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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
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鬼々怪々(9)

「パンツを買うのだ。それが、お前の役目だ」


 この言葉を残して、虫取り屋は下着売り場から消え去った。鬼達の襲撃を察知したからだ。

 しかし、一人取り残された理沙(りさ)は、困惑していた。

「パンツを買えって……。もう、パンツ、パンツって、下品です。……まぁ、必要だけど。でも、わたし一人だけ残されて、どうしろって言うんですか。お金だって、そんなに持っていないのに」

 理沙は、そう独りごちると、スタジャンのポケットを(まさぐ)った。すると、指の先に紙のような何かが触る感触があった。

 ハタと思って引っ張り出すと、果たしてそれはクシャクシャの一万円札だった。それが三枚。


(いつの間に?)


 理沙は、皺のよったお札を眺めると、呆気に取られた。

 多分、虫取り屋が密かに入れておいてくれたのだろう。しかも、真新しいお札ではなく、使い古されたクシャクシャのモノであるところが手が込んでいる。まぁ、虫取り屋らしいと言えば、その通りではあるが。

「また、アカシアの力を使ったんだわ。助かるって言えば、その通りだけれど。……後でちゃんと返さないと」

 理沙は、クシャクシャのお札の皺を、丁寧に伸ばして綺麗に折りたたむと、それをスタジャンのポケットに入れ直した。そして、虫取り屋の残していった買い物カゴを左手にぶら下げると、下着売り場の陳列棚の間に入って行った。


(この空間は閉鎖したって言ってたし、いくら鬼といっても、そんな空間を無理やりこじ開けるなんて出来ないでしょうし。能力(ちから)の使い方もよく分からないわたしが、今更どうこうする事も出来ないし。虫取り屋さんが帰ってくるまで、買物の続きをしましょう)


 理沙は、こう考えて、買い物を続けることにした。

 しかし、この考え方は、『虫取り屋はどんな強大な敵にも負けはしない』という、絶対的な信頼があってこそなのだが。彼女は、それが当たり前のように潜在意識に刷り込まれた事に気が付いていなかった。

 理沙が、しばらく下着を見て回っていると、ふと例のマネキンが目に止まった。虫取り屋が薦めてくれた、大人っぽい黒いレースの下着を着けている。


(やっぱり男の人って、あんな大人っぽい下着が好みなのかなぁ)


 理沙の脳裏に、自然とこんな考えが浮かんだ。


(いやいや、別に見せる訳でもないのに。下着の柄で悩むなんて、はしたない)


 理沙は、頭に浮かんだ考えを振り払うように、首を横に振ると、ティーンズ向けのコーナーに向かった。

 陳列棚には、縞柄やキャラクターのプリントされたショーツが並べられていた。中には、三枚で千円の安物もあったのだが、さすがに食指は湧かなかった。

 彼女は、無地のグレーのショーツを手に取った。目の前で広げて、首をひねる。

「これでいいかなぁ。でも、何かピンとこないし。お子様っぽいかなぁ」

 理沙は、こんな独り言を口にしたが、

「いやいや。別に見せる訳じゃぁ無いんだから、どんな柄だって良いじゃない。……そうそう、肌触りで決めればいいのよ。大事なのは、履き心地、履き心地」

 と、考え直すと、商品を棚に戻した。


 『空間を閉鎖した』と言われても、その意味を理沙はよく分かっていなかった。あまりに突拍子も無いことなので、その意味するところを、理解できなかったのだ。そして、今この瞬間にも、虫取り屋は凶暴な鬼を相手に死闘を繰り広げているはずだったが、彼女には、その事にもあまり実感が湧かなかった。

 ひょっとしたら、『鬼に追われている』という事そのものが、自分の作り出した幻想では無いのか? とさえ、頭の隅に浮かんでいた。


 理沙はひとしきり売り場を巡った後、どうしようかと思案していた。

 靴下は三足くらいで足りるだろう。下着の方は、ショーツを三枚と新たにブラを新調しようかと考えていた。だが、そのためにはサイズを確認する必要がある。

 彼女は下着売り場を見渡すと、レジに控えている女性店員に、サイズを測ってもらおうと思った。実際、下着売り場には、理沙とその女性店員しかいなかった。彼女の他には、客も他の店員も見当たらない。きっと、虫取り屋が空間を閉鎖した為であろう。『他の人間』は、この場には入って来られないに違いない。

 そんな空間に取り残された店員は、ココが閉鎖されている事にも気が付かずに、何か事務仕事をしているようだった。他の男性店員や客がいないのは、少女にとってありがたかった。ある意味、何の気兼ねもなく相談できる。何よりも、虫取り屋がこの場にいないのが、理沙に安心感を与えていた。彼に下着を買うところを見られるのは、何かしら恥ずかしかったからだ。


(虫取り屋さんは、わたしがどんなに恥ずかしくっても、お構いなしに着いて来て横に立っているに決まってるわ。今が絶好の機会よ)


 理沙はこう考えて、レジに向かうと、女性店員に声をかけた。

「すいません。下着を選びたいのですが、サイズを測ってもらっても構いませんか?」

 少し頬を赤くして尋ねた理沙に、中年くらいに見える女性は、笑顔で答えてくれた。

「はい、構いませんよ。ブラのサイズですか? お客様のような年頃の方でしたら、どんどん成長してサイズが変わってしまいますものね」

 そんな店員に、理沙はコクンと肯いた。

「はい、そうなんです。今着けているブラが、少しキツくなってきたので、新調したいんですが。えと、サイズが……」

 左手で自分の胸に触れる理沙に、人の良さそうな女性は笑みを絶やさずに頷くと、テーブルの下からメジャーと思しき白い帯の束を掴んでコーナーから出てきた。

 紺色の制服を着た彼女は、理沙の前に立って、導くように言った。

「では、サイズを測りますので、こちらへどうぞ」

 そう言われて誘導されたのは、試着室の前であった。二つ並んだ個室の奥に、鏡が見えている。この場には他に誰もいない為か、二つともカーテンが開いていた。

 理沙は、右側の試着室に案内されると、女性店員は一度カーテンを閉じた。

「では、お客様、上着を脱いで下さい。準備ができたら、お声をお掛け下さいね」

 カーテンの外から店員の声がした。

 理沙は試着室の中で、「ほう」と溜息を吐くと、上着を脱ぎ始めた。

 彼女は、心中で『服が臭わないかな?』という事と『シャワーを浴びていて良かった』と思っていた。さすがに客に対して口に出して文句を言う事は無いだろうが、不潔に思われるのは彼女には耐え難かった。少なくとも、頭が臭わないのは幸いである。

 上着を脱いで床に置いた理沙は、前面の鏡を見て、


(うん。大丈夫。これなら、あまり嫌がられないわ)


 と、妙な自信を持った。

 上着に続いて、セーターとブラウスを脱ぐと、露わになった白い肌が鏡に映った。少し前にシャワーを浴びたばかりのせいか、少し肌に赤みがかっていた。

「用意が出来ました。お願いします」

 彼女は少し声を低くして、試着室の外に控えているであろう店員へ声をかけた。

「はぁーい。でわ失礼しますね」

 店員は、試着室のカーテンを少し開けると、理沙の姿が外に見えないように配慮しながら、試着室に入ってきた。鏡に映る彼女の左手には、白いメジャーが握られていた。

「じゃあ、向こうを向いて下さい。一旦、ホックを外して緩めますね。……大丈夫ですか? では、測りますね」

 女性店員はにこやかな笑みを崩さずに、理沙の真後ろにずれた。彼女は手に持ったメジャーをほどくと、それを、少女の胸前から背中にぐるりと回した。

 そして、……そして、それを有無を言わさずに理沙の首元に引っ掛けると、強く締め付けたのだ!

「あっ、……うぐ」

 理沙が呻き声を上げたが、店員はそのにこやかな表情を全く崩さずに、彼女の首を締め続けた。


(な、何なの! もしかして、……敵?)


 理沙はそう思ったものの、後ろから首を締め付けられたまま、抵抗をする事が出来なかった。両手で首のメジャーを掴むと、何とかほどこうとするのが精一杯であった。


 何時しか、鏡に映る店員の頭に角が生えていた。

   彼女の顔色は、どす黒いねずみ色に変わっていた。

  その口の端には、鋭い牙が見て取れた。

     その目は、赤く妖しく光っているように見えた。


 そして、何よりも恐ろしかったのは、その憤怒(・・)の表情であった。果たして、如何ほどに理沙の事を憎く思っているのだろうか。その険しい顔は、毒を吐いているかのようだった。


「うっ、うう……」

 朦朧となりかけた意識の中で、端末の少女は必死になって苦しみから逃れようとしていた。

 彼女は、「このままでは殺される」という事と「何とか逃げなくては」と言う事しか考えられなかった。折角助けを求めた虫取り屋の事も、鬼達が理沙の能力を欲して生け捕りにしようとしている事も、思考の外にあった。

 ただ、『助かりたい』、それだけを求めて、彼女はあがいていた。

 霞の中に消えそうな意識の中で、目の隅に醜く歪んだ鬼の顔が鏡に映っているところが見えたような気がした。


 そして、理沙の意識が消えそうになった正にその瞬間、何かの眩い光が彼女の内から放たれたように見えた。それは、理沙の胸を中心にして白い靄のように広がり、試着室の中を照らしていた。

 その光に、鬼に変化(へんげ)した店員の顔に、初めて憤怒以外の表情が宿った。それは、畏れであり、驚きであった。


──一体、何に畏れ、何を驚いているのか?


 しかし、理沙には、それを認識する余裕はなかった。遂に彼女の意識が途切れようとした時、不思議な輝きがその場の全てを包み、あらゆる物が光に溶けていった。


 そして……




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