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帰宅した次の日、私は家に一日中引きこもって三日間過ごした地域の事を記事にした。地域の男性の顔が認識できない事を記事にしても理解されないだろうと思い、飯塚家周辺の様子やフリーマーケットでの様子などを記事にしたあと、取材できなかった部分は、インターネットにある情報を元にして記事にする事にした。本来ならばちゃんと取材した事を記事にしたかったのだが、奇妙な体験をしたせいですべてを体験に基づく記事には出来なかった。
一日部屋に籠って記事を書き終えて原稿を入稿すると、私は猛烈な疲労感に襲われ、冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを一本とポテトチップスを口にして眠りに着いた。深い眠りに落ちたせいか、夢など見ずに熟睡することが出来た。
次の日は休日だった。私は午前八時に目が覚めて、何か連絡が入っていないか確認すると、私の兄のインスタグラムから、ダイレクトメッセージが一通届いていた。早速確認すると、そこには薄いグレーのハーレー・ダビッドソン・ソフテイルスタンダードの画像が一枚と、彼氏として付き合っている先輩のクラブスタイルに改造されたダイナスーパーグライドと一緒に映る画像が一枚。そしてその後には、「買ったよ」「ハーレー乗りなったからよろしく」という兄のメッセージが添えられていた。
「おめでとう」
私は短い返信を送った。いろいろ金銭的な出費が多いはずなのに、実家暮らしの人間は生活費以外を心配しなくていいのだろうかと思った。
暫くすると、兄から返信があった。
「せっかくだから、昼前にお前の先輩兼彼氏と一緒にそっちへ行ってもいいかな?」
私は少し考えて、兄の提案を受け入れる事にした。次の仕事に備えて、何かリズムの切り替えになるような事があってもいいと思ったし、共通の話題で盛り上がりたかった。
私は「いいよ」と返事を返して、二人を迎え入れる準備をした。準備と言っても、部屋を整える程度の事だったが。
返事をして一時間もすると二台のドコドコという、ハーレー特有のエンジン音が二台分聞こえてきた。一つは吸排気系だけでなくエンジン本体にも手が入った、先輩のスーパーグライドの音、もう一つは純正交換タイプのマフラーが吐き出す音、後者は兄が買ったミルウォーキーエイトのソフテイルスタンダードだろう。と私は思った。
やがて玄関のインターフォンが鳴り、「こんにちは」と先輩の声が聞こえた。私は玄関に向かい、「はーい」と答えて扉を開けた。扉を開けて、先輩と兄の顔を見た。
二人には、あるはずの顔が無かった。
私は少し絶句したまま、その場を動くことが出来なかった、今まで積み上げてきたはずのすべてが、粉々になって小さな音を立てて壊れてゆく、そんな感覚が胸の中に生まれた。
「どうしたの?」
訝しげに先輩が声を掛けた。いや、私に声を掛けたのは先輩の姿をした、顔の無い何かだった。目の前にいる二人の男は、先輩と兄の姿をしているが、顔がないから先輩と兄とは思う事が出来なかった。
不意に私は靴も履かずに玄関を飛び出した。そして自分にそんなはずはない、そんなはずはないと言い聞かせながら、全速力で表に飛び出した。
息を切らして表に飛び出ると、突然裸足で飛び出した私に通行人の人は驚いた様子だった。街には平和な休日の時間が流れていて、カップルに電気工事の人、それにキャリーケースを引いた外国人観光客などが私を見つめている。私を見る女性には驚いた様子の人、醜い物を見て眉を顰めるひと、突然の出来事にどう反応していいのか分からない幼稚園児くらいの子どもなどが居た。だが男性には電気工事の作業員も警備員も、カップルの男性も、キャリーケースを引いた観光客の外国人男性にも、顔は無かった。
「どうしたんだよ、ゆりね、何かあったのかよ?」
あとを追いかけてきた兄の声が聞こえたので振り向いたが、兄は一緒に来た先輩と同じで顔が無かった。血を分けたきょうだいにも、顔がないのだ。
全てが変になってしまった私は、悲鳴を上げる事しか出来なかった。
(了)




