邂逅④
「先輩、とりあえず今日は先輩の家に連れて行ってくれませんか?」
「俺の家?そうか、家なんてないもんな…」
「そうですそうです」
「あぁ、構わないんだけどな…」
「もぉ、先輩は黙って私の言う通りにしてればいいんですよぉ。私がすることが最善なんです」
「あのなぁ、言っとくが俺は一人暮らしじゃないんだぞ?」
少年が少女を家に入れるには非常にまずいことが一点あった。問題はそう、妹である。
極度のブラコンである妹は少年の恋愛に対して否定的であった。少年とて恋愛経験0というわけではないが悉く妹の邪魔で破綻していた。
***
「ただいま…」
少年宅は二階建て、計8部屋のアパート。その二階にある。軒並み一軒家の並ぶ住宅街には不釣合なアパートであったが少年にしてみれば気にしても仕方のないことだった。
「おにーちゃん、おかえりなさい!」
意気揚々と迎える妹は少女よりも一層小柄でさらさらと靡く黒いツインテールが特徴的だった。しかし、そんな妹の表情は少年の背後に立つ少女を目視し、曇る。
「あの…、少し2人で話できますか」
真剣な表情でそう言う妹に、少年は戸惑いを見せていた。通常なら浮気現場でも発見したかのように喚き散らしているところだが。明らかに今回は反応が違っていたのだ。
「私は大丈夫ですよぉ。すみません、先輩。少し下で話してくるので少し待っててください」
「え、お前らちょっと待てよ」
少年の制止も聞かず2人は下に降りて行ってしまった。今日は変なことばかり起きるなぁ。少年はそう考えながらも追いかけることはしなかった。
妹の真剣な表情。しかしそれ以上に気になった少女の表情。驚きと安心が混ざったような。それでいて、真剣な表情だった。もし、少女の言う先輩という人間が兄ならば妹と少女に多少なりとも関係があってもおかしくはない。触れないのが一番なんだろう。少年はそう判断したのだった。
***
「お久しぶり、ですね」
夕焼けの赤い空に遠方では暗がりの見えるころ。向かい合う二人の静寂を破ったのは妹であった。
「はい、少しだけ安心しましたよぉ。私の面影が、ここにはありませんでしたから」
そう言う少女であったが、その瞳はどこか虚空を見つめていた。
「私が意図的にしたことです。まさかあなたにもう一度会うことになるなんて思いませんでしたから…。」
「ふふっ、妹ちゃんは昔から飛び抜けて頭のキレる子でしたからねぇ〜。この超常的な現象を眼の前にしても少しも焦りの色が見えない。本当は私が今ここに居るのも妹ちゃんの計画のうちだったりするんでしょ?」
「まさか…。そもそもあなたという存在が兄から消えたこと自体、偶然の産物です。この話はもう終わりにしましょう。私がお願いしたいのは、兄の過去を掘り下げないでくれ。ということだけですから」
妹は一回転ターンするとさっきの真剣な空気を全く感じさせない笑顔で言った。
「そんなわけだから、よろしくね。おねーちゃん。さー、家まで競争だー!」
走り出す妹を追いかけながら少女は思う。これ以上、関わるべきではないのかもしれない、と。少女の探していた人間はそこには居なかった。居たのは限りなくその人物に近い、全く別の人間だった。
お読みいただきありがとうございます。
今回で第1話「邂逅」は終了となります。次話より第2話「虚構」をお楽しみください。