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一筆啓上! 言葉使い  作者: さくらうづき
手にした力
4/38

1-3

「あのね、ここ何日かサワちゃんの様子がおかしいと思わない」

「サワちゃん?」


そんなあだ名を出されても誰なのかさっぱりわからない。


「あ、サワちゃんっていうのは能見のみ佐和理さわりちゃんね。佐和理だからサワちゃん」


誰の事を言っているのかわからずに考え込んだ俺を見て、サワちゃんの補足説明をしてくれた。

説明は助かるが、もう少し可愛いあだ名をつけてやれよと思う。


はて、能見佐和理とは誰だったかと記憶を手繰ると、地味であまり目立たないクラスの女子の顔が思い浮かんだ。

別に能見の事を悪く思っているわけではない。接点がなくてほとんど話した事がなく、印象が薄かっただけだ。


「能見の様子がおかしいって言われてもな……」


そんなわけで最近の様子をどうこう言われても思い当たるところはまったくない。

いつも教室の隅で静かにしている姿ぐらいしか覚えてなかった。

そもそも昌美と能見だと性格がまったく違うし、教室で仲良く話している姿もあまり見た事がない。

女子は仲のいいグループが大体決まっていて、一度作ったグループから離れる事はほとんどないようだし。

例外は昌美ぐらいなものだろう。

昌美は誰とでも気兼ねなく話をするから、俺が知らないところで親交を深めている可能性はある。

だからこそ逆に、昌美と能見がいつも一緒というわけではないのは確かだった。


「お前、能見とそんなに仲良かったっけ」

「仲はいいよ」


なんでそんな事を聞くの?みたいな顔をする。


「教室で話しているとこ見た事なかったように思ったからさ。いつ友達になったのかなって」

「いつだっけ? あんまり覚えてないけど、でもよくお話とかするし。知ってる? サワちゃんって犬を飼ってるんだよ」


別に能見が犬を飼っていたとして何もおかしい事はないだろう。

これがイグアナだのニシキヘビだのなら変わってるなという感想でも抱くところだが。オオサンショウウオだったりすればいろいろと興味深いところでもある。


「で、能見の様子がおかしかったから話を聞きにいくとでも」


仮に能見が何かに悩んでいたとして、それを俺たちが解決できるとは限らないし、場合によってはおせっかい、踏み込まない方がいい場合だってある。

もちろん俺たちが手を貸せる事であれば喜んで貸そう。ほとんど接点がないとはいえクラスメイトが困っているのだったら力になる事に否やはない。

ただ本人が他人の力を借りたがるかどうか、本当に俺たちが手助けできるかどうかが問題だ。

もっとも昌美の事だ、強引でも無理やりでもそのあたりは突破してしまうんだろう。こうしてクラスメイトのために昌美が何かをしようというのも、俺に協力を求めるのも初めてではないのだから。


「さっすがケージ、わかってるじゃん。やっぱりさ、クラスメイトが困っていたら助けるのは当たり前だよね!」


今の俺の考え方って昌美の影響を受けているよなぁとつくづく思う。

小さい頃の俺はこんな考え方をしていなかった。どちらかというと他人と距離を置いて、一人で過ごす事が多い子だったのだから。

昌美はあの頃からちっとも変わっていない。今でもきっとヒーローになる事を諦めていないのだと思う。

そっと心の中でため息をつきつつ、少しだけそれが嬉しかった。ヒーローは俺の憧れでもあるんだから。


「まあ、いいさ。それで、肝心の能見はどこにいるんだ」

「たぶんここ」


足を止めた昌美が指差したのは図書室だった。


「そういえばケージってここの図書室使ったことないの? 小っちゃいころは本をいっぱい読んでたと思うけど」

「最近は勉強とかあるからあんまりだな」


小学生の頃はシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンといった海外の推理小説や冒険小説を好んで読んでいた。そっち方面は今でも好きなジャンルだ。


「あら、珍しいじゃない。泉君と三木さんがおそろいで図書室に来るなんて。もしかして、明日は久しぶりの雨になるのかしら」


俺はとりあえず置いておくとしても、勉強の二文字とは最も縁遠い場所にいるであろう昌美が図書室へ顔を出したとなれば、翌日の天気は大荒れ必至という感想を持つのはあながち間違いとは言えないだろう。

だがしかし、それをそのまま言葉にするのはいかがなものだろうか。

まあ、そういった遠回りな表現では、昌美に真意は伝わらないだろうけど。

声の主は受付カウンターにいた。俺たちを見て、そっと微笑んでいる。


「あれー、イインチョーだ。久しぶりー。こんなところでなにしてるの」


昌美のよく通る声を咎めるように、イインチョーと呼ばれた女子はメガネを外すと眉根をきゅっと寄せる。


「久しぶりって、さっきまで教室で一緒だったでしょ。私がここにいるのは図書委員だから。今日は当番なの。それとイインチョーって呼ばないでっていつも言ってるでしょっ」


立て板に水とはまさにこの事。

それよりなにより、小声なのに確実に怒りの色をはらんでいるのをきちっと伝えられるイインチョーの声に驚いた。なかなかの役者だ。


「ごめんねー、イインチョー」


昌美は両手を合わせて拝む。それを見て諦めたのか、イインチョーは大きなため息をひとつついた。

残念ながらすっかりクラスに定着してしまった呼び方はそう簡単には修正されない。


イインチョーこと美門みかどゆきは俺たちのクラスメイトだ。

図書委員なのにどうして彼女をイインチョーと呼ぶのかと言えば――成績優秀、品行方正、少々厳しい事を言うけれど真面目で一生懸命、面倒見がよくてどんな相談にも乗ってくれ、先生たちの受けがよく、責任感もあると、まさにイインチョーにうってつけの設定揃いのせいである。


正直な話、ここまで直球ど真ん中なイインチョー属性をもっている人がこの世にいるとは思わなかった。

世にあまねく存在する「イインチョー」と呼ばれる人々はこれらの属性のごく一部を有しているだけだと推察される。

俺たちのイインチョーほどの属性合致率はまさに奇跡と言っても過言ではないだろう。

彼女をイインチョーと呼ばずしてなんとするというのが本人を除いたクラス全員の一致した意見だった。

惜しむらくは、この学校にクラス委員長という肩書きがない事ぐらいか。


ちなみに俺たちの学校では生徒全員がなにがしかの役職についている。

イインチョーが図書委員であるように、俺は清掃委員だ。掃除道具が揃っているかとか、きちんと掃除がされているかをチェックしたりする。

昌美はまさに適役の運動委員で、体育祭の運営とかが主なお仕事だ。

いわゆる学級委員長みたいなのはこの学校に存在しない。

それゆえクラスで美門を「イインチョー」と呼んでもなんの不具合もないわけだ。

一応、それらしい役割をあてられた役職は総務と呼ばれているんだが閑話休題。


「そういえばイインチョーってメガネしてるんだっけ」


俺の記憶では教室でイインチョーがメガネをしているところを見た覚えがない。


「本を読んだりする時はね。授業中もしてるけど、終わると外すようにしてるから」


それならメガネをかけた姿に見覚えがないのにも納得がいく。


「図書委員の仕事ってさ、その本を全部読むことなの?」


昌美の質問にそんなわけがあるかと思いつつ、俺はカウンターに置いてある薄いA5サイズの本を一冊手にした。パラパラとめくってみる。


「まさか。こっちのは返却された本よ。このあと書架に戻すの。泉君が持ってるのはさっきまで私が読んでいた地域史研究の本ね」

「ねえねえ、それ、どんなこと書いてあるの」


縦書きの細かい字がびっしりと並んでいる。ところどころに挿絵とか半分つぶれたような写真やら表、地図などが載っていた。


「それは風習や伝承とかを地元の有志がまとめたものね。ご当地でしか流通しないから、なかなか手に入らない本なの」

「デンショーって……なに?」

「古くから残る言い伝えとか、習慣とかそういうもの。わかりやすく言えば、昔話みたいなものかな」

「みやげ物屋に小さい絵本みたいなのがあるよな。あんなのの詳しい版みたいな感じか」


くすりとイインチョーが微笑んだ。なかなかいい笑顔である。

間違って恋に落ちたとしてもなんの不思議もないほどに魅力的だった。


「へえ、それって面白いの」


昌美は背伸びをして俺の手元にある本を覗き込む。


「そうね、いろいろと知らないことが載っていて勉強になるわ。知識はいつどこで必要になるかわからないから」


昌美の頭が邪魔なので手で払いのけようとするが、ひょいとかわされる。

睨みつけると勝ち誇ったようにニヤリと笑う。無駄に運動神経だけはいい。


「龍城市だと、やっぱり要石が有名かな。もっとも日本の要石よりはずっとマイナーだし、封じているモノも違うけどね」

「カナメイシって……なに?」


昌美の頭の上に?がいっぱい浮かんでいるのが見える気がする。俺も同じようなものだが。


「簡単に言ったら悪いモノを封じ込めるための石と言ったらいいかしら。外へ出て悪さをさせないための重しみたいなものね」


漬物でもあるまいし、重し石程度で封じられるものなのか疑問ではある。


「ワルイモノっていうのはあれか、お化けとかそういうの?」

「あやかし、けしょう、ようかい、へんげ、ばけもの……いろいろ言い方はあると思うけど、そういうモノね。人の世にあってはならないモノ、人の社会に災厄をもたらすモノ。放っておくと害悪を周囲にまき散らしてしまうから封印してあるってことなんでしょう」


そもそも科学が支配する現代に生きる人はそんな化け物が本当にいると思わないだろう。

そういうのはきっと、

『こんなところに大岩があるって事は鬼がこの岩を投げたに違いない』

とか、

『この木がこれだけ巨大になったのは神様が剣を立て掛けたからだ』

みたいなただの事象に都合のいい解釈を加わえて自分たちを納得させるために生まれたものがほとんどなんだと思う。


きっとその要石っていうのも、

『この珍しい石は悪いものを封じているのだろう』

なんてお話ができて今に至るってあたりが真実なんじゃないだろうか。


「おおっ」


しかし約一名は違ったらしい。

幼い頃からヒーローになる事を夢見ていた昌美にとって敵となりうる存在がいるのは自らのアイデンティティの確立に欠かせない要素だ。


「一番有名なのは鹿島神宮にある日本の要石ね。地震を起こす大鯰の頭の上に置いてある石って言われてるの。だからその要石が外れてしまうと日本に大地震が起きるそうよ」

「でもさ、地震ってなんとかいう石がズレるときに起きるんでしょ。なんでそれがナマズになっちゃうの?」

「石じゃなくてプレートね。日本にはいくつものプレートが集まっていて、そのせいで地震が多いって言われているの。プレートが沈み込んでいくことでエネルギーが蓄えられて、それがズレて元に戻る時に地震が起きるっていうのが一般的な地震の解釈よ」


非常にわかりやすい説明だった。

これならさすがの昌美でも理解できただろうと思ったのだが、そうは問屋が卸してくれない。


「じゃあさ、この町の要石っていうのはどんなのを封印してるの? ナマズじゃないならドジョウとか?」

「待て待て、ドジョウと地震の相関関係はないだろ」

「えー、だって日本のカナメイシがナマズなら、ここのはドジョウかなって」


頭が痛くなってきた。それはいくらなんでも短絡的すぎる。


「私も詳しくは調べたことがないからよくわからないんだけど……なんだか形がはっきりしないモノを封じているみたいよ。ほら、鼎神社ってあるでしょ。学校から少し南に行った小高い丘のところに。あそこが要石のある場所なんだけど」

「鼎神社って早貴おねーちゃんのところだよね。ほら、大きな鳥居と馬の像がある」

「ああ、あそこか。小さい頃はよく遊びに行ったな」

「行ったねー。神社のすみに土俵があってさ、相撲やってケージをぶん投げたんだよね。こう、二丁投げーって」

「違うだろ、俺だってたまには勝ってた!」


俺の記憶では五分五分だったはずだ。決して一方的に負けていたわけではない。


「しぃー。泉君、声が大きい」

「ご、ごめん……」

「やーい、怒られたー」


いつだって俺が怒られるのは昌美がらみだった。いい加減、悟りが開けそうだ。


「要石の事はよく知らないけど、石っていえばでかい鳥居の上に石を投げて置いたよな。俺や早貴さんは普通に投げてたのに、お前だけよじ登って置こうとしてさ」

「ええ!? 三木さん、鳥居に登っちゃったの」

「そうなんだよ。そういや鳥居って神様の通り道だよな。考えてみたら、すごい罰当たりな事をしてた気がするぞ」

「えへへ……なんていうか、若気の至りってやつ?」


それは違う。

いや、言葉としては正しいけど違う。


「そいえば、境内に弓矢を構えた銅像もあったよな。いかつい顔してさ、こうやって弓を引いてるの」

「あったあった。あれにも登ったよねー」


いや、登ったのはお前だけだ。


「……はあ。小さい頃に三木さんと遊んでいた人は気が気じゃなかったでしょうね」


しみじみ言うイインチョーの言葉に深く肯く。

これ以外にも神社の裏にある森に秘密基地を作ろう計画や変わった石を掘り起こしてみよう作戦、舞殿でやった花火だとか……特に花火はボヤ騒ぎを起こして大変な事になった。


「いけない、つい長話になっちゃった。二人は本を借りに来たのかしら。どういうのを探しているか教えてくれたら手伝うけど」

「んとね、本じゃなくてサワちゃんを探しに来たの。見なかった?」

「さわちゃん?」


イインチョーの視線がすっと中空をさ迷う。


「もしかして……能見さんのこと? 能見佐和理さん?」

「うん、そうっ」


いきなり「さわちゃん」では普通ならわからない。

クラスメイトの俺と昌美が一緒に行動をしており、探し人の所在を聞いたのだから同じクラスの人から該当する名前を探し出したというところか。なかなかの推理力だ。


「能見さんなら閲覧室の奥の方にいたと思うけど。でも、あんまり騒いだらダメよ。他の人たちが個人ブースで勉強してるからね」

「うん、ありがと、イインチョー」

「もう、イインチョーって呼ばないでって言ってるのに……」


ちょっと拗ねたような顔もなかなかに魅力的だった。



イインチョーに教えてもらった通り能見は長机の一角を占めてノートを広げていた。

真面目に勉強をしているところに声をかけるのは邪魔するみたいで気が咎める。

と、そんな無防備な背中にいきなり触れた不埒者が約一名。


「ねー、サワちゃん、ちょっといい」

「ひゃっ」


可愛らしい悲鳴だった。

しかしいくら可愛いとはいえ悲鳴は悲鳴だ。何事かと周囲の目が一斉にこちらを向く。


「す、すみません……」


慌ててあちこちにペコペコと頭を下げる。

何事もないとわかると、みんな自分の手元に視線を落としてくれた。

いつだって俺は昌美の尻拭い役だ。いい加減、この立場から解脱したい。


「驚かせちゃってごめんね」

「あ、いいえ、別にその……えっと……三木さん?」


首をかしげると腰まで届く長い髪がさらりと音を立てて揺れる。

少しだけ茶色がかって見える髪だが手入れがいいせいか艶々と輝いていた。


「ちょっと話がしたいんだけどいいかな? んー、長くなりそうなら外へ出るけど」

「えっと……今すぐ、ですか。その、どういったお話でしょう」


二人の会話がかみ合っていない。

昌美は自分がどうして声をかけたのか最初から説明をする気がないので、能見が状況を理解できないのは仕方がないところだ。


「ちょっといいか」

「泉くん……こ、こんにちは」


頬を赤く染めたかと思うと、ぺこりと頭を下げる。

つられて俺も頭を下げた。


「あの……わたしに、なにか? その、あの……ごめんなさい」


今度はいきなり謝られた。


「もしかしてお二人になにか悪いことをしたのかも……ごめんなさい」


再び深く頭を下げられる。


「ちょっと待った。別に能見は悪い事をしてないから謝らないでよ。実はさ、俺たちで相談に乗れる事があるんじゃないかと思って声をかけたんだけど」


頭が上げられると、今度は左に小さく傾いた。長い髪が肩から流れ落ちる。


「お二人に相談……ですか」

「そー、なんでも相談にのるよー。でさ、長い話になるならここでするより外でしたほうがいいと思って。だから外行かない?」


昌美に任せているといつまでたっても話が進まないと判断し、押しのけるようにして前へ出る。


「こいつがさ、もしかして能見がなんか悩んでるんじゃないかって心配しててね。あ、もちろん心配事なんて何もないならいいんだ。でももし悩んでる事があるなら、俺たちでよければ相談に乗るけど……どう?」


能見はぱちくりと二度三度瞬きをして、しばらく俺たちを見ていた。

それからそっと俯いて、小さな声でこう言った。


「……うん、相談、のって欲しい、かな」



私語厳禁の図書室で長々と話はできない。

そんな不届きな事をしようものなら図書委員のイインチョーに叩き出されて出禁を言い渡されるに違いないので、教室に戻って能見の悩みを聞く事にした。


能見が自分の席に座ったので、俺と昌美は近くの椅子を引っ張り出して並んで座る。

しばらくためらった後、能見は小さな声で話し始めた。


「実はね、ウチで飼ってる犬が……ライトがいなくなっちゃって。すごく心配で……」


途切れ途切れではあったが、ここ最近、元気がなかった理由を話してくれた。

話を極めて簡単にまとめると、飼っていた犬がいなくなった。心配でご飯もろくに食べられない。張り紙をしたけど誰からも連絡がない。どうしよう――という事らしい。

ある意味シンプルでかつ健全な悩みだった。アレやソレな陰鬱な展開が待っていなくて、心の中でそっとため息をつく。

この手の問題なら俺たちの力でもなんとかなりそうだ。


「その犬って室内犬? 普段、散歩とかしてる?」


慣れたもので質問はすべて俺が担当する。

ここは自分の出番ではないとわかっている昌美は大人しく話を聞いていた。


「室内犬です。小さい犬でポメラニアンっていう種類なの。お散歩はあまり必要ないけど部屋の中だけだと可哀想だし運動不足になっちゃうから、塾が終わってご飯を食べた後によく散歩に行ってました。でも、もう三日も……うぅっ」


握り締められた小さな手の甲にポタリと涙が滴り落ちる。

部外者からすればたかが三日なんてと思うかもしれないが、当事者には家族が一人行方不明になったみたいな状況だ。

だから「ペットがいなくなったぐらいで」なんて反応はするべきではない。


「散歩のコースって決まってる? 大型犬だと遠くまで行っちゃう事もあるみたいだけど、小型犬ならそんなに遠くまでいかないしさ」


実は迷子になったペットを探すのはこれが初めてではない。

昌美のヒーロー願望と無駄に強い正義感のせいで、俺はこれまでに何度かこうした事態に立ち会わされ、手伝いをさせられてきた。ペット探しはその中でも楽な方だ。


しかし、能見が悩んでいた事をよく昌美は察知できたものだと感心する。

こうして話を聞かなければ、俺が気がつく事は絶対になかったはずだ。


「ねー、ライトの写真とか持ってないの。あたし見たいなー」

「あるよ。写真ならいっぱい」


いそいそとスマフォを取り出すと写真を表示して見せてくれた。


「へー、かわいいじゃん。なんかコロコロしてて。毛とかふさふさ?」

「うん、ふさふさ。でも夏は切ってあげないと暑くてバテちゃうんだけどね」

「そっかー。でもいいよねー、ふさふさもこもこ。かわいいなー」

「でしょ」


さっきまで涙を流していたはずなのに、すっかり親バカモードに入っていた。

動物を飼っている人がペットの写真を見せる時は必ず同じ表情になる。何かの病気かと思うほどにそっくりだ。

俺はこれを『突発性ペット紹介親バカ症候群』と名づけている。


「ね、ケージもそう思うでしょ」

「そうだな。これぐらいの大きさだと、泣き声もワンじゃなくてキャンって感じか」

「どっちかというとヒャンかもしれないです。吠えクセはなくて、吠えてもあんまり声も大きくないし、とってもかわいいですよ」


室内犬だとあんまり吼えるとうるさいだろうから、それぐらいのがいいのかもな。


「あー、声も聞いてみたいな。動画とかはないの」

「お家に帰ればあるけど……よければ見に来ますか」

「うん、いく!」

「ちょっと待てよ。いきなりお邪魔するのもまずいだろ」


能見の提案には社交辞令な側面があるはずだ。

そう思って能見を見ると意外にも好意的な笑顔をしている。


「わたしは構いませんけど」


どうやら社交辞令ではなかったらしい。


「じゃあ、決まりね。あたしとケージもライトを探すからさ」

「いいんですか?」

「うん、最初からそのつもりだったし。探す人は多いほうがいいでしょ」

「ありがとう……」


能見は深々と頭を下げた。


「いいっていいって。っていうかまだ見つかってもいないんだから頭上げてくれよ。なんかその……照れるしさ」

「そーそー。気にしないで。あ、無事に見つかったらライトと遊ばせてね」

「うん、もちろん」


顔を上げた能見は笑っていた。

それは屈託のない、いい笑顔だった。



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