【第一話 俺が死神様だ】
【第一話 俺が死神様だ】
「俺は何故こんなとこにいるんだ?」
俺、伊藤京介は今、何故かテレビ局の前に立っている。
「何しに来たんだっけか……」
どうも思い出せない。記憶が曖昧なのだ。
何か大事な事をしようとしてる最中に誰かに……。
俺が、霞にかかったごとくになった記憶を呼び起こしていると、後ろから声がした。
「早くしてくださいよ」
(こ、こいつは……)
そうだ。思い出した。
こいつは死神……いや、その上司である死を司る神だ。
俺は、こいつに与えられた「課題」をやりにテレビ局にきたんだった。
ーー思い出した。
そう。俺は自殺をしたくて、自殺で有名なあの崖にいた。
この世に未練なんかなかった。
楽になれるはずだったんだ。
ーーところが。
「もしもし? あなた、これから自殺するつもりですね?」
「悪いかよ! ほっといてくれ!」
俺は、ヤケになってたこともあり、声の主の顔すら見ないで返事をした。
「無理ですよ? 無駄です」
その声に反応して振り返ってビックリした。
声の主は、顔こそ中性的なイケメンだが、黒マントに大ガマ。
どうみても死神だ。
「ふっ。死が近いと死神が見えるのか。いい経験だ」
俺はさほど驚くこともなかった。
これから死ぬのだ。見えて当たり前ぐらいに思ったのだ。
「それは違いますね。ハズレです。かすりもしてません」
「じゃあなんだよ! お前は誰だ!」
淡々と喋るその口調と人を小馬鹿にしたような物言いに、俺はついに頭に来て怒鳴りつけてやった。
「私ですか? 私は死神の上司、死を司る神です。もっとも、日本担当の神ですが」
「で? その神が俺に何の用だ?」
もはや突っ込む気にもなれなかった。
ーーさっさとやり過ごして飛び降りよう。
「だから無駄ですって」
「!」
心を読まれた! どうやら本物らしいというのだけは伝わってきた。
しかたなく俺は、話を聞くことにした。
「で? 俺に何の用だ?」
死を司る神は、俺に聞く気があるとわかると、ニッコリと笑い口を開いた。
「実はですね。日本って、世界的に見ても自殺者が多いらしいんです。でね、このたび、自殺者に限り、ある条件をつけることにしたんです。そうでもしないと人手不足が解消されなくて」
「条件?」
「はい。今日から、課題をクリアした人は自殺をしてもいい事にしました」
「課題? そんなの、今もどこかで誰かが死んでるんだ。できるはずがない!」 自殺に課題だと? 意味がわからない。
「そこですよ! 死神の上司たる私がここにいることでわかりませんか? 今、死神は総出で自殺者を止めてますからね。人手が足りなくて私がここにいるんです」
つまりはこういう事だった。
昨今、日本の自殺者人口が増加の一途をたどり、それ以外の死人を含めると死神の仕事は激務につぐ激務を強いられ、精神的に追い詰められた新人に自殺者まででるようになった。
そこで、死を司る神は自殺者に課題を与え、できなかったものには死を与えてやらないことにした。
ーーという、なんとも身勝手な提案だった。
「死神も死ぬのか?」
「そりゃあもちろん、死神も一応生きてますからね」
「……で? 俺は何をしたらいいんだ?」
さっさと課題とやらをクリアして死んでやる! 俺はそう心に誓い、話を聞くことにした。
「ふむ。話が早い。あなたの課題は『自殺者に課題を出すこと』です」
「は?」
「ですから、これから、日本から自殺者がいなくなるまで自殺者に課題を出し続けてもらいます」
「断ったら? 今ここで飛び降りたらできないよな? せいぜい俺が死んだあと、ゆっくり魂でも回収してくれ」
そんな課題を受けてたまるか!
「ですからぁ……あなたは死ねないんですって。頭悪いんですか? 第一、あなたは大きな勘違いをしてらっしゃる」
「勘違い?」
「そうです。死神は魂の回収が仕事。私は死を与えるのが仕事。私のサジ加減で人は楽に死ねたり苦しんで死ねなかったりします」
なんとも無茶苦茶な言い分だ。
「だったら、死人を減らすように自殺者を死なさなきゃいいだけなんじゃないのか?」
「は? 全員? そんな無茶苦茶な……そんなことしたら死神より忙しくなるじゃないですか。課題を出すのも一人が限界です」
(こいつダメ上司だ)
死を司る神は、死人は減らしたいが楽もしたい。
そこで、誰か適当な人間を捕まえて、本来の仕事を押しつけようとしている。
ーー適当な人間。つまり俺。
「それでもやらないと言ったら?」
「未来永劫死を与えてあげません」
「……」
「やる気が出てきたでしょ?」
「なんで俺なんだ?」
「たまたまです」
「……」
ーーやるしかなかった。
更に死を司る神はとんでもないことを言い出した。
「今、ちょっと思いついたんですが、自殺って『自分を殺す』って書きますよね? つまり殺人です」
「……」
「こうしましょう。自殺を含める殺人はすべて対象ということで」
ーーやるしかなかった。
そうして決まった内容がこれ。
《自殺及び殺人規定》
一、自殺希望者は与えられた課題をこなすまで死ねない。
二、規定を破って自殺する者はすべて未遂となり、痛みと共に未来永劫死ねない。
三、殺人を企てる者は対象の痛みをそのまま受ける。
四、自殺に追い込むようなイジメ等も該当する。
五、課題をクリアすれば楽に死ねる。
つまり、自殺がしたいなら課題をクリアしなさい。
規定を無視したら、はらわたが飛び出ようが脳みそをぶちまけようが首の骨を折ろうが、そのままの状態で痛みを感じながら未来永劫生きつづけなきゃいけない。
殺人を犯そうとする者はすべて、その相手に与えたであろう痛みと恐怖心を跳ね返されたまま未来永劫生きつづけなければいけない。
イジメに関しても同様。
(ある意味、死ぬより辛いな、これ)
「よろしいですか? この規定をもって、日本から自然死と事故死以外の死人をなくして下さい。そうすればあなたは晴れて自殺で死ねるようになります」
「わかった」
「契約成立ですね。ではこれを……」
死を司る神は、俺に手をかざし、なにやらつぶやいた。
「今、何をした?」
「はい。あなたに千里眼と千里耳を与えました。これで任意の者を見ることができ、任意の心の声を含めたすべての声が聞こえます」
「それって……グフッ」
「もちろん、死にたがってる人や殺人を犯したいと思ってる人限定ですよ? 変なこと考えないで下さいね」
「ちっ」
一瞬期待した俺がバカだった。
「さて、契約も成立したことですし、これからどうされます?」
「そうだな……いきなり心の中に呼びかけても信用されないから、最初は大々的に告知するかな」
「ーーと言いますと?」
「テレビ局に行って全国放送をしてもらう。テレビ局に行ってデモンストレーションでもしたら信用してくれるだろう」
「なるほど。では連れて行ってあげましょう。少し記憶が飛びますから気をつけて下さいね」
「どうしました? 記憶は大丈夫ですか?」
「あぁ……今、思い出した。んじゃ行ってくるよ。あっ……」
「どうしました?」
「俺は死神ってことでいいのか?」
「はい。それで結構ですよ。頑張って下さいね」
そう言い残すと、死を司る神は消えていった。
「さて行くか……ちゃんと自殺ができるように課題をクリアしなくちゃな」
おわり