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 私は朝食の後、自分の部屋に戻って身支度を整えた。これから行く場所で出会うだろう男たちは、皆信一郎さんや勇将くんのように顔が無いはずだ。だがカメラで人間の顔を撮れば、顔が写るかもしれないという微かな希望もあった。

 準備が終わって一階のモータープールに行くと、勇将くんが私のハーレーの前に立っていた。その様子から私のハーレーに跨ってみたいという意思が感じられたが、表情が無いから真意は分からなかった。

「跨ってみる?」

 私はそっと勇将くんに尋ねた。

「良いの?」

「良いわよ。減るもんじゃないし」

 私が勇将くんに許可を出すと、勇将くんはステップに足を掛けて右側から跨った。顔の無い勇将くんが両足を浮かばせて私のハーレーに跨っているのは、ハーレーに自分で何かの冗談をしてしまったような気がした。

「エンジン、掛けようか?」

「かけるの?」

「そう、ちょっと待ってね」

 私はハーレーの右側面にあるキーシリンダーにキーを差し込み、電源を入れた後、メーターの警告灯がすべて消えた後セルを回した。エンジンが冷え切っていたせいか、少し間が開けてから、エンジンに火が入る。バッサーニのマフラーから吐き出される排気音と、一二〇〇ccのV型二気筒エンジンの振動は、間違いなく勇将くんにとって初めての感触だったはずだが、彼には顔がないから、驚いているのか怯えているのか、喜んでいるのかが分からなかった。

「すごい、ありがとうございます」

 勇将くんが急に畏まった声を出したので、私はエンジンを切った。

「まあ、バイクに跨ってエンジンまでかけて貰って、ありがとうございます」

 背後に居た美菜子さんが、呆然としているであろう勇将くんに代わって感謝の言葉を述べた。本当なら勇将くんの反応と言葉が知りたかったが、表情が無い分、その言葉を受け入れるしかなかった。

「私は家に残りますので、これからは夫と勇将と一緒に」

「はい」

 私は夢想しているような状態で答えた。すると美菜子さんは、私の背後でCX‐5の後部座席を折りたたんでいる信一郎さんに声をかけた。

「それと、頼んでいたお肉を帰りに貰ってきてね」

「ああ、わかっているよ」

 信一郎さんは答えた。顔があれば、得意げな表情になっているのだろうか。

「ゆりねさんは、しゃぶしゃぶとすき焼きはどっちが好みですか?」

 信一郎さんは自信に満ちた声のトーンで私に説明してきた。もしかして私がこの家に泊まるという事が判明してから、何かサプライズを用意してくれていたのだろうか。

「しゃぶしゃぶとすき焼きなら、しゃぶしゃぶが良いです」

 味の濃い両親の元で育った私は素直にそう答えた。淡白であっさりした食べ物を食べるという行為は、私にとってはささやかな親への反抗だった。

「しゃぶしゃぶですか。わかりました」

 信一郎さんが答えると、背後から美菜子さんが私の肩を掴んでこう続けた。

「最後の夜は豪華な物にしようって、昨日ゆりねさんが居ない時に旦那と話して決めたんです」

「そうなんですか、ありがとうございます」

 自信満々に話す美菜子さんに私は鷹揚な返事しかできなかった。


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