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階段脇にある駐輪場に自転車を止めて境内につながる階段を一段飛ばしで駆け上がる。
ここまで急いできたので太ももは既にパンパンに張っていたが、気持ちが急いているせいかあまり気にならなかった。
夜の神社は昼の様子とはまったく違う。頭上の木々がざわざわと不気味に囃し立て、時折、鳥たちのくぐもった鳴き声が響き渡る。
階段を上りきったところで一瞬だけその雰囲気に気圧されて立ち止まったものの、どのみち奥の社務所まで行かなければカナには会えないのだからと意を決して一歩を踏み出す。
「こーらっ」
「――っ!?」
突然の声に文字通り体が跳ねあがった。
「あ、あれ? ちょっと大丈夫? そんなに驚いちゃった?」
「さ、早貴さんか……脅かさないでくださいよ」
巫女装束をまとった早貴さんが申し訳なさそうに手を合わせて謝っている。
すっかり暗くなっている境内に白い巫女装束がぼんやりと浮かび上がっている様子は幻想的だったが、それを楽しむだけの心の余裕はなかった。
「ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて。大丈夫?」
「一瞬、心臓が止まっちゃいましたよ。俺が死んだら責任取ってくださいよ」
カッコ悪いところを見られてしまったせいか、恥ずかしさを隠すためにいつもなら口にしないようなセリフが飛び出す。
「それだけ軽口がきけるのなら大丈夫よね。でもこんな時間にどうしたの」
「あー、ちょっと……」
カナと会って話をしたいと伝えたとして、早貴さんはどう思うだろうか。
夜になってから高校生男子が小学生女子に会いに来る。普通の感覚の持ち主ならばよい顔をしないだろう。警察に通報されても文句は言えない。
「圭二くん、制服着てるから学校帰りでしょう。ダメよ、寄り道なんかしちゃ。もうこんなに暗くなっちゃってるし」
「は、はあ……」
「ここに来たことは内緒にしてあげるから、今日はもうお家に帰りなさい。また明るいうちに遊びにいらっしゃい」
にっこりと優しい笑顔で微笑みかけられると、心の中にあった曖昧模糊とした不安がゆっくりと消えていくようだった。
ただしすっきりと晴れ渡るというのではなく、むしろ霧がかかってぼやけてしまう感じではあったのだが。
「そうですね。また遊びに来ます。ああ、そうだ。友達がこの神社の事で話を聞きたいって言ってたんですけど、今度連れてきていいですか」
「もちろん。歓迎するわ。女の子が喜びそうなお菓子を準備して待ってるわね」
「ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで帰ります」
「ああ、ちょっと待って。これ、あげる」
帰ろうと踵を返したところで呼び止められる。
小さな袋状のものが差し出された。
反射的に右手を伸ばすと、早貴さんは白くてたおやかな両手で俺の手を包み込むようにして小袋を渡す。早貴さんの手は思っていたのと違って氷のように冷たかった。
「なんですか、これ」
「この神社のお守りよ。圭二くん、もうすぐ試験でしょ。いい成績が取れるように特別に用意してあげたの。霊験あらたかだから、肌身離さず持っていてね」
今日はお守りに縁がある日なのかもしれない。財布にはさっきイインチョーからもらったお守りみたいなものがちゃんとしまってある。
「おー、ありがとうございます。大事にしますね。でもどっちかというとこれが必要なのは昌美かもしれないです」
「うふふ、そうかもしれないわね。昌美ちゃんにも今度あげようかしら。じゃあ、帰り道には気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
階段を下りきったところで振り返ると、鳥居の下にまだ早貴さんが立って見送りをしてくれていた。
手を振ると早貴さんも手を振り返す。ただそれだけの事なのになんとなく嬉しくなる。
止めておいた自転車にまたがる。
何か気になった事があったはずだが、ペダルを漕ぎ始めたら忘れてしまった。
もう一度振り返る。
早貴さんは相変わらずそこで手を振って見送ってくれていた。




