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食事が終わると、私は取材予定の下見と腹ごなしの為に外に出る事にした。ハーレーに積んできたスマートフォンとそれに取り付ける望遠レンズを手に持って、飯塚家の周囲を散策することにした。最初は信一郎さんが言っていた砂防ダム公園に行こうか悩んだが、顔の無い男の言葉を信じて行ったら二度と戻れない場所に迷い込んでしまうような気がして、行くのをやめた。
私は美菜子さんに長くても二時間くらいで戻ると告げて、家を出た。山あいにある、田畑が転々としているこの地区はいかにも日本の里山と言った光景で、都会にある閉塞的で向上心を強制させるような空気が無く、素朴で豊かな空気と時間が満ちていた。大勢の人間と自動車が行き交う事もなく、地球の自転に合わせて緩やかに空気が流れているような感覚がある。鼻から空気を吸い込むと、掘り起こした土と枯草の匂いが私の中に入り混んできて、私の中を洗ってくれるような気がした。
私は家の前の道路を超えて、山と田畑の間を走る細い農道を歩いた。すでに稲刈りが済んだ水田は、土を掘り返す天地返しが行われた場所とそうでない場所が点在しており、自然と人間が作り出したパッチワークのように、朗らかで優しい模様を生み出している。その中を少し歩くと、水田に水を引く用水路に出くわした。近づいて中を覗き込むと、清らかな山の水が勢いよく流れていた。こういう美しい景色が広がる場所に私はいるのに、どうしても心が晴れない。やはり顔の無い信一郎さんと勇将くんを見てしまったからだろうか。
用水路を流れる水を見てぼんやりしていると、近くで何かがバタンと倒れる音がした。私は驚いて周囲を見回すと、背後のあぜ道で倒れた自転車と、その下敷きになっている人間を見つけた。
「大丈夫ですか?」
私は声を掛けながら、小走りで倒れた自転車と下敷きになった人間の元に向かった。近づくと、倒れた自転車の下敷きになったのは灰色のジャージ姿を着た若い女で、周囲には赤い色に染まった柿が散乱していた。
「大丈夫です。ごめんなさい」
私に迷惑をかけた訳でもないのに、女は下敷きになったまま申し訳なさそうに答えた。私はすぐに自転車に近寄ると、ハンドルを手に持って自転車を起こしてあげた。自転車を持ち上げるくらい、ハーレーを起こすのに比べれば造作もないことだった。
「ありがとうございます」
下敷きになっていた女はまた謝った。起き上がったので改めて見ると、倒れた自転車に乗っていたのは女というより少女と呼ぶべき年齢の相手だった。灰色のジャージに包まれた肉体は肉付きが良く、古い郷土史の本に乗っている、農作業を行う若い女のような雰囲気を醸し出している。ジャージの胸元を見ると、豊かな乳房の膨らみの上に学校の校章らしいマークと「明坂」という苗字らしき名前が明朝体でプリントされていた。そして艶のある黒いボブヘアーの下には、一重瞼に低い鼻という、いかにも田舎らしい女の顔が存在していた。




