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 十五分ほど他愛もない会話をして田舎道を歩くと、少女の目的地である、彼女の友人の家にたどり着いた。少女の友人の家は木造平屋の日本家屋で、いかにも日本の地方にある民家と言った趣の建物だった。ホストファミリーの飯塚家とは、価値観や生活習慣に対する考えが異なる家族が住んでいる、そんな雰囲気が家から漂っていた。

 少女は自転車を押して門を抜け。家の敷地内へと入って行った。断りもなく入れるという事は、この家の住人と親しいのだろうか。少女の後に続いて私も入ると、納屋の近くでトラクターに連結されたコンバインをホースで洗っている人間が見えた。背中の曲がり具合と肩幅の広さから見て、高齢男性である事は間違いなかった。

「こんにちは」

 少女は作業中の高齢男性に声を掛けた。声を掛けられた男性が少女と私の方を振り向くと、男性には信一郎さんや勇将くんと同じように顔が無かった。油断していた私は、思わず喉を凍らせてしまった。

「ああ、七菜香ちゃん、こんにちは」

 顔の無い男性はしわがれた声で少女の名前を呼んだ。顔があるならば皺だらけの表面に笑みがこぼれたのだろうが、口も鼻も目もない初老男性は微笑んでいるのかもわからなかったし、初老男性なのか老人なのか、あるいはもっと若いのかも分からない。理解できるのは、顔の無いこの人物が男性であるという事、そして七菜香と呼ばれたこの少女と、何らかの社会的な関係が推察できるという事だけだった。

「こんにちは、連絡した柿の実を持ってきましたよ」

 七菜香と呼ばれた少女は素朴な表情で自転車の籠に積まれた柿の実を肘で刺した。一瞬、老人らしき男性の視線が籠の柿の実と、後ろに立つ私に向けられたような気がしたが、目のない人間の顔からはそれを事実として認識できなかった。

「ありがとう、孫の謙介なら庭にいるはずだよ。そちらの後ろの女性は、誰だい?」

 顔の無い老人は私の事を見たのだろうか、七菜香に訊いた。

「こちらの女の人は、私が自転車で倒れた時に、起こして一緒に柿の実を拾ってくれたんです。そしたら一人で運ぶのは大変だろうから、ここまで一緒に運んでくれたんです」

「そうか、見ず知らずの人間なのにありがとうございます。よろしければ、お茶の一杯でもどうぞ」

 顔なしの老人は、七菜香の保護者でもないのに感謝の言葉を述べた。私はつい条件反射で、小さく頭を下げてしまった。すると七菜香が「こっちへ」と呟いたので、私は一緒に七菜香の後を着いて行った。男には顔がない村の中で顔のある女に命令されると、その指示に従ってしまうのだろうか。

 私は七菜香と一緒に、いかにも日本の農家と言った感じの、縁側がある庭に出た。庭では縁側に座った少年―――少年と呼称したのは、七菜香と同じような年恰好の顔の無い若い男らしき人間がいたから―――が、テニスラケットを傍らに何かの本を読んでいた。

「こんにちは謙介。連絡した柿の実を持って来たよ」

 謙介と呼ばれた顔の無い少年は、七菜香の声に反応したようだった。

「ああ、ありがとう。そこに置いて、今夏ミカンを持ってくるから」

 謙介はそう言って縁側から立ち上がり、一旦部屋の中へと入って行った。七菜香は自転車の籠の中にあるレジ袋を持って、縁側に置いた。

 ぼんやりその場に立ちつくしていると、表でコンバインの手入れをしていた顔の無い老人がやって来た。顔の無い農夫という存在は、美術館で見たミレーの作品で見たことがあったが、生きた姿で、しかも自分の近くに居るというのは衝撃的だった。

「寒い中大変だったでしょう。暖かいお茶を用意させますよ」

 顔の無い老人は一言そう呟くと、「おーい」と家に向かって叫んだ。すぐさま「はーい」と女の声が帰ってきて、私とそう年齢が違わない、ちゃんと顔がある女が現れた。ジーンズにヨットパーカーという格好は母ではなく、先程の謙介君の姉か誰かだろうか。

「美和子、七菜香ちゃんとこちらの方にお茶を用意してやってくれ。二人とも頼んだ柿を持って来てくれた」

「いいえ、結構です。私は部外者ですし、すぐに引き取ります」

 私は普段と同じ口調で、顔の無い老人に言い放った。気味の悪い空間にいる事よりも、必要以上のもてなしを受けたくなかったのだ。

「そんな事おっしゃらずに。美和子、頼むよ」

 顔の無い老人は私の意志を遮るように言ってきたので、私は大人しくお茶を頂くことにした。老人に顔があれば残念な表情から普通の表情に変化したのが分かるのだろうが、顔が無いから分からなかった。


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