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「ライト! よかった、心配してたんだよ。よかった、よかったぁ……」
ライトを胸に抱きしめて、涙を流しながら能見は再会を喜んでくれた。
こんな光景を拝めるのなら多少の苦労なんて気にはならない。これぞまさにヒーローの役得ってやつだろう。
「三木さん、泉くん。本当にありがとう!」
「えへへ。よかったね、ライト」
ライトは足元にまとわりつきながら、愛想を振りまくように尻尾を懸命に振っていた。
「まあ、俺は昌美に付き合っただけだし」
「それでもありがとう。二人のおかげだよ。あ、そうだ。何かお礼をしないと……」
「あー、そんなのいいって。俺は昌美のワガママに付き合っただけなんだし。ライトがみつかったのはそのついでだよ」
「でも……」
「だったら、また来ていい? んで、ライトと遊ばせて」
助け船を出すように昌美が提案をする。
こういうさりげない気遣いができるのが、昌美のいいところだ。
「そんなことならいつでも」
「やったね。ライト、わしゃわしゃさせろー」
ガオーと叫びながらライトを追いかけ始めた。
ライトは昌美が遊んでくれると思ったのか、ひゃんひゃん鳴きながら走り回っている。
「うふふ、とっても仲良しだね」
「そうか? いじめてるようにしか見えないけど」
「ライトは尻尾振ってるから。素敵な遊び相手が見つかったと思ってるんじゃないかな」
「そんなものか。あいつは犬並の知能しかないからちょうどいい遊び相手なのかもな」
「ちょっと、誰の知能がゾウリムシ並か!」
さすがに単細胞生物までは言ってない。
「よかったね、ライト。素敵な遊び友だちができて」
「あー、いいなー、かわいいなー。うちでも犬とか猫を飼わせてもらえないかなー」
昌美のお母さんは動物が苦手だから無理な相談だった。
これまで何度か頼み込んでいたが、その度に却下されている。
「じゃあ、そろそろお暇するか」
「そうだね。もうちょっと遊んでたいけど我慢ガマン。じゃあね、ライト。また遊ぼ」
つぶらな瞳で見上げられると、帰る決心が揺らぎそうになる。
「ううううっ、おねがい、そんな目であたしをみないで……帰れなくなっちゃう……」
「うふふ、また遊びに来てね」
「うん、もっちろん」
玄関を出るとさすがに日もすっかり沈んでしまい、夜の帳が降りていた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「仕方ないさ。でもまあ、ライトが無事に見つかってよかったよ」
「うんうん。いいことすると、やっぱり気持ちいいよねー」
昌美が「うーん」と大きく伸びをするが、残念な事に制服の下にある胸の自己主張は控えめであった。
まあ、これも個性と言えなくはないか。
駐車場に置いてあった自転車にまたがって帰路に就く。ここからだと俺たちの家までは二十分ほどだ。
帰り道の昌美は終始ご機嫌で鼻歌まで披露してくれた。
ご機嫌すぎて自転車がふらふらして危なっかしいのだが、車も人通りもないので放っておく。
ヒーローになりたい昌美はこうして目についた人たちを助け、そんな昌美を助ける事で俺はヒーローに憧れるようになった。
困っている人がいたら助けてあげたい。
当たり前の事を肩肘張らずに口にして、当然のように実行に移せる昌美の事を俺はいい奴だと思っているし、自分もまたそうありたいと思う。
この関係が既に十年近く続いているのは、ちょっとした奇跡なのかもしれない。なにしろ高校生になっても昌美はこういう事を意識しないでやれているのだから。
もっとも、今の俺なら少しは本物のヒーローに近づけるかもしれない。
あの筆の力を使えば高い塀をジャンプで跳び越えたり、小さな声を聞き届ける事もできる。
しかし同時に、この力は危険性もはらんでいた。
人間はとかく突出している者を嫌う。出る杭は打たれるとはよく言ったものだ。
その意味で昌美の目の前で能力を使ったのは不用意だった。
ヒーローだからこそ、秘匿しておかなければいけない事がある。
正体を明かさないというのは、ヒーローのお約束だ。
あの大穴からジャンプして脱出できた理由を昌美は知りたがるだろう。それをどうやって説明して、納得してもらうにはどうしたらいいのだろうか。
まったく迂闊な行為だった。自分の軽率さに歯噛みする。思いがけない力を手に入れて、それを誰かに自慢したいという慢心があったのかもしれない。
次の道を右折すると家のある路地に入るというところで昌美の自転車が止まる。
ぶつかりそうになって、慌ててブレーキをかけた。
「いきなり止まるなよ。危ないだろ」
昌美は俺の抗議の声など聞こえないというように首をかしげている。
「なんかケージに聞かないといけないことがあったと思うんだけど……なんだっけ?」
最初は冗談を言っているのかと思ったが、昌美の顔色を見るにそうではなさそうだった。
危険はあるが、探りを入れてみる。
「そんな事よりさ、あの大穴から出る時は大変だったよな」
「ああ、あれはね。でもあたしとケージなんだし、あの程度は問題ないってことでしょ。久しぶりに連携プレイ炸裂って感じで楽しかったよね」
「連携プレイ?」
「あたしが先に穴から出て、ケージを引っ張り上げる。なんか栄養ドリンクのコマーシャルみたいだったよね。ふぁいとー、いっぱーつ!って」
両手を振り回して『あの時の事』を再現している。しかしそれは実際に起きた事とは違う行動だった。
昌美は先に穴から出ていないし、俺を引き上げてもいない。
実際は俺が筆によって跳躍力を高め、昌美とライトを抱え上げて跳びあがったのだ。
しかし昌美はまったく違う行動を二人がとったと記憶している。
これはいったいどういう事だろう?
「高校に入って部活が忙しかったから最近はケージといっしょにこういうことできなかったけどさ、また前みたいにいろいろやれたらいいよね」
「あ、ああ……」
いくら昌美のオツムが残念な出来とはいえ、ほんの一時間ほど前の事を覚えていないとは考えられない。
「だからさ、またなにか困っている人がいたら助けてあげようね。龍城英雄隊の復活ってことで!」
「お、おう、そうだな」
しかし、『ドラゴンヒーローズ』というネーミングセンスもどうだろうかと思う。
小学生時代の自分たちを小一時間問い詰めたかった。あまりに恥ずかしすぎる……。
「やった、さっすがケージ」
話をしながら自転車を引いて歩いていたら、いつの間にか昌美の家の前に着いていた。
「んじゃ、また明日ねー!」
昌美は満面の笑顔で手を振ると、門扉を開け自転車を引いてガレージへと入っていく。
玄関の扉を開けた昌美の後ろ姿が見えなくなるまでその場に立っていた。
家に戻ってご飯を食べ、お風呂に入って自分の部屋でのんびりしながら、どうして昌美が穴から出た時の事を忘れてしまったのかを考えていた。
あいつの頭が悪いからという可能性が真っ先に浮かんだが、さすがにそれはあんまりなので候補から外す。
昌美が気を使って、知らないふりをしてくれたという事も考えられる。
ただ、ある意味で空気を読まない昌美の事だ。気になる事があれば確認せずにはいられないだろう。だからこの可能性は低い。
ヒーロー物にありがちなご都合主義というのはどうだろう。
例えば、変身ヒーローの正体がばれそうでもばれないというあれだ。
戦隊モノやライダーモノだとマスクをつけるから正体はまずばれないが、女の子向けの場合は顔はそのままでコスチュームだけ変わるというのがある。
常々あれで正体がばれないはずがないだろうと思っていたのだが、『ご都合』というやつがあればいくら顔を見られても大丈夫だったりする。
つまり昌美にも同じような『ご都合』が発動してくれたという可能性だ。
「うーん、ありえる……か?」
かといって、わざわざ昌美に確認をして墓穴を掘るのも馬鹿らしい。
結局、結論は出ないまま朝になってしまった。




