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その後私は精肉会社の屋台でソーセージとベーコンの盛り合わせを買い、テーブルが設けられている休憩所で飯塚家と合流した。合流した広場には「宇宙ひろば」と名前が彫られた地球を模したコンクリート製のモニュメントが供えられており、ここがかつて宇宙開発における研究所建設予定地であった事を今に伝えていた。
「ここ、宇宙研究所の建設予定地だったんですよね?」
私は以前、地元の学校教師である歩実さんから聞いた話を飯塚家に訊ねた。勇将くんは小難しい言葉を理解する能力がまだ備わっていないのか、屋台で買った焼うどんを箸で食べる事に夢中だった。顔が認識できない時は口のあるあたりから直接食べ物を咀嚼して
「そうです。宇宙線が他の地域よりも強く観測できるとかで、私が勇将くらいの頃に観測所を立てようって言う話が出たんです。でも一部の地元住民の理解や、建設するにあたって地権者との折り合いがつかなかったりして破談になったんです」
答えてくれたのは美菜子さんだった。信一郎さんと私が会話するのを恐れているのだろうか?と私は訝ってしまった。
「私の実家も、建設予定地の一部の土地を持って、あと人口が増えれば地元経済が潤って、少しお金儲けができるかもしれないと思ったらしいんですけれど、全部実現しませんでした」
美菜子さんは親世代の失敗を、まるで自分が体験した事のように語った。「地元経済が潤ってお金儲けができる」という意見は、自然に囲まれた素朴な光景の土地でも、資本主義が強く根付いている事を表しているような気がした。
「そうだったんですか」
「宇宙に関する研究所が自分の住む場所に出来るなんて夢があるようでしたけれど、結局は大人の理屈で実現しませんでした。今は、あのモニュメントだけが残りました」
美菜子さんの言葉に私は頷いて、買った盛り合わせのベーコンに齧り付いた。塩味と豚の油が、私にはたまらなく美味く感じられた。
午前中でフリーマーケットの散策が終わると、私は昨日立ち寄った美菜子さん実家の修理工工場に、飯塚家の車で運んで貰い、預かってもらっていたハーレーを引き取りに来た。出迎えに来た純也さんは、昨日と同じオイルの染みこんだ作業服を着ていたが、姉の美菜子さんに似た整った顔立ちの、政府広報の資料に登場しそうなブルーカラーの労働者といった感じだった。
「昨日は大変なご迷惑をおかけしました。預かってくれてありがとうございます」
「いえいえ、体調が戻ったのなら何よりです」
笑顔で答えてくれた純也さんに、私は笑顔で会釈した。
ヘルメットを被り、ハーレーに跨ってエンジンを掛ける。ハーレーは私が乗ってきた時と同じように、バッサーニのマフラーから排気音を吐き出した。
「短い間でしたが、お世話になりました」
私がそう告げると、純也さんは口元に笑みを浮かべてくれた。私はギアを一速に入れて、飯塚家のCX‐5と共に走り出した。帰り道に先頭を行くCX‐5の車内を伺うと、家族三人が何か話しているのが見えた。一体何を話しているのだろうか。フリーマーケットの帰りだから、楽しい会話に違いない。私はそう思った。
飯塚家に到着すると、私はバイクを降りて自分の荷物を取りに部屋に戻った。部屋を綺麗に片づけ、自分の荷物をバイクに括りつける。これでもうこの地域への未練は完全になくなった。
「短い間でしたが、飯塚家の皆さんにはお世話になりました」
私は定例文のような感謝の言葉を口にした。見送りの為に勢ぞろいした飯塚家の三人は、地方都市に住む、幸福に満ちた時間を過ごす子育て世代の光景そのものだった。
「こちらこそ。また何かあったらこっちに来てくださいね」
美菜子さんが微笑みながら答えた。
「ありがとうございます」
私は返事をした時、自分の表情が笑顔で満たされている事に気づいた。最初の時に地域の男性の顔を認識できなかったのは、もしかしたら地上に降り注ぐ宇宙線の影響なのかもしれない。その宇宙線が、この笑顔と幸福な気持ちをもたらしてくれたのだ。
私は三人に別れの挨拶をして、三日間滞在した地域を離れた。途中、教えて貰ったガソリンスタンドでハイオクガソリンを満タンにして、ノンストップで自分の住む街へと帰った。




