傍目には、如何にも困っているように見える。しかし、先程までの戦いを知っていれば、「この男に困りごとなどあるのか」、と言ってやりたくなる。

「脱線した列車については、『上』が揉み消してくれるでしょう。ですが、念には念を入れておきますか」

 そう言った鬼村は、もう一度、線路の上まで戻った。そして、背広の内側に片手を突っ込んで、何かを探っているようだった。そのうちに、目当ての物が見つかったのか、頭の上に拳を振り上げると、脱線した車両に向かって何かを放り投げるような動作をした。

 原っぱからうず高く盛り上がった線路の向こう側で、微かに<コツン>と言う音がしたかと思うと、次の瞬間には、黒煙と共に紅蓮の炎が舞い上がった。<ボゥワァアン>と言う爆発音は、少し遅れて聞こえたような気がした。

「これで、不自然な証拠は燃え尽きるでしょう」

 無慈悲な陵辱を受けた車体に引導を渡した皇宮護衛官は、両手をパンパンと打ち合わせてホコリを払っていた。

「まるで、テロリストの破壊工作だな。これも皇宮護衛官の仕事の一つなのか?」

 さすがに虫取り屋も呆れたのか、そんな事を言っていた。

「まさか。皇宮護衛官の仕事は、飽く迄も陛下をお護りする事です。虫取り屋さんも、よくご存知ですよね」

 鬼村は真面目な顔で応えたものの、どこまでが本気なのかよく分からない。実際、虫取り屋にも、彼の行動のどこまでが任務で、どこまでが私欲──あるいは鬼村(おにむら)由来の動きなのか、判断しかねていた。

 だが、仮にも皇宮警察学校で鍛えられた男だ。だとすれば、鬼村(きむら)の言葉は本心なのだろう。

 そうであれば、皇室──ひいては日本の国体を護るためであれば、彼はどんな汚れ仕事でもするのだろう。今回は、鬼の方が害を為すと判断しただけだ。理沙達が邪魔になれば、何の躊躇いもなく排除行動をするに違いない。

 皇宮護衛官は、警察組織のエリート中のエリートである。理沙や虫取り屋のように、裏の世界に隠れて生きる者達には、厄介な存在と言える。


「で、これからどうします? 電車は行っちゃいましたし。こんな野っ原の真ん中で、いつ鬼達が襲ってくるか分かりませんし」


 そう言いながら、鬼村は両手をスボンのポケットに突っ込んだまま、青空を見上げていた。

 先程は共闘したものの、未だこの男が敵なのか味方なのかはっきりしない。倒しておくのであれば、両手を封じている今は絶好の機会とも言える。

 しかし、それは虫取り屋も同じであった。彼も両腕に少女を抱きかかえていたからだ。

 それを分かっていて敢えてそうしているのか、はたまた単に戦う気が無いだけなのか、二人の戦士は互いに目を合わす事もなく、未だ肌寒い晴天の下に佇んでいた。


 そんな二人の間に、<ふぅー>と乾いた冬の風が吹き抜けたような気がした。

 だからだろうか、不意に虫取り屋がこんな事を言った。


「そうさなぁ。ここは国家権力とやらの力で、何とかしてもらおうか。オレ達は、住所不定の流れ者だしなぁ」


 いつもの如く、微風《そよかぜ》にさえ掻き消されそうな、か細い呟きのような声だったが、鍛えられた鬼村の耳には、はっきりと聞こえていた。

「この局面で他人任せですかぁ。そりゃあ無いでしょう、虫取り屋さん」

 鬼村は両手をポケットに入れたまま、首だけ捻って虫取り屋の方を見た。

 皇宮護衛官の顔は飽く迄も『良い人』のそれであったが、彼の細い目の奥の瞳は妖しい光を帯びているようだった。

「キサマがあそこで鬼道(きどう)の奥義を使わなければ、一号車に乗り移る事も出来たんだがなぁ。こうなった以上、責任を取ってもらおうか」

 対する虫取り屋の眼は、相変わらず腐った魚のように澱んでいて、生気を欠いていた。さっきの戦いぶりを見ていなければ、その辺の中学生にさえ敵わないと思われてもしようがない。

 しかも、彼は昏倒させた理沙の吐瀉物で汚れ、異臭さえ漂わせていた。そんな浮浪者のような男が、国家公務員を頼ったのだ。何も知らない第三者から見れば、至極当然の要求と言える。

「仕方無いですねぇ。分かりましたよ」

 鬼村はそう言うと、片手をポケットから出して、ポリポリと頭を掻いた。

「その代わり、自分の言い分も聞いてもらいましょう。ギブ・アンド・テイクです」

 ここに来て、どんな要求をしようと言うのだろうか。『良い人』の顔を崩さずに、彼は虫取り屋の方を向いた。

「ほう……、何を望む?」

 虫取り屋はそう応えたものの、か細く低い声は、まるで独り言のようであった。

情報(・・)が欲しい」

 そう言う鬼村の『良い人』の顔には、何故か冥界の邪鬼のそれが重なって見えるような気がした。




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