日の出から日没まで
眩暈がしたと思ったら、いきなり知らない場所に移動していた。
「どこ、ここ……」
あたりを見回す。
これまであたしが暮らしていた田舎の村なんかじゃない。
大理石の床。
窓にはステンドグラス。
柱には女神か何かの彫刻まで施されている。
正面には祭壇。
そして、あたしを取り囲む大勢の者たち。
どこかの教会か? 教会……大聖堂とかいう感じ? 無理やり転移でもさせられて、連れてこられたの……?
頭がくらくらする。
「成功だ!」
「聖女を召喚した!」
大勢が喚く。やめて、うるさい。
文句を言う前に、金髪で青い目のいかにも王子様っぽい男があたしに近寄ってきた。
「あなたが聖女だな?」
「……あんた、誰?」
「失礼した聖女よ。私はクロフォード王国の王太子、サイモンという。あなたの名前を教えてくれるかな、聖女よ」
クロフォード? 知らない国の名前だな。
そう思いつつ、とりあえず、テキトウな名前を答える。
本名なんて、とっくの昔に忘れたからね。
「……ミリア」
「そうか、ミリア。聖女としてあなたはこの国のために働いてほしい。魔物退治、瘴気の浄化、怪我の治療。やることは山のようにある」
「……誘拐犯のために働けって?」
ムカつくな、この男。
あたしはサイモンとかいう王太子を睨みつけた。
睨んでいるというのに、サイモンとやらはあたしを鼻で笑う。
「こちらの要望を叶えてくれている間は、あなたをきちんと遇するつもりだよ。たとえばこの私の婚約者にしてあげるとかね」
言うことを聞かないと、扱いは悪くなるだけだ……ということね。なるほど?
そっちがそういうつもりなら、こちらだって……。
「……婚約は慎んで遠慮するわ。それから一つだけ言っておくけど」
「何だい?」
「あたしの力は……聖なる力は太陽と共にあるの」
「うん? 太陽?」
「太陽が出ていないとダメなの。具体的に言えば、日の出から日没まで、晴れた日。その条件でしか聖なる力は発揮できないわ」
「つまり、夜は無理?」
「雨の日もね。使えないこともないけれど、止めておいたほうが良い」
「なるほど……」
そうして、あたしは聖女という名の道具として酷使された。
夜明け前に叩き起こされて、日の出と共に、聖なる力を発揮させられる。
魔物退治、瘴気の浄化、怪我の治療エトセトラ。
日没まで休みなく働かされ、そして、夜だけが安息時間。
食事も湯あみもすべて夜。太陽が空にある時間には一秒だって休みはない。
雨の日は、休める。
だけど、「今日は雨か」と舌打ちする王城の人間。
遠慮すると言ったのに、いつの間にか王太子の婚約者とやらにさせられて、詰め込まれる王太子妃教育。馬鹿馬鹿しいので手を抜いていたら、教師には罵られ、王太子からは「この程度のことも覚えられないのか」と馬鹿にされた。
こんな奴らのために、いつまで働かなくてはならないのか……と思いつつ、眠る夜。まあ、寝床も食事も上等だから、我慢はするけどね。
寝ていたいのに……、使用人がやって来て、ベッドから引きずり出された。
「王太子殿下がお呼びです」
「はあ? 今は夜よ? あたしは休憩時間」
「王太子殿下や王妃様は社交のお時間ですね。聖女様もどうぞ大広間へ」
王城の大広間。
大勢の着飾った貴族たちが集まっている中、寝間着にショールを羽織っただけのあたしが連れてこられる。クスクスとした嘲笑。ムカつく。
「聞け! 皆の者! 聖女ミリアはこの私、王太子の婚約者として相応しくない! 婚約など破棄だ!」
別にいいけど。
こんなところで叫ばなくても、さっさと破棄してくれればありがたい。
あたしには寝床と食事があればいいからね。
王太子など必要はない。
「聖女だというのにまともに働かない! その上私の愛するソフィアを階段から突き落とし、嘲笑った! 何が聖女だ! 怠け者のあくどい女が!」
王太子にしがみついて泣いている女……ソフィアとやらが、包帯を巻いた腕を皆に示す。
「突き飛ばされて……怪我を、しました……」
震える声。目尻の涙。舞台上の女優みたいに実に可憐。
「我が真実の愛の相手たるソフィアの傷を、今すぐ治せ!」
「今すぐ? 今は夜よ」
一応確認してみる。
「『太陽が出ていないダメなの。具体的に言えば、日の出から日没まで、晴れた日。その条件でしか《《聖なる力は発揮できない》》わ』そう言ったわよね?」
召喚という名の誘拐をされて、すぐにね。
「それはキサマがサボりたいための言い訳だろう! 本当は夜でも力が使えるはずだ! キサマがその口で『使えないこともない』と言っていただろうに!」
あたしはため息をつく。
まあ……、いいか。
「使っていいのね? 今、すぐに、《《あたしの力》》を」
「当たり前だ! これからは朝も昼も夜も! この国のために力を尽くせ!」
「了解しました」
命じたのはそっちだからね。
「じゃあ、《《夜の力》》を使うわ」
あたしは昼の間は、浄化や治療ができる。
だけど、夜は真逆。
瘴気を産んで、魔物を産む。
ただし、《《夜の力》》はそう簡単には使えない。その土地に住む者の許可が必要なのだ。
だから今まで大人しく、《《昼の力である聖なる力》》を使ってきた。
傲慢な者は、いつかその身を亡ぼす。
あたしが、この国に、この世界に、召還される前の国のように。
王太子もソフィアとやらも、あたしが産んだ魔物たちのおもちゃになって、追いかけまわされた挙句、腹の中。
王太子だけではなく、この国の誰も彼もが、腹の中。
「あーあ。日の出まであと何時間? その間魔物たちは動くおもちゃを求めて国中……他国にまで行くかもね」
ふふふ……と笑って、血の海になった大広間から出て行く。
夜に産んだ魔物だけど、朝になっても消えはしない。
魔物はそのうちどこかの国の騎士とか兵士とかが倒すかもしれないけど。
それまでは、殺戮という名の遊びに興じるでしょう。
瘴気もね。どこかの国の魔法使いか誰かがそのうち浄化でもするかもしれない。
まあ、でも、あたしは放置。
せっかく自由になったのだから、自由過ごす。
これまでは、とりあえずは夜は休めるし、食事は出るし、寝床もあったから、大人しくしていたけどね。今日からは自分で寝床を探して食べ物も入手しないといけないし。
自由でも、酷使されても、衣食住の面倒からは逃れられない。
「さあてと。居心地のよさそうな田舎の村でも探して、しばらくのんびりしていようかなー。それとも遠くの都会で怪我の治療とかをして小金でも稼ごうかしら」
欲深い者たちはいくらでもいる。
あたしは力を使うのみ。
朝の聖なる力でも。
夜の魔の力でも。
だれかの望みのままに。
終わり




