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一筆啓上! 言葉使い  作者: さくらうづき
赤い服の少女
9/38

2-2

鼎神社は龍城市の中心部からやや北へ行った小高い丘の上にある。

市の中央から北は丘が多く起伏が激しい地形をしており、それらの丘の連なりをして竜の背中がうねっているかのようという言い伝えが残っているほどだ。


「そういえば部活はいいのか」

「行きたいんだけどさ、さすがに早貴おねーちゃんのお願いは断れないでしょ」

「だよな」


自転車を駐車場にとめて緩やかに続く階段を昌美と並んで上っていく。階段の両側に並ぶ立派な狛犬が俺たちを出迎え、その先には大きな石造りの鳥居が待っていた。

鳥居をくぐって境内に入り、ぐるりとあたりを見渡す。

バスケットコートを二つ並べてとれるぐらいの広さの下の境内のあちらこちらに石造りの灯篭があった。龍城市では良質な御影石がとれる事から、市内の神社仏閣には石造りの灯篭や像が数多く奉納されている。ライトを探している時にも動物を象った石像は街中でよく見かけた覚えがある。

境内の北側には馬にまたがり弓を構える武将の像があり、その周囲にはたくさんの梅の木が風にそよいでいた。鼎神社は見事な枝垂れ梅の木がある事でも有名だ。地面には幾重にも張った木々の枝葉の影が落ちている。


「あー、なんかこの神社って涼しいよね」

「そうだな。やっぱり木が多いからかな」


鼎神社は丘を削って建てられており、境内は大きく二段になっている。

段差の部分はまるでお城のような石垣が積まれているので、小さい頃はこの石垣を使ってロッククライミングの真似事をよくしたものだ。

拝殿や本殿へ行くには下の境内の北東側か北西側にある階段を上る必要がある。斑に落ちる影をくぐりながら参道が続く北東側の立派な階段を上って奥へと進む。

階段を上がってすぐの左手には手水舎があり、石で造られた竜の口から清らかな音をたてて水が流れていた。

参道の先に階段があり、その手前には見た感じからしてかなりくたびれた狛犬が並んでいる。この神社に三つある狛犬の中ではここのものが最も古い雰囲気だ。

階段を上るとひっそりとたたずむ拝殿が参拝客を出迎える。開け放たれた扉の奥に様々な祭具が並んでいた。

拝殿の左手に社務所があり窓口には色とりどりの袋に入ったお守りが並んでいる。商売繁昌、家内安全、厄除け、勝守。他には破魔矢に神札、それにおみくじもある。


「こんにちわー」


社務所の窓口から頭を突っ込んで呼びかけた昌美の声に奥から返事がある。

やがてパタパタという足音と共に緋袴姿の早貴さんがやってきた。


「昌美ちゃん、来てくれたのね。それに圭二くん、よね? ふたりともいらっしゃい」


ふんわりとした笑顔で早貴さんが歓迎してくれた。

優しい顔立ちに艶々とした黒髪、すっと伸ばされた背筋のせいか巫女装束姿がすごく様になっている。

以前に比べるとずっと華やかになったようだ。こうやって顔を見ているだけでも気恥ずかしいほどに。


「もう、やだなー。この前、昔話に花を咲かせたばっかりじゃないですか。それに去年からは年末年始のお手伝いもしてるんですから。正直、アルバイト代はもうちょっと欲しいですけど」

「うふふ、そうだったわね。ごめんなさい」


せっかちで活動的な昌美とおっとりのんびりしている早貴さんは何故だか相性がいいらしく、俺だけが会話に入れない事が多い。世の中はままならない。


「それで、お手伝いってなにをしたらいいんですか」

「この前、大きな地震があったでしょ。ここの神社は古いからあちこちに被害があったみたいでね。仕事の合間にお父さんと見て回ってるんだけどふたりだけだととても回りきれなくて。だから小さい頃からここでよく遊んでた昌美ちゃんたちにお手伝いをしてもらえたらなって思ったの」


当時の俺たちはガキ特有の遠慮のなさを遺憾なく発揮して、勝手気ままにこの神社の隅々まで探検をしていたから、そういった役回りはうってつけだ。

それにこの依頼は、あの当時の不法侵入を含めたイタズラでかなり目を瞑っているからその相殺という意味も言外にあるのではないかと予想される。その程度の察しはついた。


「あー、なんか最近は地震多いですよね。カツダンソウがどうとかだっけ?」

「それはあんまり関係ないと思うぞ」


龍城市は龍城平野の東側に位置しており、比較的地盤は安定している。

ただ最近になって地震が多いのも事実なので、近いうちに大きな地震が来るのではないかと噂されていた。


「じゃあ、あたしたちは裏の森を見てきたらいいのかな」

「あ、その前に立ち入り禁止のところがあったら先に教えておいてください」

「うふふ、いつの間にか圭二くんはそんな気遣いができるようになったのね。それにしばらく見ない間に大人っぽくなっちゃって。なんだかうれしいわ」


華やかな笑顔を向けられて思わず照れる。

大学に行く前の早貴さんと話していてもこんな事はなかったのに。これが大人の女性の持つ色香というものなのかも知れない。


「いや、それほどでも……」

「そんなにほめないでいいですよ。どうせカッコつけてるだけなんですから」

「うるさい、黙れ」

「ふふ、ふたりは本当に仲がいいわね。うらやましいわ」


そんなところを羨ましいと言われても対応に困る。


「特に気にする必要がないなら、俺たちは裏の森を見てきますけど」

「お願いね。いくつか敷地内には結界もあるけど、きっとあなたたちなら関係ないと思うから気にしないで」


なにやら不穏な単語が紛れ込んでいた。


「結界ってゲームとかで出てくるあの結界ですか!? すごい、なんかカッコいい!」


盛り上がる昌美と違い、俺は内心で冷や汗をかいていた。

結界などというものがあるところを我が物顔で闊歩していたかつての自分たちの無謀さに呆れるしかない。


「そうよ、だってこの神社は悪しきモノとかを封印しているんだから。それに伝説の武器みたいなのもあるのよ。すごいでしょ」

「すごいすごい! あたしも悪魔封印術のマスターとか専用武器を装備してみたいですっ」


テンションがマックス振り切った昌美とにこやかな笑顔を浮かべる早貴さんの会話が弾んでいる。

その横で俺はますます苦りきった顔をしていた。


「とりあえず、その結界とやらは安全なんですよね? 足を踏み入れたら異世界に飛ばされるみたいな展開があると怖いんですけど……」

「ふふ、だったら小さい頃にこの神社のあっちこっちを探検してた圭二くんたちは大変なことになっていたでしょうね」


確かにそうだった。

今日まで無事だったという事は、それほど気にする必要はないのか。


「裏の森で崩れたところとかあったら教えてね。そういう場合は無理しないでいいから」

「大丈夫ですよ、運動神経だけはいいですからっ」

「馬鹿、俺たちが怪我したら早貴さんの責任になるんだからそういう場所には立ち入るなって事だよ。運動神経とかの問題じゃない」


しっかりと釘を刺しておく。


「そんな事より壊れた場所とかがあっても大丈夫なんですか」

「結界のこと? それは大丈夫よ、ただの言い伝えだし。物理的にどうこうっていうのはないと思うわ。でも圭二くんのいうとおりケガだけはしないようにね。なにかあったとしても勝手に判断しちゃダメよ」

「どうしてあたしを見てるんですか?」

「そりゃ、お前は勝手に判断を下して無茶をするからだろ」

「そんなことしないってば!」

「ふふ、小さい頃はしてたみたいだけど?」

「う、それはその……あたしだってもう高校生なんですから、そういうブンベツとかはついてますから!」


ばれないようにそっと心の中でため息をついた。

昌美に分別がついていれば、俺がひどい事に巻き込まれる回数は減っているはずだ。


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