ターゲットは羊
今までより長くなりました。
私と涼貴の出会いは三才くらいのこと。
今でこそお隣りさんで行き来するほどの関係だけど、その時はお父さんの友達の子供というだけで幼い私にとっては「たまにくるお友達」程度だった。
「あいちゃんはどうぶつさん、なにがすき?」
「えっとねぇ、ネコさんがすき!可愛くてふわふわしてるんだもん!りょうくんは?」
「ぼくはおおかみがいちばんすき」
「おおかみさん?」
「うん。おおかみはかっこよくってねぇ、あっさりひとをばりばりたべちゃうんだよ。あいちゃんなんかすぐにたべられちゃうね」
「ひっ!り、りょうくんは、わたしをまもってくれるよね?だったら」「やだ」
「ぇ・・・」
「ぼくおおかみがすきだから、おおかみのみかた!ぼくもいつかあいちゃんをたべちゃうから!」
「うそっ・・・!や、やだやだやだぁーっ!りょうくんなんかだいきらあいぃっ!」
「ぼくはあいちゃんがだいすきだよ」
「うあぁーーん!やだーーっ!」
とまぁ、私を泣かせては告白するというよくわからない男の子だった。
それならそんな子は相手にしなけりゃいいと思うかもしれないけど、そこはまだ子供。
りょうくんは嫌い。でも一人だとつまらない。で、やっぱりまた嫌いになる。でも遊びに来るとまた遊んじゃう。以上、無限ループ。
でもそんな男の子がついに引っ越すときが来たのはお互いが五才くらいになったころのこと。
私たち一家はりょうくん一家のお見送りのために空港に来ていた。
りょう君のことは苦手で「嫌い!」とかよく言っちゃったけどだけど本当は好きだった。
お別れはすごく寂しい。行かないでほしい。
・・・・・・私は泣きそうになりながらそう思ってたのに、彼の最後の一言でそんな思いは砕け散った。
「まっててね。いつかおおかみになってあいにくるから」
「っ!!・・・ぅ、うあ゛ぁーん!おがあ゛ざぁーんっ!!」
・・・わたしはその時から、「りょうくんはわたしをいじめる子」としてインプットされた。
そして成長するにつれてそれにははしゃがかかり、高校生になった今では幼い頃のあの子は悪魔として記憶に残っていた。
だから・・・
「こんにちは、愛ちゃん♪」
高校二年生になる春の始まり。
隣に越して来たものによる恒例の挨拶周りでうちにきたのはよりによって私にとって宿敵であるアイツ。
みんな騙されるな!こいつは悪魔に違いないのよ!?
本物の天使ならこんな天使なほほ笑みの後ろに「絶対何か企んでるだろぅ!」的に言いたいようなオーラは絶対に浮かべない!!
「な、なんであんたがここにいるのよ!?」
「お父さんの出張先が偶然この町の近くになってね。どうせだから愛ちゃんのお父さんの家の近くに引っ越そうってことになったんだ!お隣りさんだねっ♪」
「あ、愛ちゃん言うなぁ!だからってなんで隣!?」
「だから今行ったのに、相変わらずお馬鹿さんだね。それに水臭いなぁ。昔みたいにりょうくんでいいよ?あ、この際だから涼貴にしよっか、愛ちゃん!」
「い、いやっ!私はあんたなんか」
「口は少し悪くなっちゃったみたいだね、愛ちゃん。でも昔と変わらず単純バカそうでよかった。あ、でも顔は全然ケバくなくて僕好みの『か・な・り』の平凡顔になってるよ、愛ちゃん。すごく嬉しいな!」
「余計なお世話よ!そして人の名前を連呼するな!帰れ!!」
そう言って扉を閉めようとした・・・のに。
ガツンッ!
「痛い!」
「涼貴君と会うの久しぶりなのに何失礼なこと言ってんの!」
「お母さんっ!」
これは天敵に対する正しい行為なのになんで妨害するのよ!私の、いや人類の敵ィ!
「お久しぶりです、おばさん」
・・・・・・ぇっ・・・な、何、その紳士っぷり・・・。
私と話してるときは笑顔のバックに真っ黒い悪魔が潜んでそうな顔してたくせに、お母さんと話すその顔はまるで天使。
少女漫画に出て来る美少年みたいに背景にはキラキラした輝きがみえる。
・・・・・・・・・そういえばさっきは色々あったからこいつの顔をあまり見てなかったけど、よくよく見てみればすっごい美少年顔だった。
テレビでみるアイドルみたいにすっごくかっこよくて端からみてもスタイルがいいのは一発でわかる。もし私がこいつの本性を知らなかったら確実にファンになっていたに違いない。これは断言できる!
あー・・・もったいない。もったいなさすぎる!
彼はきっとこれからぐんぐんと背は伸びて数年後には美青年と言えるほどになるだろう。
昔っから綺麗だとは思っていたけど、まさか大人になってもその輝きが続いているとは・・・。
「久しぶりねぇ、涼貴くん。すっかりかっこよくなって!それに比べて愛なんか見てのとおり平凡すぎちゃって・・・彼氏なんか出来たことがないのよ!その点涼貴君なら愛とは違って女の子がほっとかないでしょうね!」
私が思っていたことをいきなり代弁する母。最後は余計よ!というか何で娘のそんな情報知ってんのよ!?
「お母さん!そんなことはこんなやつに言わなくていいから!」
「コラッ!何てこと言うの!涼貴くんのこと知らないわけじゃないでしょうがっ!」
「知らない!こんなキラキラしたやつなんか涼貴じゃない。偽者よ!信じてお母さん!」
「あ、ひどいなぁ。僕は昔と少ししか変わってないのに、偽者扱いなんて・・・」
「ごめんなさい、涼貴くん。うちの子ったらどんどん馬鹿になるばっかりで・・・」
「いえ、全く気になりませんから気にしないでください。むしろ可愛いと思いますよ、僕は」
これは絶対あれだ。バカな子ほど何とかってやつだ。
「そうかしら。涼貴くんがそういうならそうみえるのかもしれないけど・・・」
だから何で娘よりもこいつの言葉をあっさり信じるのよお母さん!!
「・・・あっ、おばさん。料理の途中じゃなかったんですか?そろそろ戻らないと・・・」
「あぁ!そうだったわ。気が利くわねぇ。それにしても本当に外見も中身もいい子に育って・・・。バカ娘だけど、昔みたいに仲良くしてやってちょうだいね」
「はい。喜んで」
お母さんが私をいけにえにした!そして無情にも去っていこうとしている!
今すぐにでも追いかけて抗議をしたいん、だけ、ど・・・・・・。
「・・・もうちょっとお話、したいな?愛ちゃん」
こいつが私の手を掴んで離さない。
しっかしすんごい力だ。手もごつごつしてて大きいし、綺麗でも悪魔でもやっぱ男のいったたたたっ!
ま、待ってお母ぁさん!!これだけは言わせてぇ!
「だ、騙されないでぇ!こいつはあたしをいじめる悪魔よ!確かに一見天使にみえるかもだけど実は悪魔で、天使な顔はその悪魔面を隠すためのお面であって天使なんかじゃ」
「一体どっちなのよ。悪魔っていったり天使っていったり悪魔っていったり・・・」
叫ぶ私には見向きもせずに去っていく悲しき母・・・。
薄情者〜〜〜っ!!
私が母に恋愛相談することはもうないだろうし、泣きつくことも一生ないだろう。
というか今日!今私が決めた!
* * * * * *
「ねぇ、愛ちゃん。涼貴って呼んでってば」
「絶対にやだ!早く帰れ!」
「・・・愛ちゃんが昔おばさんの大事な結婚指輪を猫に持ってかれちゃったこと、言っちゃうよ?」
「な・・・・・・お、脅すなんて!」
「今お母さんは僕を信頼しきってるしね。言ったらお説教の嵐だよ、愛ちゃん」
私に逃げ道なんてないじゃないの。
名前と、お説教。
お説教は絶対に絶対にいや!・・・こいつの名前を呼ぶだけで、過去の失敗は流される・・・。
悔しいし恥ずかしいけど、・・・呼ばなきゃならない。
あ〜、でもぉっ!
「・・・ぅ、く〜っ・・・!」
「あはは、今日はいいよ。だけど次に会ったときに一回でも他の言い方をしたら・・・・・・即告げ口行きだから♪」
あー!む・か・つ・く!嫌なやつに成長しやがって!
しかもやつは悔しそうな私の顔を見てくすくすとひとしきり笑った後に、綺麗な言いやがった。
「愛ちゃん、僕の顔が好きでしょ?」
「な!!そ、そんな」
「あ、図星?嬉しいなぁ!僕も愛ちゃんの顔が大好きだよ♪」
天使のようなきらりとした可愛い笑い顔。
うっかりハートがいぬかれそうになる。
な、なんで無駄にカッコイイ顔してんのよ!
いちいちフェロモン振り撒くな!
「ぅ・・・・・・だ、騙されるな、わたし!わたしは平凡!これはお世辞!」
「くすくす。今はそういうことにしてあげる。それにしてもそっかぁ、愛ちゃん恋人いたことないんだ・・・・・・好都合だね」
もし彼氏なんていたりしたら、そいつを徹底的に潰すつもりだったから。
そう言うとニヤリという言葉が合いそうな、嫌な笑み。
再び悪魔の皮を被った天使、じゃなくて天使の皮を被った悪魔が降臨しました。
「昔宣言したことを近いうちに達成するつもりなんだ」
『ぼくおおかみがすきだから、おおかみのみかた!ぼくもいつかあいちゃんをたべちゃうから!』
「もちろんたべて終わりじゃないからね?」
だてに少女漫画を熟読していない。今なら「たべる」の意味がわかってしまっている。
だから私は昔みたいに怖がったり泣いたりはしない。
・・・でも、昔とは別の意味で怖いし泣きそうではあった。
「今日はムリだしいつ出来るかわかんないから、今のうちに言っておくよ」
・・・逃げられない。
私が逃げても底意地悪くなったこいつに捕まることは確定だろうし、どうあがいても私は魔の手にあっさり捕まることだろう。
「いただきます♪」
じゃぁ、どうしろっつーのよっ!!
・・・いっその他の子羊達を狙ってくれたらいいのに。
愛ちゃん、僕は確かに変わったよ。
昔のころは「愛ちゃんに会いたい」って思ったし、「恋人同士になるんだ!」とかいって夢見てた。
愛ちゃんは僕が言うことを全部信じて、嘘だってわかるともっと泣いて、でも次に会う時には忘れてて笑顔で毎回迎えてくれて。
そんな単純でおバカな愛ちゃんの全部がすごく可愛かった。
だから愛ちゃんと(で)遊ぶのが好きで、お別れのときは本当に悲しかったけど、その時は「大きくなったら愛ちゃんに会いに行く」という目標があったから平気だった。
だけど所詮、それは子供の頃の夢。
中学生くらいからは女がころころ変わるのなんて仲間内では当たり前のことだったし、再会する少し前までは愛ちゃんのことなんてだいぶ記憶の彼方にあった。
でも、挨拶廻りをする少し前に町で愛ちゃんを見かけて。
昔と変わらない単純で可愛い愛ちゃんがいて。
僕はみた瞬間、僕の中の何かが変わったことに気付いたんだ。
その変化にそったこれからの動きはとても骨の折れるような大変なことなんだけど、仕方がない。
繰り返し言う。僕は変わった。
昔みたいに「好き」とか「恋人になりたい」とかなんて簡単な言葉で済ませるようなもんじゃない。
心が、頭が、身体がいうんだ。
「僕は全力で彼女の心を独占しなければならないのだ」と。
この気持ちを今の君に理解できるような言葉にして伝えるには難しすぎる。
だから僕は君に言おうとは思わない。
加えて言うなら、たとえ言って僕の気持ちが伝わったとしても鈍感で意地っ張りな彼女には意味がないことはわかっている。
だから、僕から告白なんて、絶対にしない。
・・・愛ちゃんが自分の気持ちを認めたなら別だけど。
本当に嫌いなら無視すればいいのに。
本気で嫌なら泣くはずなのに。
君がそうしたなら僕も諦めるよ。
でも、君はしない。
・・・・・・愛ちゃんは、もうすぐだ。
童話との共通点は「騙す」と「信じてもらえない」です。
配役的には、
ひつじ、ひつじ飼い→愛ちゃん
オオカミ→涼貴くん
村人→お母さん
ですかね。
事実、お母さん信じてくれてませんし笑