5話
今回は喧嘩なしです。
「―――くん、和くーん、ご飯の時間だよー」
俺は頬を突かれている感覚がして気付いた。
(眠い。というか体がだるい……あれ、俺って寝てたっけ?)
「そうだ、西条だ!」
カッと目を見開き、横になっている体を一気に起こす。
その時、身体中からボキボキと、骨が鳴る音がした。
「うぐぉぉ!!」
身体全体に痛みが走る。
それは、頭に残っていた眠気を完全に吹き飛ばした。
「うきゃあ!?」
可愛い悲鳴が聞こえた。
首を動かして見ると、ノノムーがこちらを見て固まっている。
「あ、ごめん。驚かせた?」
声を掛けると、硬直した状態から脱し、息を吐きながら応えた。
「ふぅー、ビックリしたー。和くんの行動が突然過ぎたから、思わずビクッてなっちゃったよー」
ご丁寧にビクッとした場面を再現してくれるノノムー。
「それはすいません。んで、何で俺は保健室に?」
「それはね、権くんが気絶した君達を運んで来たからなんだよー。
権くんね、『……全員気絶してるだけだから、看病を頼む』ってボソボソ言いながら行っちゃったんだ」
「そうなんだ」
(倒れた奴は敵でも保健室に運ぶってのは暗黙の了解なのか? 俺もやったが、西条はただいい人だからか?)
俺が思考していると、
「あ、そうそう! 今はもうお昼ご飯の時間なんだよ。和くんも何か食べた方がいいよー」
言われて見れば確かに空腹感がある。
俺は二時間以上気絶していたことになる。
「そうだ、ノノムー。他の奴らは?」
「んー? 達くんや知くん達なら食堂に向かったよ」
(俺は置いてきぼりかよ。それより、チヒロは知くんかよ……)
俺は痛むからだを気にしながらゆっくりと立ち、
「ありがとう、ノノムー。行ってくるよ」
礼を言った後、ノロノロとした足取りで、保健室を出た。
「無茶しちゃだめだよー」と言いながらノノムーは送り出してくれた。
(本当にいい人だ。人気高いだろうな)
「ヘーイ、和麻! 初惨敗記念パーティーやろうぜー!」
食堂に着くと、負けたとは思えないような明るい声でタツが迎えてくれた。
「お、和麻来たか。まぁ、座ろうぜ」
チヒロが椅子を引いてくれたので、そこに座る。
食堂は、八人用のテーブルがズラリと並んでいて結構広々としている。
俺たちはその中の一つのテーブルを六人で使っている。
(何か、食堂は平和な感じがする。落書きも少ないし、みんなが昼飯を楽しんでるな。廉涯じゃ考えられない光景だが、何故だ?)
「知ってるか? 食堂は喧嘩禁止って今の会長が決めたらしいぜ。文句のあるやつはちゃんと暴力なしで説得したしよぉ」
チヒロの言葉で納得できた。
今の会長、つまり刈谷総一は、俺達全員がきれいに使わないといけないところを決めて、その場所でのマナーアップを校則に加えたらしい。
食堂の他は、保健室とか図書館等が喧嘩禁止で、溜まり場作りも禁止されていて、それらの場所が誰かのテリトリーになるのを防いでいるのだ。
昔は食堂の取り合いで、怪我人が続出したそうだ。
新しい校則が本当に最低限のマナーを守らせ、無駄な争いを未然に防いでいる。
(マジ、何で廉涯来たんだ、あの人? 他にも行くあては沢山あるだろうに)
「ひとまず何か食い物頼みに行こうぜー」
「タツ、んなもんこいつらに任せて反省会でもしようぜ。和麻それでいいよな?」
チヒロの手下三人が頷く。
(反省会か。西条に惨敗して、行き当たりばったりの行動じゃいけないことに気付いたか)
「ああ。んじゃ、俺は鉄火丼と味噌汁を頼む」
「ハンバーガーとフライドチキンとフライドポテトよろしくー!」
「俺は天そばだ。行ってこい」
チヒロは三人を行かせた。
この食堂はチケット制で、最初に料理のチケットを渡し、レジまで歩いていくうちに、トレーに料理を乗せてもらうという方法が採用されている。
「んじゃ、反省会やるぞ。まずは俺からの意見だが、やはり情報の無さが目立つ。早急に、情報屋の藤岡を仲間にする必要があると思う」
(西条との喧嘩でわかったことは、俺以外の仲間が何も考えずに喧嘩しているってことだ。あんな適当な行動方針を誰も疑問に思わないのが、その証拠だ)
俺達の行動は、自分達の都合と、相手の見かけだけで判断し、実行されていた。
俺のあの時の提案も、所詮みんなの考えと大した違いはない。
だが、そうやって策を練るといった行動をしたのは俺だけだった。
何となくいやな感じはしたが、特に何も無かったので確認せずに走って突っ切ったら、地雷原で全滅しました。
軍隊で考えれば、俺達の行動はこんな感じになるだろうか。
こんな風に動いていて、生き残る訳がない。
俺達は馬鹿だったのだ。
「まぁ、必要だよねー。やっぱ廉涯舐めてたってことかなー」
「藤岡か……、確かにしょうがねぇ状況だな。情報ねぇから、あそこが刈谷のテリトリーっつうことは知らなかったんだ」
二人とも概ね了解している。
あの惨敗が、彼らの思考を柔軟化させたのだろう。
「あぁ、俺は和麻の提案の次に大切なことを見つけた」
チヒロが、何か思いついたらしい。
「俺達はまだ少人数だからよぉ、これからもっと強くならないと、とても廉涯制覇とかは無理なんだよ。
んで、俺は情報屋探しの後は、溜まり場作りの前に、二組制覇を優先するべきじゃねぇかって考えた。どうだ?」
「溜まり場の方こそ保留かー」
「チヒロ、何時の間にそんな理性的になった?」
「おい、和麻。馬鹿にすんなよ」
(これは予想外だ。以前提案してもチヒロが納得しなさそうな方針を、チヒロ自身がするとはな。滅茶苦茶成長してるじゃん)
「で、どうなんだ?」
チヒロが意見を促す。
「俺は大賛成だ。二組を支配出来れば、戦力は数倍になる。そうすれば、溜まり場を作りやすくなるしな。タツはどうだ?」
意図的にこの方針の利点を並べる。
こうすれば、利点がはっきりと分かるので賛成しやすくなるだろう。
俺がタツを見ると、
「ま、そーだよな。そっちのほうが、効率的だしグッドなんじゃね?」
と、納得していた。
「よし、まずは藤岡の勧誘。次に二組制覇。それから溜まり場作りだ。それでいいな、タツ、チヒロ?」
「オーケー」
「おう」
話が一通り済んだところで、チヒロの手下達が飯を運んできた。
「んじゃ、昼飯食うか!」こうして、俺達は新たに方針を固めて、前に進もうとするのであった。
視点:刈谷総一
「……総一」
僕がとある溜まり場で、コーヒーを飲んでいると、権太が現れた。
「やあ、権太。君もコーヒーが飲みたくなったのかな?」
彼は俺が用意した新しいカップを見て少し笑う。
「……では、一杯お願いする」
「うん、わかった」
僕がコーヒーを淹れている間、彼は目を閉じて考え事をしている。
「権太、何か嬉しい事でもあったかい?」
彼は目を開けてチラリとこちらを見る。
「……分かるか」
「もちろん。表情が柔らかくなってる」
すると彼は微笑んだ。
(普段から微笑んでいれば恐がれることもないのにね)
「……面白い奴らにあった。……いい目をしていて、俺を恐れず立ち向かってきた。……久しぶりに、負けを視野に入れなければならない喧嘩をした」
僕は少し驚いた。
彼に立ち向かう勇気のある奴は久しぶりだ。
それに、権太を負かしそうな奴はもっと少ない。
興味深い話だ。
「誰なんだい、君にそれほどの言葉を言わせる奴は?」
「……今年入ってきた坂倉和麻という生徒の集団だ。……彼は君に似ているよ」
(僕に似ている? 廉涯じゃあ珍しいタイプなんだな)
「面白いね。一体どうして喧嘩になったんだい?」
「……俺達の溜まり場を襲撃していた。……結構な腕自慢が二人居たが、大した抵抗も出来ずに倒されていた。……俺が引けと言ったが、彼らは立ち向かってきた」
僕は絶句した。
いくら一年でも、僕の勢力の大きさを知っているだろうに。
馬鹿なのか、それとも僕たち百人以上の人数を恐れない蛮勇を持っているのか。
「坂倉和麻くんか」
「……彼らは必ず一大勢力になる。……対策を考えた方がいい」
「面白い。本当に面白いよ。それじゃあ、彼らの動きを観察して、何かあったら報告してくれくれないかい?」
すると、権太は立ち上がりながら言った。
「……わかった。……それとコーヒーありがとう」
彼は溜まり場から去った。
「どういたしまして」
小さく呟く。
それから、パソコンを開く。
(廉涯の勢力図に修正を加えよう。一年の要注意人物に坂倉一派を増やすか)
彼の目には、廉涯の地図と、そこに書き込まれている沢山の名前が映っていた。(今年で僕も最後。さぁ、廉涯を統べる大物は現われるかな?)
パソコンを閉じた僕は、これからの廉涯を想像しながらコーヒーを飲む。
今はまだどこも平和だ。
でも近いうち平和は崩れ、大きな争いが来ると確信している。
(来なよ。僕は誰が相手でも戦う。廉涯を舐めるなよ)
僕はいつか始まる戦いを待ち受けるのだった。
惨敗の結果に終わった西条戦の反省会でした。
主人公たちは失敗しながら成長していきます。
そして、刈谷達に過大評価されました。
刈谷達とどんな関係になるかはまだ、未定です。