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竜敦国教会異端審問録 case.1―A.D.1888 霧裂きジャック事件―  作者: 竜敦国教会審問局
【最終章】結審編:霧の薄れた一夜
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第29話 公会議

最終章「結審編:霧の薄れた一夜」全13話

5/31・0時より完結まで毎日更新予定

 翌日、竜敦国教会大聖堂。


 年度初めの公会議の日。

 大聖堂の回廊には、いつも以上に多くの聖職者と近衛騎士が行き交っていた。


 白い石柱が並び、赤き竜の紋章が刺繍された陣幕が張られている。磨き上げられた床には、コツコツという革靴の音が響く。


 それらのすべてが、教会の秩序と威信を示すために整えられていた。


 だがアレクサンドラたちにとって、その厳粛さは安心材料ではなかった。

 今日この場所には、高位の竜裔たちが集まっている。

 そして、彼らを殺しうる弾丸が、どこか見えない場所から狙いを定めているかもしれない。


「ジャック一派は"ダモクレスの弾丸"による暗殺を狙っている恐れがある。だが、公会議を中断することは教会の威信にも関わるし、難しいだろう」


 その疑いがある以上、本来なら公会議そのものを中止すべきだった。

 だが、年度初めの公会議は、単なる会議ではない。

 竜敦国教会の秩序と威信を内外に示す儀礼でもある。


 中止すれば、それだけで混乱を招くだろう。

 理由を明かせば、さらに状況は悪化する。竜裔を害しうる脅威を、教会自身が認めることになるからだ。


「僕たちにできることは、どうにか襲撃を阻止することだけど……果たしてどうしたものか」

「相手の行動を予測して先回りができりゃそれが一番だが……」

「うーん……どうしたものでしょうねぇ。向こうも弾丸については気づかれたということで警戒してるだろうし」

「大聖堂に集まっている者たちは、入り口で持ち物を改められているから銃を持ち込んでいる可能性は少ないことを考えると、やはり狙撃になるだろう。一応、狙いづらいように会議場所に目隠しの陣幕を張ることは手配できた」


 テオドリックは、昨日から今日までに行った対策を一通り並べたてた。


「あとは、このあたりの狙撃可能位置には見張りを置かせている。最も近いのはジュエル・タワーだけど、そこには誰もいなかったし、立ち入らせないようになっているはずだ……とはいえ、多くの近衛騎士はこの大聖堂に回されているから、不安は残るけど……」


 しかし、テオドリックが取れた対策は、限られていた。


 近衛騎士の多くは、大聖堂内の警備に回されている。

 警戒すべき場所は多く、手は足りなかった。


「ジュエル・タワーか……」


 ヴィクターは考え込むように呟いた。


「これ以上出来ることとなると、ぱっとは思い浮かびませんね。いっそ見に行ってみます?」

「だけど、ここを離れるわけにも……。仕方ない……周囲の警戒を怠らず、しばらく様子見だ」

「了解です、先輩」

「……了解」



 ◇ ◇ ◇



 時間だけが過ぎていった。


 あれから、時計塔の鐘の音が何度か鳴った。


 大聖堂の中では、公会議が粛々と進められている。

 だが、彼らが警戒していた銃声も、悲鳴も、聞こえてはこなかった。


「……」

「……」

「……」


 何も起きない。

 それがかえって、三人の神経を削っていった。


「……ずっと気を張っているのって、疲れるね」

「そうですね。いつ何が起きるかわかりませんから、ちょっと休憩というわけにもいきませんし」

「見張りってのはつくづく大変な仕事だな、まったく近衛騎士たちには尊敬するぜ」

「……そもそも本当に、奴らの狙いはこの公会議だったんだろうか?」

「分かりませんね。今までのはあくまで推測に過ぎませんし……。全くの見当違いだという可能性も無くはないかも……」

「……もしそうだとすると骨折り損どころか、奴らに隙を与えまくってる事になるが。ここら一帯以外の警備は手薄なんだろう」

「!」


 ヴィクターの言葉を聞いたその瞬間、テオドリックの表情が変わった。


 公会議を守るために、あるいは狙撃地点を潰すために、近衛騎士と警邏隊をこの周囲に配置した。

 その結果、他の場所が手薄になっている。


 もしそれこそが狙いだったなら。


「確かに、その通りじゃないか! ……もし、彼らの狙いが他にあるのなら、大変なことになるぞ。考えろ、他に狙うとしたらどこだ……? いや、何を狙う……?」


 テオドリックは額に汗を浮かべ、己の思考をそのまま口走る。


「他に狙うとすれば……」


 ヴィクターも、口元に手を当てながら、思考を張り巡らせている。


「……まさか」


 ヴィクターは大聖堂の窓越しに、外の霧を見た。


 高位の竜裔を殺し、教会秩序に反逆するために。

 赤き竜の存在しない竜敦を描く『主の御代に』を現場に残した彼らが、本当に傷つけたいものは何か。


 竜裔個人か。

 教会の権威か。

 それとも、教会の権威を支えているもの、そのものか。



「────奴等の本当の狙いは……"恩寵の帳"、か?」


 ヴィクターが、そう呟いた。


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