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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
32/50

鬼怪列車(4)

「う、……うえぇぇ……」

 眼前で行われた殺戮劇を余す所なく観せられた理沙(りさ)は、列車のシートの間──閉じられた窓のすぐ下に踞ったまま、嗚咽を続けていた。


 たとえ、迎え撃つ敵が異形の怪物であろうとも、このような残虐行為が許されるのだろうか。

 列車の進行方向側には、鬼村(きむら)がその技で微塵と砕いた鬼だったモノの破片が、ミンチ肉をバラ撒いたように床に散らばっていた。その向こう──前の車両への連結通路の前には、登山用の杖を手に、唸り声を上げている生き残りの鬼が三体。

 しかし、二人の殺戮者の後ろ──虫取り屋と鬼村を挟んで反対側の光景は、もっと壮絶だった。

 列車の後半部のいたる所は、ドロドロとした粘着性のある不快なゲル状物質で覆われていた。一体どうしたら、このような腐臭を放つ原形質の汚物を車内一面に塗りたくる事が出来るのだろうか。いや、そもそも、鬼とはいえ、人間のような形をとっていた生き物を、ここまで徹底的に破壊し尽くす行為を思いつけるモノなのだろうか?


──もしも、そのような人間が居たとしたら、ソイツは狂っていたのだ


 生き残りの鬼の唸り声は、そのように主張しているのかも知れない。だが、残念ながら、行為の主は人間(ニンゲン)では無かった。

 虫取り屋──神工知能アカシアが、自らのメモリであるアカシック・レコード上の不具合(バグ)修正(デバッグ)するためだけの存在(プログラム)は、もとより人間的(・・・)な感傷などとは無縁であった。


──彼の振るうのは、両手の赤錆びた草刈り鎌


 その辺のホームセンターに行けば、ピカピカの新品がお手頃値段で手に入るだろう。そんな物を使って、どのような技を放てば、生物を粉々に出来るのだろう。生き残りの鬼達がその行為に気が付いた時には、既に後の祭りだった。しかし、鬼達が気がつく迄には、五秒と経っていない。

 辻褄の合わない行為を許さないアカシアにとって、虫取り屋の処置(デバッグ)以上に辻褄の合わない事は無いだろうとも思えた。


 列車の中のどこを見ても、屠殺場の腐ったゴミ貯めのような光景と匂いの中、理沙の嘔吐感は途切れる事無く続いていた。いっその事、気を失う事が出来れば、どんなにか楽になれるだろう。

 だが、彼女にはそれすら許されず、異形の鬼どもの行き着く先を見届けろと云わんばかりに、意識を保たされていた。


「も……もう、やめてよぉ。……おぇ……お願いだか……スケテ……」


 喉から絞り出すような理沙の言葉だったが、列車内の人間(・・)は誰一人取り合うことは無かった。


──いや、違う!


 そもそも、列車の中にまともな人間(・・)など最初から居なかったのだ。


 鬼達も、鬼村も、……そして虫取り屋でさえ、理沙に『お前もコチラ側のモノだろう』と、無言で話しかけてきているような気がした。


(違う。違う、違う、チガウ。わたしは、あんなバケモノとはチガウ。……お願い、ダレかチガウって言ってぇ)


 理沙の胃の中には、吐き出せる物はもう何も残っていなかったが、嗚咽を漏らすたびに心の中の大切な何かが少しづつ搾り取られて、失せていくような気がした。


「ねぇ、虫取り屋さん」


 彼女がそんな状態にある中、車両の中央に立っている鬼村が、そう後ろに声をかけた。


「残ったヤツラ、自分の好きにしていいっすよね」


 鬼村はそう続けたものの、虫取り屋は黙ったままだった。彼は、鬼村の後ろにボウっと突っ立ったまま、何事にも関心を示していないように見えた。ついさっき、六体もの鬼を、一瞬で汚物に変えたばかりだと云うのに……。

「返事が無いって事は、好きにしていいって事っすね」

 そう言う鬼村の顔にも、ほとんど表情は表れていないが、その口ぶりはどこか楽しげであった。

「ぐぅぅう……。鬼道(きどう)を使う者め。キサマ、宮内庁(くないちょう)の手の者か……」

 さっきまで、獣のような唸り声しか上げられないと思われた鬼の一体──頭の前後に太い角を生やしたヤツが、苦しげな言葉を吐き出した。

「ほう。キミ、喋れるんだ」

 二本鬼の言葉を聞いて、鬼村は、そう呟きを漏らした。

「我らは、キサマらの言うところの『オニ』じゃ。獣と一緒にするでない」

 この鬼達とは会話が成立しそうである。しかし、だからと言って、説得が出来る筈もないが。

「話せる。そうなんだ……。という事は、尋問も可能。そうですよね」

 鬼村は、眼前の鬼に確認するかのように応えた……かのように見える。

「尋問? 我らが、そのような事を許すと思うか。宮内庁の犬めが」

 二本鬼は、そう吐き捨てるように返答した。その言葉には、怒りに満ちた表情以上に、赤黒い憤怒が含まれているようだった。

「勘違いしないでもらいたいなぁ。自分は宮内庁の者では無いし、別にキミに許可をとったつもりも無い」

 さっきまでの鬼村を知っていたら信じられないような、冷徹で無感情な声だった。

「そうだね……、競争だ。最初に手を挙げたヤツ。ソイツだけは生かしておいてやろう。他は、要らない。数は数えられるかな? 十秒だけ待ってやる。早い者勝ちだぞ」

 彼の不敵な言葉に、鬼達は憤った。

「人間の分際で!」

「愚かな。死体にしてくれるわ」

 一番最初に喋った二本鬼が、怒声を吐きながら杖を振り上げ、鬼村に襲いかかろうとした。

「そう、キミに決めた」

 鬼村は、そう呟くように言うと、二本鬼の振るう杖の斬撃を風のように躱すと、後に残された三本角の小鬼に迫った。

「むぅ、キサマ。小癪な」

 一瞬出遅れた小鬼は、登山用の白い杖を下から振り上げるように薙いだ。瞬間、ブゥオウと風が唸った。それを鬼村は、上半身をスウェイしただけで躱すと、流れるような動きで右足を振りかぶった。艷やかな革靴の爪先が、鬼の顎を捉える。ホンの少しだけかすったようにしか見えなかったのに、それだけでソイツの下顎は砕け、ドロドロとした体液とよだれが混じった水飛沫の尾を引きながら吹き飛んでいた。

 しかし、小鬼は失った顎の事を気にしている余裕は無かった。鬼村の振り上げられた足は、瞬時に振り下ろされ、その踵で三本の角を生やした頭を砕き潰したからだ。


『グシャ』


 硬いモノと柔らかいモノが混じり合って砕ける音が聞こえた時には、小鬼の頭は胴体にめり込んでいた。

 その間、約0.5秒。1秒後には、鬼村は既に後ろを振り向き、先に襲ってきた二本鬼の背中を睨んでいた。

「お見事……」

 か細い声は、虫取り屋のモノだ。

 だが、鬼村にやり過ごされた二本鬼の反応は早かった。ソイツは、虫取り屋のすぐ目の前で立ち止まると、その場から<フッ>と揺らぐように消えた。

 気が付いた時──それは二本鬼が飛びかかってから3秒しか経っていなかったが──には、鬼村の頭の上にソイツは移動していた。鬼道の使い手にも劣らない、高速移動だった。目にも留まらぬ速度で絶好の位置をとらえた鬼は、天井近くの高さから鬼村の頭頂を貫かんと杖を突き立てた。それは、まるで白い閃光が走ったように感じられた。

 線で殴りかかる振りよりも、点で襲い来る突きは遥かに早く防ぎ難い。皇宮護衛官は頭から串刺しにされるかに見えた。


 だが、どうだろう。


 杖の先端は、鬼村の頭上でピタリと止まっていた。超絶な勢いで以って金剛石(ダイヤモンド)でさえ貫通出来そうな突きは、彼の頭上に突き出された人差し指で見事に受け止められていたのだ。

「なにぃ、バカな」

 悪鬼の顔に、初めて憤怒以外の表情が浮かんだ。

「ありがとう、虫取り屋さん」

 彼の礼は、技を褒められた事ではなく、獲物を残しておいてくれた事に対するものであったに違いない。

「ふむん。尋問をするのに、手足の一本や二本、無くても困らないですよね」

 鬼村の呟きは誰に向けられたものだろう。

 彼が何の動作もしていないように見えたのに、指先で止まった杖に、何か目に見えない光のようなモノが走ったかに感じた。その直後、ピシッという微かな音が鳴って、白い杖は、なんと軸方向に真っ二つに裂けたのである。中央から折れるのであれば、まだ解る。しかし、直径二センチにも満たなそうな棒が縦に裂けるとは……。

 だが、驚愕するのはそれからだった。杖に走った裂け目は、それを握っていた鬼の手をも切り裂いていた。

「グゥウアオオオオ」

 獣の如き咆哮が、腐臭で充満した列車内に響き渡った。遅れて、縦に真っ二つになった杖と、二本鬼の手指の破片が降って来る。

 それでも、ソイツは確かに冥界の魔物(おに)であった。

 二本鬼は鬼村の頭上で空中回転すると、スタッと列車の床に飛び降りたのである。

「出来るな、宮内庁の犬風情が」

 その言葉には、怨嗟が籠もっているようだった。

「またまたぁ。だから言ってるでしょう、自分は宮内庁の人間じゃ無いって。これだから、あんたがた、あっち系のモノ達は……」

 応えた鬼村は真面目な顔をしていたが、声には少々呆れが混じっていた。それを聞いた鬼には怒り以外の表情は見られなかったが、次の言葉が出ないところを見ると、もしかしたら困惑していたのかも知れない。

「おい、そこのオマエ。見当違いをしているようだな。ソイツは皇宮護衛官だ」

 遂に見兼ねたのだろう。虫取り屋が、鬼村の身分を明かした。

「ぐぅ!」

 その鳴き声は人語に訳すと、『なにぃ』とにでもなるのだろうか。一時、鬼の動きに遅滞が見えた。


 チャンスだ! その隙を鬼村が逃す筈が無い。


 だが、実際は違った。

「虫取り屋さん。どうして勝手に喋っちゃうんですか」

 鬼村は、眼前の獲物を放っておいて、傍らの帽子の男を問い詰めたのだ。

「ん? まずかったか」

 普段なら、虫取り屋も、それに応える事は無かっただろう。

「まずかったって……、まずいに決まっているでしょう。折角ここまで引張って、ちょうど今、格好良く『皇宮警察だ』って名乗るところだったんですよ。……もう、台無しですよ。酷いです」

 こ、これは本気なのか?

 背広の偉丈夫の訴える事は、虫取り屋にも、傷付いた二本鬼にも、理解は出来なかったろう。唯一理解出来そうな少女は、涙に濡れた虚ろな目をしていた。彼女にも、皇宮護衛官を弁護するだけの余裕は無かった。

「そんな事を言っていていいのか。ヤツが暇そうだぞ」

 つまらなそうに虫取り屋が言うのは、取り残された二本鬼の事だろう。


 そう言えば鬼は……。


 ソイツは、一旦気をそらしたかに見えた鬼村の目と鼻の先に居た。鬼にとっては、これ以上無い好機だ。逃す筈が無い。

 二本鬼が、残された腕を無防備と見えた皇宮護衛官に振るおうとした時、今度こそ異界の悲鳴が響いた。

「★@#&%◆#!^%*@@@@###☆☆★※ーー」

 常人なら本能的に耳を覆いたくなるような奇怪な嬌声にも、男達二人は意に介する事は無かった。いつも通りに腐った魚のようなとらえどころの無い虫取り屋の眼は、鬼村の指に貫かれた二本鬼の眼とは対称的であった。

「尋問するのには、眼も要りませんよね」

 冷たく無感情に呟く鬼村に異論でもあるのだろう、ソイツは文字通り血の涙を流していた。

 鬼村の手は何の動作もしていないように見えたのに、次の瞬間には二本鬼は振り飛ばされ、列車の床に尻もちを突いていた。

怪物(おに)とは言っても、人間の容疑者と大して代わり映えがしませんね。……いや、この汚いドロドロしたモノは違ってますか……」

 彼は鬼の体液がこびりついた指を口に含みながら、静かにそう言った。

「ふむん。人間であれば、DNA情報から、なんとはなくその人となりが判るのですが……。キミのはさっぱりです。やはり、直接問い正すのが手っ取り早そうですね」

 この男は血潮を舐めるだけで、DNAの情報を読み取る事が出来るのか。しかし、それも人間相手の話。さすがに、冥界の鬼では通用しなかったようだ。

「ククク。驚いたな。さすがは、皇居の見張り番だけはある。……だが、たとえ皇宮護衛官と云えど、我の口を割ることは出来ぬぞ、……クゥオオオオォォォ」

 床の二本鬼が苦し紛れを言っていたが、それは途中で遮られた。

「足も尋問には必要ありません」

 冷たい視線のその先には、今しがた切り落とされたばかりの鬼の左足が転がっていた。

「痛いでしょ。痛いですよね。……ほら、言ってご覧なさい。『イタイ』って」

 彼の口調は単調だったが、僅かばかりの優しさが含まれているようにも感じた。

「…………」

 人間以上の戦闘力と精神力を備えた鬼は、激痛にも耐え得るのか。それとも、感じないのか? 二本鬼は、それ以上は苦鳴すら上げずに黙り込んだ。

「あれぇ。何も聞こえないなぁ。貧血気味ですかぁ。そんな事は無いでしょう。もう出血は止まってるんでしょう」

 確かに鬼村の言う通り、異様な色の体液はそれ以上床を濡らす事は無かった。手を裂かれ、目を潰され、そして今、片足を失うという大怪我を負っていると云うのに。

 それも、鬼の持つという再生力のお陰だろうか?

 しかし、そうであるのなら、既に傷口が回復に向かっている筈である。切り落とされた指や足は無理でも、眼球は再生が始まっていなければならない。

「…………」

 二本鬼は無言だったが、内心困惑していた。


(このオトコの言う通り、ヒドイ痛みだ。しかも、傷が治らない。皇宮護衛官め……、恐るべきヤツ。だが、それも後少し。気付いてはいまい、我らの計略に)


 押し黙ったままの二本鬼に何を感じたのか、四角い顔に描かれた糸のような目尻の端がピクリと動いた。

「ヌゥ、ガガアアァァァ」

 二本鬼が吠える。ソイツの脇には、太腿から切断された右足が転がっていた。

「今のどうだった? 痛い? 痛かった? イタイよねぇ。ほらほら、言ってよ、『イタイ』って。良いんですよ、イタイって言って。他には、もう誰も居ませんか……」

 そこまで言って、鬼村は口を噤んだ。

 体液に塗れた二本鬼の口が、「ニィ」と嘲りの形を作っていた。

「おい、オマエ、忘れているぞ!」

 珍しく虫取り屋が、強い口調で声を上げた。

「むぅ、まさか……」


 駅で乗り込んで来た鬼達。

 一番最初に、理沙を襲った二体を始末した。

 残ったのは十一体。列車の前半部に五体、後半部に六体。

 次の『犠牲者』は、二体を鬼村が瞬殺、後半部の六体は虫取り屋が原形質に変えた。

 そして、残ったうちの小鬼を処分した鬼村は、今、二本鬼を弄んでいる。


 11 − 2 − 6 − 1


 答えは……、2!


 しかし、一体は目の前に。


──では、残るもう一体は……?


「キサマ達、何を考えている!」

 初めて鬼村が怒気を放った。

「抜かったな、皇宮護衛官……」

 虫取り屋のその言葉が終わるか終わらないうちに、宙空を(つばくろ)のように飛翔したモノがあった。虫取り屋の草刈り鎌だと気付く事が出来たのは、鬼村だけだった。それは、意思を持つように変幻自在に宙を駆け、列車の先頭部──前車との連結部に飛んでいた。


「もう遅いわ……、グジィイイィィ」

 卑猥な笑い顔を踏み潰した鬼村も、飛ぶように前に走ると、列車の連結通路へ急いだ。


 そこに居たのは、両の腕を肩から切り落とされた青黒い肌の鬼だった。


──最後の生き残り!


 ソイツは、一号車と二号車を繋ぐ連結器の上に寝そべっていた。




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