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一通り腹の中の物を吐き出すと、私はCX‐5に乗せて貰って飯塚家に戻った。私は間借りしている部屋に行き、布団を敷いて横になった。修理工場まで乗って行ったハーレーは、明日になれば私の体調を見て引き取りに行く事になった。
布団の上で横になっていると、美菜子さんがドアを開けて部屋に来た。美菜子さんは母親らしい、慈しみ深い表情で私の傍に来てくれた。
「大丈夫ですか?」
美菜子さんは柔らかい言葉で私に訊いた。勇将くんを産んだからこそ備わった、強さと温もりがある言葉だった。
「少し楽になりました。すいません、折角美味しい夕食を用意してくださったのに」
「気にしなくても大丈夫です。何か必要な物はありますか?」
「必要な物は……」
そう言いかけた瞬間、私は胃が急にせり上がるような感覚に襲われた。私は身体を起こし、枕元に置いた洗面器に自分の身体の中に溜まった何かを吐き出した。吐き出すたびに、自分の中から何かが消えてゆく感覚がある。それは今までの自分が成長と共にため込んできたもので、必要だと思っていた物だ。それがこういう形で吐き出されるというのは、どういう事なのだろうか?
腹の中にある物を吐き出し終えると、私は自分の額に嫌な汗が流れている事に気づいた。口元をタオルで拭い仰向けになると、鼓動が早くなり息が乱れている事に気づいた。以前にテキーラをショットで七杯飲んで悪酔いした経験が私にはあったが、その時に近い感覚だ。吐き出した物が私の中から消えると、変わって得体の知れない何かが私の中に入ってくる感覚がある。それはとても恐ろしく、人間の心と肉体に悪影響を及ぼして運命を狂わせるようなものだ。それが私の中に入ってくるという事は、私の命が終わる瞬間が近いのだろうか。そんな思考が頭の中をかすめると、美菜子さんが私の手を握ってくれた。初めて握った美菜子さんの掌は、温かくて表面は硬いが中が柔らかい母親の掌だった。その感触に私は安心感を覚えた。
私は乱れた息を整えながら、手を握ってくれた美菜子さんの顔を見た。
「勇将が熱を出した時、こうすると落ち着いたんです。ゆりねさんはどうですか?」
美菜子さんが訊ねると、私は自分の感覚が少し楽になっている事に気づいた。
「ありがとうございます。少し楽になりました」
「私の事は気にせず、ゆっくり休んでくださいね」
美菜子さんは私に向かって声を掛けた。その言葉をきっかけにして、私は目を閉じて溶けるように眠りに着いた。




