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【第二話 自殺志願者ツアー】

 ーー樹海。

 そこは、独特の磁場により磁石も効かない未開の地。

 一度入れば方角を見失い二度と出てこれない。


 私はここを死地と決めた……誰にも知られず、誰にも迷惑をかけず、首を吊ってひっそりとこの世を去るのだ。

 ーーもうこの世に未練などない。


 一人暮らしの私は、身の回りを整理し遺書を書き、必要な道具も揃えて荷造りをした。

 行方不明で捜索されないように長期旅行というアリバイまで作って用意してきたのだ。

 あとは樹海に行くまでの交通手段をなんとかするだけ、計画は万全だ。

「誰にも邪魔はさせない!」


 そんなとき、樹海方面のツアー便に空きが出たという情報を得て予約をし、こうして今、私はバスに乗っている。


「死に向かっての最後の旅ね」

 私は、窓から見える綺麗な景色を眺め、車内で楽しげに会話を楽しむツアー客を見ながらつかの間ののどかな雰囲気を楽しんだ。


『本日は……』

「始まった。ガイドさんの案内だ」


『……自殺志願者ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます』

(え?)

 周りから歓声があがる。

(え?)


『当ツアーは、皆様、首吊り希望の方を樹海の奥地へとご案内いたします』



「首……吊り希望?」

 よく見れば、楽しげに会話してるツアー客の手元には、様々な縄が見え隠れしてる。


「あら、あなたのはただのナイロンね」

「いやぁ、金がなくて」

「ダメよ。ナイロンは伸びて楽に死ねないわよ」


「私、奮発して金を練り込んだ縄にしたわ」

「私はスマートに細いワイヤーにしたわ」


 (なんの話だ)


 すると、周りの異様な雰囲気に呑まれ、落ち着かない私に、隣に座っていたおばさんが声をかけてきた。

「あなたは『人知れず死にたい派』? それとも『これ見よがしに死にたい派』?」

「人知れず派ですかね……」

 人間は雰囲気に呑まれると弱くなるもんだと初めて気づいた。

 つい、質問に素直に答えてしまったのだ。

「あらそう、それじゃあ大変ね。おいくつ?」

「二十一ですけど、何が大変なんですか?」

「人知れず死にたい人って、案外多いから競争率が激しいのよねぇ」

 (自殺に競争率?)


 何を行ってるのかわからず戸惑っていると、おばさんは呆れた顔で説明を続けた。

「あら? あなたこのツアー初めて? 競争率って言ったら縄をかける木よ。わかる? 若いからって、ちゃんとリサーチしてから参加しなきゃダメよ?」



「は、はい。すみません」

(私は何を素直に返事してるんだ)


 おばさんの説明によると、人知れず死にたい人は、よりわかりにくい場所の頑丈な枝を早い者勝ちで獲得するのだという。

 これ見よがしに死にたい人は途中で下車し、より目立つ場所を選ぶ。

 さっき見た「金を練り込んだ縄」の持ち主は、おそらく「これ見よがし派」だ。


「あの……」

「なぁに? なんでも聞いてちょうだい。大抵のことは答えられるわよ。あっはっは」

 どうも調子が狂う。自殺志願者がこんなに明るくていいのだろうか。


「このツアーは首吊り希望者限定なんですか?」

「そうよ? 他にも飛び降りツアー、飛び込みツアー、溺死ツアーなんてのがあるわ」

 私は驚いた。もちろん、自殺の種類別にツアーが組まれていることに。


「おばさんはどうしてそんなに詳しいんですか?」

「え? そりゃあ全部のツアーに参加してきたからよ? このツアーを最後にしたいと思って参加したわけよ。あっはっは」

(全部?)


 私は、今聞いた内容を整理してみることにした。

 

 ツアーは自殺の種類別に行われている。

 おばさんは全ツアーに参加している。


 つまり、今までどの自殺でも死にきれなかったということか……。


(首吊りを選んで良かったのかもね)


 私はひと思いに死にたいのだ。

 おばさんのように何回も自殺するなんて冗談じゃない!


「ほら、あそこにおばあさんが見えるでしょ?」

「あ、はい」

 おばさんが指を指す席を見ると、確かにおばあさんが座っている。

「あんなおばあさんでも自殺を考えるんですね」

「そうなのよ。あの人、老衰で死ぬ前に事故にあっちゃって」

(ん?)

 おばさんは続ける。

「可哀想にねぇ……天寿をまっとうする前に死んでしまっては死にきれないわよねぇ」

(え? え? このおばさん、何言ってるの?)


 ーー死んでしまっては死にきれない?


「あの……死にたいから自殺するんですよね?」

「そうよ? おかしなことを言うわねぇ」


 いやいや、おかしなことを言ってるのはあなたですからっ!


「死んでたら自殺する必要なんてないじゃないですか! ふざけないで下さい!」

 あまりにも突拍子もないことを言い出すおばさんに、つい声を荒げてしまう。

「どうしたの? 落ち着いて」



 これが落ち着いてなんかいられるもんか! このおばさん、私をバカにしてるんだわ!


「死んでる人が自殺なんかするわけないでしょ? 生きるのがつらくて自殺しようとしてるのに、おばさんは私をバカにしてるんですか?」

 私は、生きる希望をなくし、静かに死にたいと思っているだけだ。

 たまたま参加したツアーでこんな屈辱を味わうなんて思ってもみなかった。


「あなた……生きてるの?」

「え? 当たり前じゃないですか」


 その瞬間、バスの中がざわめきだした。


「あの子生きてるんだって」

「信じられない」

「生きてる子が、どうしてこのツアーに参加してるのよ」


 私は乗客の疑心に満ちた視線を一身に受けていたたまれなくなっていた。


『お客様! お静かに願います! 今、本社と連絡をとっておりますので!』

 ガイドさんが必死で乗客をなだめる。


(いったいこれは……)


「どうしてこんなことになっちゃったんだろうねぇ」

「すみません、みなさん、いったい何を言っているんですか?」

 私は車内の雰囲気に呑まれ、つい「ベテラン風な」おばさんに聞いてみるのだった。


 おばさんは覚悟を決めた様子でゆっくりと説明をする。


 このツアーは「成仏できない死者が成仏をするためのツアー」であること。

 自然死で死ぬ人とは違い、自殺や事故死で死んだ人は、少なからずこの世に未練があること。

 

 どうやら、私は間違って死者の国で企画されたツアーに参加してしまったようだ。


「でも、事故死はわかりますが、自殺って納得してするもんですよね? どうして未練なんか残るんですか? どうして私に死者が見えるんですか?」

「まぁまぁ、こうなってしまったらしかたないじゃない。落ち着いて本社からの連絡を待ちましょう」 

 おばさんは、私が生きていると一瞬驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、先ほどと変わらぬ態度で接してきた。

 さすがは年の功といったところだろうか。

 しばらくするとガイドさんが乗客に説明をしだした。


『みなさま、お騒がせいたしました。そちらの生きた女性は、あまりにも生気を失っていたため、当ツアーの情報を得ることができ、こちらも生きているとは知らず受け付けてしまったらしいのです。いわば、生きてはいますが死んだも同然の女性です。目的地まで仲良くお願いいたします』



 ガイドさんは、必要以上に「生きている」を強調し乗客を納得させようとしていた。

 どうやら、死を覚悟したことで死者が見えるようになったらしい。


「それならしかたないわね」

「よろしくね」

「困ったことがあったら何でも聞いてね」


 ガイドさんの話を聞き、乗客は先ほどとは打って変わり、とても親切に声をかけてくれるようになった。

 そして、場も落ち着いたところで、私は再びおばさんに質問をしてみる。

「自殺をした人の未練って何ですか?」 そうだ。この世に未練がなくなるから自殺をするのだ。

ーーどう考えてもおかしい。理屈に合わない。


「それはねぇ、自殺した人にしかわからないんだけど……」


《首吊り自殺》

 全身から体液が飛び出すため、その汚さを見られる屈辱。

 舌を出して白目をむく気持ち悪い顔を見られる屈辱。

《水身自殺》 

 魚の餌になり、ついばまれた穴だらけの体を晒す屈辱。

 体中に入り込んだ水中生物が出てくる屈辱。

《飛び降り・飛び込み自殺》

 散乱した肉片……。

《ガス自殺》

 死臭とガスが混ざり合った異様な臭い……。


ーーなどなど。

 死んでから、発見されて味わう屈辱が耐えられないらしい。


 自殺しようとする分際で、かなり勝手な言い分なのだが、誰しも「綺麗に死にたい」と言う気持ちがあるらしい。

 自然死・病死に関しては、死ぬまでに多少なりとも覚悟ができ、急死にしても大抵の場合、綺麗に死ねるから未練は残らないらしい。


「いろいろな思いがあるんですね」

「わかってくれた? それで人には見えなくても人に見つからないところで自殺をやり直したり、見えないからこそ人通りのあるところで堂々と自殺したりして未練を断ち切るの」

「なるほど」


ーー自殺するのも楽じゃないな。


『みなさま、おまたせいたしました。当バスは、そろそろ目的地に到着いたします。お疲れ様でした』


 そろそろ目的地か……。


 私は覚悟を決めた。

 

 バスを降りたらすぐにその場を離れよう。

 こんなめんどくさいなら自殺はせず頑張って生きて自然死を選ぼう。


ーーまだ若いんだから。


おわり

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