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私たちは食事を済ませると、店を後にした。三世代の人間に愛された店の五目麺は、肉体労働に従事する人がこの地域に多くいるせいか味が濃く、上に載った具はラードがきつくて少し胃にもたれた。こういう料理を普段からよく食べていると、身体に不調をきたして早死にするだろう。もし早死にするという事が判明したら、この地域の住人の男は顔が消えるのだろうか。夕食には飯塚家での肉料理が控えている。普段ハイカロリーの食事を連食しない私にはきつい一日になりそうだった。
私たちは徒歩で信一郎さんの車が預けられている修理工場に向かった。食休みの後、自然豊かなこの地域をランニングしたら気持ちがいいだろうと思ったが、バイクを工場に預けている事、ホストファミリーの飯塚家への迷惑を考えると、そんなことは言い出せなかった。
満腹の身体を弄びながら考えあぐねていると、勇将くんが急に走り出した。彼には顔がないが、突然走り出したくなるような魅力的な何かが見えるのだろうか。
「急に走り出したら危ないよ」
私は思わず口走ってしまった。顔が無くても小さな男の子である事には変わりなかった。
「そうだよ。ちゃんとみんなとペースを合わせて」
それに気づいた信一郎さんが勇将くんを嗜める。勇将くんは自分が悪い事をしたのではないかと思って、活発な動きをとめてしまった。普通の子どもならば、自分の純粋な気持ちを否定されたと思ってくすんだ表情になるはずだが、顔の無い勇将くんがそんな表情になっているかは分からなかった。
「ゆりねさん、僕達に遠慮されていませんか?」
不意に信一郎さんが私に声を掛けた。彼から声を掛けられるのは想像していなかったので、私は思わず彼を見た。だがそこに私を心配そうに見つめる信一郎さんの顔は無かった。
「そうですか?」
「ええ、なんだか初めてお会いした時から遠慮されているような気がして」
信一郎さんは私に抱いているであろう疑問を、ストレートにぶつけてきた。私は戸惑ったが、「この地域の男の顔がない事に、そして顔が無くても人々はごく普通に生活している事に、違和感を覚えている」と自分の口から叙述する事は出来なかった。
「いや、そんな事は無いですよ」
私は反射的にそう答えた。信一郎さんは顔がないから探るような眼差しを向けてくる事は無いが、かえってそれが私の心を追い詰めた。顔の無い人間が私の心に迫って、核心的な部分を覗こうとしている。その光景は滑稽で、不気味で、恐ろしい物だ。その形にならない具体的なイメージが腹の中で生まれて、醸造されるようにして膨らむと、食べたばかりの脂っこい五目麺が胸のあたりに逆流してきた。私はその不快感に耐えきれず、すぐさま道ばたに移動して、さっき食べた五目麺を全て吐き出してしまった。
「大丈夫ですか?」
突然の出来事に、歩実さんが声を掛ける。私は跪いて、腹の中にある粘性のあるものを吐き出す事しか出来なかった。




