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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
26/50

旅の始まり(3)

 Imperial Guard Headquarters──皇宮警察本部こうぐうけいさつほんぶ


「皇宮警察本部。……日本の(かなめ)、天皇陛下と皇族の方々をお護りする警察官だ」


 虫取り屋のその言葉に、<ビクッ>と身を震わせた理沙は、すぐさまパソコンに検索ワードを入力した。

 画面に出力された結果から、取り敢えずWikipediaを開いてみる。


{引用}ウィキペディア──皇宮警察本部:

 警察庁に置かれている附属機関のひとつ。天皇及び皇后、皇太子その他の皇族の護衛、皇居及び御所の警衛、その他皇宮警察に関する事務をつかさどる。



 理沙は、その概要を取り敢えず頭に叩き込むと、皇宮警察本部のウェブサイトを別窓で開いた。トップページのメニューから、概要のページを選択する。


{引用}皇宮警察本部概要:

 皇宮警察本部は、天皇皇后両陛下や皇族各殿下の護衛と皇居、御所、御用邸などの警備を専門に行う警察です。職員は、皇宮護衛官、警察庁事務官及び警察庁技官で構成され、身分はいずれも国家公務員です。



「天皇陛下をお護りする警察官……。どうして、そんな人が、こんなところに?」

 虫取り屋は、鬼村(きむら)の出現に顔色一つ変えなかったが、理沙はそうでは無かった。今まで鬼達に対峙し、爆発事故にも巻き込まれたことから、これからの行く末を案じて不安になっていたのだ。彼女の顔が、あからさまに鬼村に不信を持って見えた所為だろう。彼は笑顔を作ると、

「ええ! 返って怖がらせちゃった? 自分が身分を明かしたのは、怪しい者じゃ無い事を証明したかっただけなんだけどなぁ。だから、手帳を見せるんじゃなく、名刺を渡したのに」

 と言って、パチリとウィンクをした。

 しかし、そうは言われても、こんなゴツいオジさんで、しかも警察関係者に声をかけられたとあっては、スネに傷持つ身としては警戒せざるを得ない。

「で、アンタは、どうしてこんなところに居るんだ。まさか、公務だとは言うまい」

 鬼村と対照的な、か細く囁くような声は、虫取り屋のものだった。

「まさかぁ。非番ですよ、ヒ・バ・ン。良いじゃないですかぁ、国家公務員だって羽を伸ばしたくなる時はあるんですよ。有給休暇は、率先して消化しなくちゃ、ね」

 警戒を解こうとしたからだろう、彼は両の人差し指で頬を突くと、首を少し傾けてニンマリと笑顔を作った。だが、ゴツいおっさんが愛想笑いを作っても、不気味でしかない。

 理沙は両腕で胸を護ると、鬼村から遠ざかるように虫取り屋の方へ後退った。

「ええっ。何でかなぁ。自分、今は非番だって言いましたよねえ」

 理沙の態度は、鬼村の想定とは逆だったのだろう。彼は、斜めを向くと、少し真剣な顔で何事かを考え始めた。


{虫取り屋さん、この人、大丈夫なんでしょうか?}

 理沙は、小声で虫取り屋に訊いた。

「知らん。少なくとも鬼では無いだろう。今のところはな」

 彼女の問いかけにも、虫取り屋は、いつもの如くぶっきらぼうに応えた。

{ん、もう。どうするんですかっ。わたし達の事、色々訊かれると、マズイですよ}

 尚も理沙は、虫取り屋に問いかけたが、それ以上の返事は得られなかった。


(もうっ。虫取り屋さんたら。わたし達の立場ってものを分かっているのかしら)


 不満に思った理沙が、椅子の上で向き直った時、彼女は鬼村が何がブツブツと呟いていることに気が付いた。


「うーん、年頃のお嬢さんには『笑顔』だって、メンズ雑誌に書いてあったのになぁ。ちゃんとシャワーも浴びたし。清潔らしさは出てるはずなんだがなぁ」


(なにをブツブツ言ってんだろう、この人。変なの)


 理沙が呆気に取られていると、

「よし!」

 と言って、突然、鬼村は頷くと、また理沙の方を向いた。

「えっと、『おにいさん』の仕事はねぇ、天皇陛下を護る立派なお仕事なんだよ。正確に言うと、『警察官』じゃなくて『護衛官』って言うんだけどね。ま、言ってみれば、警察庁の中でも、エリート。……そう、エリートの中のエリートなんだよ。ねっ、スゴクない」

 精一杯に細い眼を開いて真面目ぶった鬼村は、理沙にそう訴えた。

「えっと、……まぁ、スゴイ……ですよねぇ。『オジさん』ってスゴイ人なんですね」

 彼女は、仕方なくそう応えた。すると鬼村は、

「『オジさん』じゃないです。自分のことは、気さくに『おにいさん』もしくは『キムタク』って、呼んで下さい」

 と、真面目な顔で応えたのだ。

「はぁ。それは無理です。初対面だし、警察の人だし、天皇陛下を護る特別なオジさんだし……」

 理沙は、鬼村の態度に面食らって、そんな風に応えた。

「アンタも、何やってんだか。折角の休暇なら、もっと面白い場所があるだろうに」

 さすがに虫取り屋も呆れたのか、そんな言葉を鬼村に投げかけた。

「ええっ。それはないでしょう。独身男の一人ぶらり旅。何かステキな出会いがあると感じませんか?」


「…………」


「別に、何にも。ただ、変なオジさんとしか……」

 呆気に取られたものの、少し間を置いて、理沙は正直に言った。

「っかー。解ってないな。解ってない。キムタクは傷ついたよ」

 と、彼は如何にも残念という顔で天井を仰いだ。

 そんな鬼村の様子に理沙は心底呆れ返って、これ以上相手をしないことにした。

「虫取り屋さん、調べ物を続けましょう。……取り敢えず、皇宮警察の事は置いといて、と」

 理沙は、マウスを操作して、皇宮警察関連の検索結果を表示したウィンドウを最小にすると、さっき検索した『鬼無(きなし)』の結果を画面に再表示した。

 しかし、二ページ目、三ページ目の要約にも、特記できるような記載は見られない。彼女は思い直って、『鬼無里(きなさ)』の内容を見ることにした。

「あ、虫取り屋さん。やっぱり鬼無里の方が、色々な伝承がありますね。もしかして、こちらの方が本命なのでは?」

 理沙が、傍らの虫取り屋を見上げた。

「鬼が無い里で、『鬼無里(きなさ)』。鬼無里村の記述は、記紀にもありますよ。古くは、『水無瀬村(みなせむら)』と呼ばれていたんですって。十二神社の『湖沼伝説』によると、元は湖だったところから、水が無くなって出来た土地だからだそうですよ」

 と、野太く快活な声が聞こえた。

「オジさんにしては、物知りなんですね」

 理沙は、自慢気に語る鬼村を歯牙にもかけず、画面を視ていた。

「他にも色々知っていますよぉ。紅葉伝説(もみじでんせつ)って知ってます? 信濃国の鬼女にまつわる伝説です。この伝説がきっかけで、地名が水無瀬村から鬼無里村に変わったんですよ。浄瑠璃や歌舞伎で、よく演じられてるんですよ」

 更に饒舌になる鬼村だったが、理沙は、

「そうですか。わたし、若いんで、歌舞伎とか観に行ったこと無いんですよねぇ」

 と、にべもない返事をした。

「そっ、そうですか。では、今度、ご一緒にいかがですか?」

 そう言って、鬼村が尚も声をかけるので、

「結構です」

 と、理沙は振り返ってきっぱりと断った。そして、彼に再び怪訝そうな顔を向けた。

「そんな顔しないで下さいよぉ。もっと鬼無里について、知りたくなったでしょう。自分が教えて差し上げます」

 鬼村はそう言うと、腰に両手を当てて胸を張った。綺麗に糊付けされているシャツが、今にも弾けそうだ。

「皇宮護衛官は、護衛術──格闘技もさることながら、和歌や古典などの教養も兼ね備えている。更には茶道や華道などの芸事も、一通り以上に身に着けているそうだ」

 虫取り屋が、そのか細い声で淡々と呟いた。そして、少し首を捻って鬼村に目を向けるも、その眼差しは腐った魚のようで、見つめられた者は老若男女をとわず不快にさせる。

「さっすが。『伯父さん』良く分かってるね」

 そんな虫取り屋の態度にも動ぜず、鬼村はあっけらかんに応えた。だが虫取り屋は、いつもの表情のまま、一言、こう言ったのだ。

「アンタ。どうして、オレがこの()の『伯父』だと分かった」

「あっ」

 理沙は、虫取り屋の発言の意味に気が付いて、身を強張らせた。

 昨夜シャワー室からの帰りにぶつかった時も、今ここで声をかけられた時も、自分達の関係どころか、自己紹介すらしていないのだ。


──この人は、偶然に自分達と出会った訳ではない


 そんな懸念が、彼女の頭の中に浮かんだ。


 数秒間ほど、辺りに静けさが戻った。

「ふぅ」

 鬼村は、溜息を吐くと、こう言った。

「地元の警官に聞いたんですよ。事故の現場の直近に居て、無傷の男女二人連れが居たって。それで、女の子の方が、自分好みの可愛い娘さんじゃないですか。それで……」

 そこまで言って、彼は口ごもった。

「それで……。なんですか?」

 理沙が続きを促した。

「それで……。それで、出来れば、お近づきになれたらなぁって……」

 そう言う鬼村は、少し照れたように明後日の方向を見ていた。

「はぁぁぁぁ。何ですか、それわ」

「職権乱用だな。アンタ、今まで彼女いたこと無いだろう」

 理沙と虫取り屋は、『本当に呆れた』と云う感じで、口々にそう言った。

「しょうが無いでしょう。今まで、勉強一筋、訓練一筋、仕事一筋だったんだから。同僚とナンパに出かけても、合コンに行っても、『歳の離れたオジさんとは』とか言われて敬遠されてたんですよ。自分、未だ若いんですよ。彼女の一人くらい欲しいっすよ」

 鬼村は、細い眼を精一杯開こうとしていたが、その奥の瞳は見えなかった。しかし、独り者と言うのは本当に違いない。

「その上、実家からは、『結婚は未だか』とか『お前は鬼村(おにむら)の衆の跡取りだから』とかプレッシャーかけて来るんですよ。自分、どうしたら良いんですか!」

 鬼村は、自分の置かれた状況を、これでもかと身振り手振りを加えて訴えた。

「えと……、そんなの、わたしには関係ないし。未成年をナンパするのは、国家公務員として、どうなんでしょう」

 理沙が、またしても連れないことを言った。これまでは、鬼に追われる自分に関わって生命を落とす人を見てきて、他人と関わるのは極力避けてきた。しかし、この人は違う。正直言って、鬱陶しいのだ。

「ふぅー」

 理沙は再び溜息を吐くと、パソコンに向き直った。マウスを操作して、検索に戻る。

「虫取り屋さん。よく見ると、鬼無里の方が、鬼無よりも有力そうじゃありませんか。このまま、鬼無へ向かって良いんでしょうか?」

 理沙は、検索した内容から、古史古伝が詳しい鬼無里の方が自分達の目的に近いのではないかと思い始めた。虫取り屋を見上げる顔にも、迷いが見える。

 そんな時、またもや鬼村が彼女に声をかけた。

「あ、あのー」

 理沙は、もう一度深い溜息を吐くと、彼を振り返った。

「まだ居たんですか? わたし達は、天皇陛下を倒そうとか、国家転覆とか考えていませんから。お引き取り下さい」

 と、嫌味をたっぷりと含んだ口調で応じた。

「あ、えーと、ごめんなさい。あーと、ただですね、伯父さんのこと、『虫取り屋』さんて呼ぶんだなぁって。変わってますよね。あ、あは。あはは」

 鬼村にそう言われて、理沙は顔色を変えた。虫取り屋の素性がバレてはマズイと思ったからだ。だからといって、どう答えて良いものやら……。彼女は、咄嗟に判断する事が出来なかった。

 そんな時、彼女の頭の上を、か細い呟くような声が通り過ぎた。

「オレは、昆虫や蟲の取り引きを生業としてるんだ。ブリーダーから仕入れる以外にも、金になりそうな珍しい昆虫を探して、全国を歩き回ってる。コイツが小さい頃は、妙に懐かれてな。よく一緒に、昆虫探しに山に入ったもんだ」

 それを聞いた鬼村は、ポンと拳で手の平を叩くと、

「なぁるほど。それで、『虫取り屋』かぁ。虫、好きなんですね」

 と、合点がいったような顔つきで言った。そして、

「自分も、伯父さんの事を、『虫取り屋さん』って、呼んでいいですか?」

 と、臆面もなく提案したのだ。

「……勝手にしろ」

 虫取り屋の答えは、いつも通りだった。しかし、その口調や態度には、鬱陶しさが混じっていた。

 しかし、まぁ、取り敢えずの言い訳は出来た。理沙は、ホッと胸を撫で下ろすと、フイと身体を反転して画面に向き直った。そんな彼女の態度にもメゲず、鬼村は尚も会話を続けようとした。

「で、虫取り屋さん。自分も、鬼無里の方が良いと思います。史料がはっきりしているし。山の中だから、珍しい虫もいるかも知れませんよ」

 彼は、何を勘違いしたのか、二人の行き先にも口を挟んできた。きっと、虫取り屋の話した言い訳から推測したのだろう。

「もうっ。オジさんには関係ないんだから、これ以上口を挟まないで下さい」

 理沙が、怒りを顕にした。彼女が、ここまで感情的になるのも珍しい。

「そんな事、言わないで。ねっ、理沙ちゃん」

 と、鬼村は、急に馴れ馴れしい態度をとった。

「名前で呼ばないで下さい。知らない人なんだから」

 理沙は、少し赤くなったものの、そう鬼村に言い放った。

「それくらい、良いじゃないですか。それよりも、怒った顔もカワイイですよ、理沙ちゃん」

 何を考えているのか、鬼村は、細い眼を更に細くして、そう言った。

「か、カワイイって。お世辞を言っても、通用しませんからね」

 彼女は、そう言って口をふくらませると、画面に眼を向けた。

「もう、理沙ちゃん。ツンデレなんですね」

「デレてません。って言うより、馴れなれしくしないで下さい」

「そんなに、邪険にしないで」

「関係ないです」

 と、二人の口論が続く中を、ポツリと虫取り屋の言葉が遮った。

「行き先は、鬼無だ。何故なら、ソレが『四国』にあるからだ。四国──シコク。そこは、言い換えれば、『死国(しこく)』──死の国だからだ」

「死の国……」

 理沙は、思わずそう言って、虫取り屋を振り返った。

「前に言わなかったか。言霊──言葉には魂が宿る。鬼の住まうは黄泉(よみ)の国。すなわち、死の国だ。『死の国(しこく)』に在って、鬼の居ない場所──『鬼無(きなし)』こそが、オレ達の向かう所だ」


「死の国……、『死国(しこく)』。その中での『鬼無(きなし)』こそが、目的地……」


 呆けたように虫取り屋の言葉を繰り返す理沙には、何故かソレが心の底に響いていた。




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