1話
今回はかなり短いです。
「本日はこの素晴らしい式に相応しい、よい天気になりました。
今日から君たちは高校生です。
新しい環境にも戸惑うことは多いでしょうが、頑張ってください」
名古屋市立廉涯工業高校、その体育館で入学式が行われている。
俺はパイプ椅子に座りながら退屈な校長の挨拶を聞き流していた。
今、俺のやることは校長の話を聞くことではない。
周りの観察と仲間探しだ。
一応想像していたのだが、やはり辺り一面不良だらけだ。
寝てる奴、喋っている奴、音楽を聞いている奴、彼らの服装は学ランを着てはいるのだが、短ランだったり、ボタン全部取っていたり、派手なシャツを端から出していたり、フードが出ていたりなど、ヤンキードラマの撮影が出来そうな感じだ。
これは新入生だろうが在校生だろうが同じだ。
また、入学式は組別に並んでいるから自分の組と同じ組のメンバーが把握できる。
この機会に仲間に出来そうな奴と敵対しそうな奴の分類をするべきだろう。
俺はどうやら二組らしい。そして、今のところ仲間に出来そうな奴は二人いる。
一人はすぐ近くにいるから、今のうちに接触しておいてもいいと思う。
そう思い、俺は横に座っている奴に声をかけた。
「なぁ、お前って剣道やってたか?」
怠そうにしていた顔が、不敵な笑みに変わる。
「お、分かる?」
茶髪を後ろに流したオールバック。
少し垂れ目の愛嬌のある顔立ちだが、その笑みは力強い。
その声は少し高いが十分男らしい。
顔をこちらに向ける彼を見ながら応える。
「ああ、姿勢を崩していても体の芯がしっかりとしてるぜ。
手も剣道をやってる奴の手だしな」
目利きのようなことを言っているが、全部後付けだ。ただ、俺は彼が竹刀を専用の袋に入れて学校に持ってきたのを見ただけだ。
彼は俺の返事を気に入ったのか、俺の肩を軽く叩きながら
「すげーなぁ、お前。
あ、俺はさぁ、葉崎達也。
お前は?」
「坂倉、坂倉和麻だ」
すると彼は手を差し出しながら言った。
「オーケイ、和麻。
俺のことは気軽にタツって呼んでくれよ。
これからよろしくな!」
俺は一人目の仲間が思った以上に良い奴だったことを嬉しく思いながら、差し出された彼の手を取り、握手を交わした。
入学式も残りは在校生の挨拶のみだ。
どんな奴がどんなことを言うのだろうか。
「なぁタツ、在校生がいきなり喧嘩上等!みたいな宣言するかもな」
「いいねぇ、そうゆーの。そうなったらまず宣言した奴、叩き潰そーぜ」
俺達は互いに笑みを浮かべながら、挨拶を待った。
俺はすでに不良の仲間入りをしたような気分だった。
タツといることで自分が強気になっている。
俺は特にマズいとは思っていない。
俺自身も多少強いからな。
そして、遂に在校生の挨拶の番になった。
「在校生代表、三年五組刈谷総一」
「っ!?」
壇上に上がってきた奴を見ただけで俺はすでに強気ではなくなっていた。
圧倒的だ。
オーラが俺達とは違い過ぎる!
何でこんな奴がこんな不良高校にいるんだよ、ふざけるな!
思わず取り乱していた。
冷静になってその男子を見てみる。
スタイルの良い肢体、整った顔立ち、艶やかで長めの黒髪。
学ランとシャツの前を少し開けてあり、そこからセンスの良いネックレスが見える。
俺は思った。
彼が最強だ。
俺如きでは、相手にならない。
実際に喧嘩をした訳じゃない。
それ以前に人として雲泥の差があるのだ。
「ガッデム、マジかよ……」
隣では、タツが呆然と彼を見ながら言葉を漏らしている。
周りでも何人か、俺達と同じように彼に反応している。
しかし、大半の連中は何も感じないらしい。
あのオーラを感じない奴は俺の脅威にはならない。
問題は反応した連中だ。
漠然とした表現になるのだが、俺と同じように連中は何かを持ってる。
それが俺に立ちはだかる脅威になると考えている。
俺は反応を示した連中の顔だけを必死に覚えた。
そして話が始まった。
「新入生の諸君、初めましてだね。
僕はこの学校の生徒会長をしている。
早速だけど話に入るね。
君たちも噂に聞いてると思うけど、良くも悪くも力強い本校生徒はいつも何かを起こす。
そして周りの大人達は僕ら生徒を非難し、否定する。
この学校を廃止しようとする団体がある程なんだ。
でも、僕は非難しない。
否定しない。
僕は逆に評価する。
だんだんと自主性を失っていく他の学校の生徒とは違い、自分達で何かをやる気力がある本校生徒を。
他人からみたら僕らの行動は非常識かもしれない。
馬鹿らしいかもしれない。
だけど、何かを起こしている。
何も起こさない他の人間より、僕らはよっぽど芯が強くなる。
だから、君たちはこの学校に来たことを嘆かなくていい。
僻まなくていい。
君たちはここで何かを起こす力を得ることができる。
それは勉強よりも大切な生きる力なんだ。
だから、僕らは君たちを誇りを持って歓迎するよ。
ようこそ、廉涯へ。
これから共に競い、互いを高めながら生きよう!」
在校生の一部が湧いた。
多分、彼の仲間だろう。
拍手をしている。
俺達も自然と拍手をしだした。
俺は自分の心に彼の言葉が響いていることに気がついた。
この廉涯に入ったことが嫌ではなくなったのだ。
演説一つで心変わりなど、何て脆いんだと笑う奴がいるかもしれない。
だが、あの刈谷総一の演説は事実、俺の心を変えた。
「タツ、廉涯って予想以上だな」
「すげーよ、マジすげーよ廉涯」
さっきまでの殺伐とした笑みとは違い晴れやかな笑みを浮かべながら、俺達は新しい生活を始めようとしていた。
刈谷の演説はスラスラと書けました。
また、この作品では現実の日本と、教育事情や法律等が一部違ってくると思います。