第0話(プロローグ) 霧の都
case.1最終章直前まで短期集中投稿設定済み
────はじめに霧ありき。
霧は竜と共にあり、
霧は竜の息であった。────
〈『国教会正典』冒頭部より引用〉
◇ ◇ ◇
東側下町・ホワイトチャペル教区を所管する警邏隊の巡査二名は、いつものように定時の巡回を行っていた。
「うむ、異常はないな」
「そうみたいですね、誰もいません」
男女二人組の巡査たちは、何事もなくその仕事を終えようとしていた。
だが、彼らが街路の終端となる袋小路に辿り着こうとしたとき────
「きゃあぁぁぁあ!!」
「!」
「あっちからです!」
女性の悲鳴が、突如、道の前方から聞こえてきたのだ。
二名の巡査は声のする方へと、すぐに駆け出していく。
遠くから、カラスが飛び立つ羽音と、その鳴き声が聞こえた。不吉なものを感じながら、彼らは走る。
「こ、これは……!」
行き止まりに到着したとき、彼らは、女性が一人倒れているのを発見した。
先ほどの声の主であろうか。女性は体から血を流しており、石畳の目地を赤黒く満たしていた。その血の量を見れば、彼女がもはや助からないことは警邏隊の巡査でなくとも容易に分かっただろう。
周囲に大怪我をするような危険物や、不審な物はない。また、女性の手にも自らを害した凶器となるようなものは握られていなかった。
「! 先輩、これ、おかしくありませんか?」
「ああ。犯人は一体、どこに行ったんだ……?」
しかし、現場となったこの場所は袋小路で、女性を襲った犯人が隠れられるようなところはない。ましてここから立ち去るには先ほど彼らが来た道を通らなければならず、そこを通れば巡回中の彼らと遭遇しないはずはなかった。だが、彼らは人っ子ひとり目にしていない。
そう、犯人が消えたのだ。
まるで、この霧に隠れてしまったかのように。
A.D.1888、霧の都・竜敦。
ここは、赤き竜の加護とされる灰色の分厚い霧に覆われ、ガス燈が常に灯る都市。




