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「大丈夫、ケガはない?」

 私は少し声を弾ませて少女に呼びかけた。顔のある他の人間に出会えたという嬉しさが思わず出てしまったのだ。

「大丈夫です。服が汚れたくらいです」

 少女はジャージに着いた埃を払いながら答えた。まだ十代だろうが、声が少し野太い感じがした。以上が無い事に落ち着くと、私は周囲に自転車に積んできたであろう柿の実が散乱している事に気づいた。

「落ちた柿を拾わないと」

 私はジャージ姿の少女より早く事実を口にして散乱した柿を拾った。柿はこういった地方の軒先に植えられている柿の木から収穫した実だろうか。大抵は渋柿であることが多いが、この柿も渋柿なのだろうか。

 少女と一緒に柿の実を拾い集めて、自転車の後部の備え付けられた籠の中のレジ袋にすべて乗せ終えると、サドル下のフレームがぎしぎし軋んだ。これに人間が乗ったら、荒れた路面では不安定になってしまうだろう。

「ちょっと自転車が軋むから、自転車に跨らないで一緒に押していこうか?」

 私は少女にそう提案した。また跨って走ったら、バランスを崩して倒れそうな気がしたからだ。

「いいえそんな、ご迷惑ですよ」

 少女は申し訳なさそうに答えた。言葉遣いからして、親のしつけがしっかりしているのだろう、私のホストファミリーである飯塚家よりも良い家の一員であるような気がした。

「また転んで同じような事になったら大変だよ。場所はここから遠いの?」

「あと一・二キロくらいです」

「それなら私も一緒に行く。何の予定もないから」

 私は少女に行った。何もない田舎で〝何もない〟ことを文章にして入稿するよりも〝何かあった〟ことを修飾して文章にする方が面白かった。

 私は少女が押す自転車の後ろに回り、柿が大量に積まれた籠が倒れないように両手で支えた。昭和時代に存在した。モペットよりも太い鉄のフレームで作られた自転車だったらフレームが軋む事も無かっただろう。

 私は自転車の籠に手を添えながら、ハンドルを持って自転車を押す少女の背中を見た。ジャージは学校の物だろうが、雨に濡れた墓石のような灰色のせいで、若々しさと活動性を連想させる服なのに、閉塞感を強く感じさせる。農村の女か地母神を思わせる少女の印象と、服装の重苦しさが奇妙だった。

「あなた、地元の学生さん?」

「はい。近くのXX中学の三年生です」

 少女は私の方を少し振り向いてそう答えた。中学の三年生という事は十五歳だろうか。百年くらい前の日本だったら、嫁入り直前の年齢だ。

「家に戻る途中?」

「いいえ、友達の家に自分の家で取れた柿を届けるところです。柿を届けたら、代わりに夏ミカンを貰う予定です」

 私は無言でうなずいた。夏ミカンはその名前に反して冬に収穫される果物である事は知っていたが、前時代的な収穫物の物々交換が行われている方が、私には衝撃的だった。

「お姉さんは、地元の方ですか?」

「いいえ、仕事で東京から来たの」

 私は自分が何処から何の目的で来たのか簡潔に答えた。ホストファミリーである飯塚家の名前は、出さなかった。

「私を助けたせいで予定とか、狂いませんか?」

「大丈夫よ。予定が無いからあそこにいたの」

 助けた見ず知らずの女子中学生との他愛もない会話を交わすと、私は気分が軽やかになっている事に気づいた。顔のある人間との会話は、ここまで自然で楽しい物なのだろうか。


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