一本目 お荷物承りました(5)
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「あぁ嘆かわしい。全く、どうしてこうなったんッスかね……」
ガレージに入れられたセブンスターを弄りながら、マッチさんがぼやく。
「……オレの可愛いセッターが、こんなにベコベコに。
タイチョー。これ直すのに時間かかりますよぉ。
いくらオレが、タバコ好きでも、こう毎日じゃ身がもたねぇッスよ」
恨めしそうな声が、ガレージに響く。
ナナホシさんが、鬱陶しそうに返事をする。
「うっせーな。
体が壊れても乗るのが、男ってもんだろうが。
朝までに直さなきゃ、次の配達のときにゃ、お前のマルボロに乗るかんな」
「えぇ……そりゃないッスよ。
タイチョーに貸したら、絶対無事に帰ってこないじゃないッスか……」
2人の会話を聞きながら、僕はガレージの椅子に座っている。
胸には「荷物」をしっかり抱え、片時も放さない。
「あの……時間かかりそうなんですか?」
セブンスターの損傷は激しいのだろうか?
時間の指定が無いとは言え、余り遅れるのもよろしくない。
なにしろ、これは大切な「荷物」だ。
「あ? いや、大丈夫だ。
あんなことボヤいちゃいるが、うちのメカニックはそんなにヘボじゃねぇよ」
ナナホシさんは、余裕だ。
おそらくマッチさんの腕に全幅の信頼を置いているのだろう。
なんだかんだいいながら、マッチさんも楽しそうに機体をいじくり回している。
「いくらメカニックが優秀でも、パーツを使えば費用は係るんですからね」
後ろから、シガレットさんの声が聞こえた。
振り返ると、シガレットさんが、携帯電子端末を片手で操作しながら、ガレージに入って来る。
もう片方の手には、お盆に載せたコーヒーのカップが4つ。
彼女は受付嬢兼給仕係りなのだろう。
どうやら、コーヒーは僕の分もあるみたいだ。良かった。
「タイチョーが、調べろっていうから。
ちゃんと調べたわよ。
ほら!」
シガレットさんが、操作を終えた携帯端末をナナホシさんに投げてよこす。
おっと、と声を上げ、ナナホシさんがそれを空中でキャッチした。
端末には、極秘資料のはずの禁煙連合会の名簿や、未配信のニュースの原案データ、どこかのGPS地図などが表示されている。
「これは一体?」
僕は、表示されている意味が分からず、ナナホシさんの顔を見る。
「襲撃してきた追手についての情報よ」
シガレットさんがの声がガレージに響く。
自分の分のコーヒーを飲みながら、彼女はそのまま端末の情報の説明を始めた。
どうやらマシンガン・トークは彼女の癖らしい。
一息に大量の言葉が、彼女の口から紡がれる。
「まぁ、タイチョーから、大体の話は聞いたけど。
やっぱり、襲って来たのは、禁煙連の奴らみたい。
そっちが、配信局から拝借した配信予定ニュースのデータ。
写真からマイセンの型番を割り出して、登記簿と照合。所有者を割り出したといたわ。
何度か虚偽の譲渡で転々登記してるみたいだけど、これで間違いない。
で、これが、その所有者と禁煙連の奴らの名簿の照合の結果。
あっ、名簿のソースは、警察の古臭い資料じゃなくて、禁煙連の奴らが実用してるのだから最新よ。
襲撃は、こいつと、こいつ、それにこいつが実行犯ね。
で、地図はこいつら実行犯の現在地。
あいつら、タイチョーが居た森を、まだウロウロ捜索してるみたい。
あれから、森に落ちて3時間も立っているのに、まだ居ると思ってるのかしら?
もう、傑作の馬鹿ね」
ひとしきり、喋り終わると、彼女は持ってきたコーヒーの残りを一気に飲み干した。
続いて、2つめのカップを手に取り、口を付ける。
おそらく、整備で忙しいマッチさんの分を、淹れ直すため飲んでしまうのだろう。
「それと……
依頼主の方も調べたけど、ちょっと面白いことがわかったわ」
「面白いこと?」
ナナホシさんが、訝しげに質問した。
シガレットさんは、僕を見ながらこう告げた。
「あんたの会社、あたしたちの他にも、同じ様な依頼を別の『運び屋』に頼んでるわね」
「……?
どういうことですか?
この『荷物』は1つだけ。
他の『荷物』なんてものは無いですよ?」
新開発されたパーツは試作品。僕の持っているものしかないはずだ。
僕は、何重にも厳重に梱包された懐の箱を眺める。
この『荷物』こそ、届けなくてはならない『荷物』のはずだ。
「さぁ? あたしは知らないわ。
あんたの会社のしたことでしょ?
あんた、知らないの?」
「いっ、いえ、僕は下っ端ですから。
詳しいことはあまり……」
「あら、そうなの?」
シガレットさんは、片手をひらひらさせ、コーヒーを飲んでいる。
いつの間にか、カップは3つめに入っている。
ナナホシさんは、コーヒーを飲まないのだろうか?
何かおかしい。
「それで、タイチョー。
どうする?
こっちの方も調べる?」
シガレットさんに問われ、ナナホシさんは、少し考えて手を左右に振った。
「いや、いいや。
依頼主が何をしてようが、俺たちは頼まれた仕事をやりゃあいい。
仕事の内容と、その障害さえ明確になりゃ、わざわざ調べるこたぁねぇよ。
ありがとな。
大変だったろシガ―」
「べっ、別に、タイチョーのために調べたんじゃないんだからね!!」
シガレットさんは、顔を赤くしながら視線をそらした。
照れ隠しの様にコーヒーカップを高く上げ、ゴクゴクと飲んでいる。
僕は、何かしらの違和感を感じながら、自分のコーヒーカップに手を伸ばす。
――途端、その手は弾かれた。
「ちょっと!
レディーの飲み物、取らないでよ!」
結局、彼女は4杯のコーヒーを全て飲み干した。