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 それから程なくして、私は信一郎さんが運転するCX‐5の後をハーレーで追いかけた。自動車の後をバイクで追いかけるのはこれが人生で二度目だったが、奇妙な安心感が私の中にあった。その安心感の源がハーレーに乗れたことなのか、顔の無い信一郎さんと勇将くんを見なくて済む事なのかは分からなかった。

 家を離れて暫くすると、飯塚家のCX‐5が左折の合図を出して交差点で止まった。私も左の合図を出して、すぐ後ろで止まる。CX‐5は後部座席を折りたたんだおかげで、後部の窓越しに前席に座った信一郎さんと勇将くんの様子が少しだけ見えた。

 父親と息子の二人が自動車の席に並んで座り、何か話しているのは微笑ましい光景だ。だが信一郎さんと勇将くんには顔がない。顔が無い親子の会話など、微笑む要素など存在しない。飯塚家の人たちは美菜子さんをはじめ、二泊三日しか滞在しない私の為にいろいろと尽くしてくれている。それなのに私がこの家族に幸福感や温もりを感じないのは、信一郎さんと勇将くんに顔がないからだろう。家族の三分の二に顔がないだけで、奇妙な光景に思えるのだ。

 やがて車が走り出し、私も後に続く、二車線の道路を暫く走ると、周囲を山に囲まれた田畑の中に、家々や少し大きな二階建て建て建物が立つ集落らしきものが見えてきた。その集落と呼ぶか街と呼ぶか悩む空間に入ると、街の入り口に郵便局の黄色い看板が見えた。郵便局があるという事は、商店や小さな飲食店もあるのだろうか。ミニマムだが、都会と同じような生活が出来る空間なのかもしれない。

 飯塚家のCX‐5は集落に入ると、『新車・中古車修理販売 土沼自動車』と書かれた修理工場に入って行った。私もその後に続く、遠くから見えた二階建ての建物は、ここの工場兼事務所ビルらしかった。道路沿いにガラス張りのショールームらしき建物があるという事は、以前は新製品を通りに面したこのショールームに、新商品と広告パネルを展示していたのかもしれない。

 CX‐5は年季の入った建物の修理工場の前で止まった。修理工場にはトラクターが一台あるのと、約二十五年前に生産終了になったシルバーのトヨタ・カリーナが一台、エンジンフードを開けた状態で整備用のリフターに持ち上げられていた。私がハーレーのエンジンを切ると、信一郎さんが運転席から降りた。

「こんにちは、純也君はいるかい?」

 信一郎さんは誰かの下の名前を呼んだ。下の名前で呼んだという事は、美菜子さんの弟だろうか、この修理工場の名前は『土沼自動車』とあったから、美菜子さんの旧姓は土沼なのかと思った。

「はーい、こんにちは」

 背後の建物の方から間延びした若い男の声が聞こえた。誰だと思って振り返ると、そこにはオイルの染みこんだ後のある作業用つなぎを着た。若い男らしい人間が歩いてきた。若い男らしい、と形容したのは、その人物も顔が無かったからだ。

「こんにちは。車を持ってきたよ」

 信一郎さんは歩み寄ってきた男にさわやかな声を掛けた。声を掛けられた顔の無い人間が純也という、美菜子さんの実の弟なのだろう。

「了解です。純正ホイールにスタッドレスを履かせて、新しいホイールの装着ですよね」

「そう。よろしく頼むよ」

「わかりました」

 信一郎さんの言葉に、純也さんは答えて軽く頭を下げた。すると、助手席から勇将くんが降りると同時に純也さんは私に気づいた様子だった。

「こちらの方は?」

「この前に話したうちに滞在するフリーライターの金本ゆりねさんだよ。バイクで東京から来てくれたんだ」

 信一郎さんが私を紹介してくれたので、私は「どうも」と一言漏らして純也さんに一礼した。

「初めまして、お世話になっている金本です」

「こちらこそ、姉貴夫婦がお世話になっています」

 純也さんさそう答えた。顔が無いから、私のような独身女性がドギマギするような心情にはならなかった。

「いいえ、お世話になっているのは私の方ですよ……、こちらが、美菜子さんのご実家ですか?」

「はい、小さいながらも自動車の販売と整備をやっています。今は整備と中古車の販売がメインですが」

 純也さんは私の質問にそう答えてくれた、

「うちのクルマも、このお店で買ったんですよ」

 信一郎さんが得意そうに続けたが、顔が無いのでどんな表情をしているかまでは分からなかった。すると助手席から降りてきた勇将くんがやってきて、純也さんに挨拶をした。顔の無い子どもが顔の無い親戚に挨拶するのは、礼儀正しいがとても奇妙な光景だった。

「こんにちは」

 純也さんは勇将くんの挨拶を軽くあしらうと、「あれで来たんですか?」と私のハーレーを指差した。

「そうです」

「ハーレーなんてすごいですね。僕も高校生の頃にヤマハのXJR400Rに乗っていましたよ。大型二輪の免許も一応取ったんですが、バイクにはもう乗っていなくて」

「そうですか」

 私は力なく答えた。顔の無い男と話を合わせるメリットなど感じなかった。

「ねえ、ホイールを見に行こうよ」

 勇将くんがそう急かしたので、私は彼を見た。顔の無い信一郎さんと純也さんも、意識が勇将くんに意識が向いたのだろうか、表情は分からなかった。

「ああ、行ってみるか」

 信一郎さんが答えると、三人はリフターが設置されている工場の方へと向かって行った。私は飯塚家の車の事に関して全く無関係の立場に居たが、流れで後についてゆく事にした。


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