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歩実さんと出会った場所から、集落の中心部へと歩いて戻る。顔のある人間と出会って会話をしているのに、嬉しい気分ではないのは何故だろう。
「昨日の事はありがとうございました。この辺りに何か金本さんの興味を引くものはありましたか?」
一緒に歩きながら、歩実さんは私に質問をしてきた。さっきは「この辺りには何もない」と自分から言ったはずなのに、私に面白い物は無いかと質問してくる心情は一体どういう物なのだろう。私に何か特殊なセンスを期待しているのだろうか。
「素朴で落ち着いた場所だなと言う印象です」
「そうですか」
歩実さんは私の言葉を受け流すような感じで答えた。私は淀んだ思考を断ち切るつもりで、逆に歩実さんに質問する事にした。
「この辺りに何か、変わった伝承や、重要な歴史などはありませんか?もしあれば、記事の中で紹介したいのですが」
私の質問に、歩実さんは少し考え込むような表情を見せた。地元で生まれ育ち、教職についているなら、何か地域の人間に対して教養を与えるような情報、知識を持っているはずだ。
「私が生まれた頃、国立の宇宙研究所を地元に誘致しようという運動がありました。この地域は林業と農業をメインでやって来た村で、大きな産業や名物が無かったんです」
「そうなんですか、知りませんでした」
私はありきたりな返事を返した。この辺りには人間の欲望を刺激するコンテンツやインフォメーションのような物が存在しないから、国費で運営される施設があるのは良いかもしれない。
「この地域は宇宙から飛来する宇宙線が強くなると言われていましてね、誘致に必要な土地も用意して整備したんですけれど、結局隣町にとられてしまいました。整備した土地は多目的広場になって、明日開かれるフリーマーケットの会場になっています」
歩実さんの補足説明に私は小さく頷いた。すると、歩道脇の土手に、この地域が選挙区の県議会議員と国会議員の二人が写った選挙ポスターの看板がある事に気づいた。二人とも男だったから、ポスターにはキャッチコピーと名前はあったが顔は無かった。この地域では、公職選挙法に基づいて立候補し当選した代議士でさえ、顔は無いらしい。この地域出身の人間がテレビに出ても、顔は無いのではないだろうかと思うと、私は男に顔がない事にさほど違和感を覚えない事に気づいた。
歩実さんと話す事がなくなると、私は何も言わずに集落へと向かった。先ほど「準備中」の札が掛かっていた中華屋は「営業中」の札が掛かっていた。
私は歩実さんと共に中華屋の暖簾を潜り、引き戸を開けて店内に入った。店内は野菜をラードで炒める匂いが充満しており、油がしみ込んだ床は、靴底にまとわりつくような感覚があった。




