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【第三話 自殺を学ぼう】

 私、春野夏子。高校三年生。

 たぶん受験ノイローゼ気味。


 ーーあぁ、死にたい。


 私は受験というプレッシャーに押しつぶされそうになり、いつしか「死にたい」が口癖のようになっていた。


 しかし、こんな考えしかできなくなっていた私に、まさに打ってつけの人物が現れた。


「春野夏子さんね? あなた、最近ずっと死にたいって考えてますよね? そんなあなたに当ゼミの特別講習をご案内させていただきにきました」

 買い物に出掛けた私はいきなり後ろから声をかけてきた女性に呼び止められ、ある特別講習の招待を受けたのだ。


 ゼミの名は『自殺人死学ゼミ』


「じさつじん しがくゼミ?」

「はい。進学をモジって死学なんですが、つまり死を勉強するゼミです」

 「自殺する人って、自殺者って言いません?」

「いえいえ、自殺と殺人をかけあわせてありますから」

「……」

 自殺と殺人を掛け合わせて進学をモジって死学。

 なんとも怪しげなネーミングのゼミだったが、要するに死に対する勉強をするところだと言うことは伝わってきた。


「あなたは自殺コースでいいですね」

「コース? 他にもあるんですか?」

「は? 殺人コースですよ? 話聞いてました?」

 私はてっきり「自分を殺す」と言う意味の「殺人」だと解釈していた。


「殺人コースってどんな人が講習を聞くんですか?」

 死にたいと考える私みたいな人が自殺について学ぶのはわかる。

 しかし殺人となると、一気に物騒な話になってしまう。

(そんな人いるんだろうか)


「そうですねぇ。最近では、よく『殺すぞ』とか『死ね』とか口走ったり書き込んだりする人が増えていますからねぇ」

「え? それって本気じゃないですよね?」

 当たり前だ。今の世の中、そんなことを本気にする人なんているわけない。

 ただの貶し言葉や脅し文句だ。ニュアンスでわかる。

 本気で思っている人は、たぶん言わないで殺る。


「え? そんなことを口にするんだから本気でしょ?」

「口にしたからって本気ってわけじゃ……」

「え? 当ゼミでは、口にした人全員に特別講習を案内させていただいておりますよ? 例えば自殺コースの人でも『○○するぐらいなら死んだ方がマシ』『○○になれるなら死んだっていい』なんて人も入ってますし」 つまり、本気であれ冗談であれ口にしたら特別講習に招待されるらしい。

 さらに、招待を受けたら断ることもできないということだった。

(私は本気で思っていたから断らなかったけど、軽く口にした人はビックリだろうな)

 そんな人に心の底から同情してしまう。


「ちなみに、当ゼミは疑似体験をメインに行っておりまして、すべて体で学んでいただきます」

「疑似体験? 例えば?」

「殺人コースで例えると、あらゆる殺人の相手は自分自身。痛みも感じますから、殺す体験、殺される体験がいっぺんにできます。あくまで疑似ですし安全に学べます」

(それ怖い……) 

 私は話を聞くうちにゼミの趣旨がわからなくなってきた。 自殺コースを聞くのが怖い。

 

「ーー続いて自殺コースは……」

「いえ、結構です。講習が始まってから聞きます」

 私は自殺コースを聞いて怖くなってはいけないと話を遮った。

 気持ちが揺らぎそうだったのだ。

(ぶっつけ本番のほうがいいような気がする)


「そうですか? わかりました」

 しばらくすると、一見普通のゼミらしき建物についた。

「これは……」

 ゼミの中に入り、扉を閉めると目の前がパッと広がり、どこかの田舎を思わせる外に出た。

「え? 建物の中が外?」

「みなさん驚かれるんですよ。ここはいわゆる異次元空間です」

「異次元空間……」

 よく見ると、道が二つに分かれており、矢印で左に「自殺コース」右に「殺人コース」と書かれた看板が立っていた。

「あなたはこちら。自殺コースです。これから私があなた専属の講師になります」

 私は言われるがまま、後について歩くしかなかった。

(異次元空間で迷子は嫌だ)


「まずは飛び降りと首吊り、つづいて水身とガス、薬物と拳銃、最後に飛び込みと切腹です」

(切腹……しないわよそんな死に方)

 ここでひとつ疑問が湧く。

 ーー「と」って何だ?


「さぁ着きましたよ」

 そういう講師の目の前には、渓谷を横断する吊り橋が見える。

(吊り橋?)


 ーーこれからどんな疑似体験講習が始まるんだ?


………………


…………


……私は一通りの講習を受け、ゼミを後にした。


 別れ際に講師は一言残して消えていった。


「……約束してくださいね」

「はい。もう言いません」

「結構、ではごきげんよう」




 私は今、講習を終え自宅にいる。

「あれは無理だわ。私には無理」

 ーーまた死にたいと言ったら再度講習を受けていただきますから、もう決して死にたいなんて言わないと約束してくださいね。


「約束するわよ! あれは夢に出るレベルよ! 冗談じゃない」


ーーこれが私の受けた講習。

 まずは飛び降り自殺と首吊り自殺。


「さて、あなたには高さ十メートルのこの位置から飛び降りていただくことになるわけですが、疑似体験なのでバンジージャンプ風にやっていただきます」

 講師はそういうと私の首にロープを括り付け、ヘルメットをかぶせた。

(首?)

 そして容赦なく突き落とす。

「きゃーー!」

  私は地面ギリギリのところで首を吊ることになった。

(こんな首吊りは普通しないから!)

「飛び降りと首吊りの疑似体験ですから」

 講師は笑顔で説明をする。


 続いて水身自殺とガス自殺。

 湖に移動しボートで中央に行き、何十キロとある酸素ボンベを背負わされる。

(動けない……)

 そしてまた、身動きがとれない私は講師に容赦なく突き落とされた。

 酸素ボンベの中身はプロパンガス。

 体は浮かない、息ができない。ボンベを必死ではずしたころには湖深く沈んでおり、私はガスを吸い込んだ溺死体となった。

「疑似体験ですから」


薬物と拳銃は、拳銃に装填した睡眠薬と青酸カリのカプセルをこめかみに打ち込むというもの。 

 こめかみの痛みと薬物の苦しみをいっぺんに味わう。


 飛び込みと切腹は電車の先端につけた刃物が飛び込んだ瞬間に腹をえぐるというもの。


(これが「と」の意味か……)


 ここまでやって、まだまだ死に方があるという講師に対して「二度と死にたいとは言わない」という約束をして帰してもらったのだ。

「あの講習を受けた人は、私を含めて二度と言わないだろうね」


 ーーあのゼミはいったいなんだったんだろう……。

 私は疲れてそのまま眠ってしまった。


………………


…………


……


「君、ゼミは順調かね?」

「はい、神様。あのゼミに強制参加させた『死にたい』と口走る者・『殺す、死ねる』と口走る者は、いずれも改心し、今後一切口にしないと約束をして帰宅しております」

「うむ。結構」

「これで少しでも死者が減ってくれるとありがたいんじゃが……」

「あのような者はまだまだたくさんいますから、根気よくゼミを続けていけば必ず減ると思います」


 講師役の天使が笑顔で答えた。



おわり

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